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黒猫との戦い

 そろそろ新入生歓迎パーティの時刻ということもあって、生徒達はまばらになってぞろぞろと中央食堂へと向かっていた。

 部活動終わりということで和やかそうな空気が漂っている。部活動紹介のために意気込んでいる先輩。その説明を聞き取ろうと必死な後輩。今日顔を合わせた新入生同士。自分達もこんな感じだったなと懐かしむ上級生同士。そんな面々が楽しそうに会話に興じながら、校舎の中を横切っていく。


 俺も、もしかすればあそこに混じれていたのだろう。そして楽しそうに同級生や先輩と会話を繰り広げるのだ。自動制御用アプリケーション【オートラン】には会話補助機能だってあるので、きっと話題に困ることなくコミュニケーションが出来ていたに違いない。


 しかし、それはもはや今や叶わぬ幻想だ。

 今俺は、目の前にいる黒髪のホラー女と空前絶後の呪術合戦を繰り広げていたのだから。






「――お主! 何故逃げるんじゃ!」


 透明になって校舎に潜んでいたらばれた。何という直観の鋭さだろうか、と嘆息しそうになるぐらいの精度であった。

 いやだって、透明だったら普通気付かないだろ。


「そりゃ追いかけられたら逃げるに決まってるだろうが!」


 出し抜けにかけられた言葉に応じつつ、俺は高速で呪術をやり交わしていた。形勢は互角。互いが牽制のように放った初級魔術の数々が空中を飛び交いながら、お互いの行動線を徐々に制限しつつ相手の先手を潰している。

 認めよう、彼女は強い。


 指差すだけで放たれる、俺の最高速のガンド魔術。

 北欧のルーン魔術に縁の深い(しかし北欧のルーン魔術ではないらしい)ポピュラーな呪術だ。


『杖』『狼』という意味を持つガンドとは、幽体離脱の魔術であり、術者の魂は杖に乗って、ないしは狼などの獣の姿になって自由に動き回れるのだという。要は術者のアストラル体を切り離して自由に操作する技術だ。


 転じてガンドは、指を杖と見立てて相手を指差すことで、呪いの篭った霊魂を射出する魔術として解釈されるようになった。射出されるアストラル体に呪いのプリセット式呪術を込めておくのだ。

 着弾した呪いは、相手のアストラル体に絡みついて侵食する。その呪術が強力であれば、最悪相手を死に至らしめるほどになる。


 俺のガンド魔術は、もはや短機関銃といっても差し支えない。

 射程が短く、貫通力も低い。その代わりの機動性と強力な近接戦闘力。給弾機構としては、事前にアストラル体に書き込んだ呪術式をそのままオートマチックに放り込んで撃ちまくる、というシンプルなもの。

 指差すというワンアクションだけで、秒間20発ほどの魔術をぶち込める。


 それを彼女は避けて避ける。

 本当にこいつ人間なのか、と思うぐらいの速さで反応して跳ね回る。時々きわどいガンドがその身を直線状に捉えたときは、体を恐ろしいぐらいにしならせてこれまた避ける。弾幕の薄い場所を即座に見抜いてはそこに身を躍らせ、どうしても避けきれないガンド魔術は護法魔術に身を包んでそれをいなす。

 その戦い方は、自動制御アプリケーション【オートラン】を持っている俺から見ても殆ど完璧だった。


「速い! 実に速い魔術じゃな! じゃが精霊ラーダ・ロアの一角、オグンの息吹をこの身に纏う妾を捉えるには至らなんだな!」


「……ラーダ・ロア(神族の精霊)! お前まさかヴードゥー信仰の巫女(ウンガン)か!?」


「ご明察じゃ! じゃがそれだけではない!」


 声と同時に跳ねる影。

 猛る炎をその身に纏ったかのような吹き荒れる妖気が彼女を包んでおり、一目見て分かった。彼女は『精霊降ろし』を実行させてしまったのだ。


 ヴードゥー信仰における火と鍛冶の守護神にして、勇敢なる戦士の神。名を軍神オグン。

 戦士のロア(精霊)としての役割を持つ彼は、鉄剣をシンボルとし、若く果敢な者として語られることが多い。

 鉄の神として語られることの多い彼だが、火の神としての霊性も備えており、魔術的な霊格で言うならば主神にも並びうる。


「はっ!」


 手にした長い杖を棍棒のように振り回し、俺を的確に攻め立てる。所詮はシャーマンの癖に、どうして中々堂に入った棒術ではないか。

 俄然、避けきれずに俺は防壁魔術を緊急展開する。


 女の力とは思えない猛るような猛攻に、軋みを上げる防壁魔術。砦の名を冠する防壁魔術だというのに、俺が後ろに飛び退いて若干距離を稼いだ程度で遂に崩壊してしまった。


「ははは! このトリネコの木で作られたワンドは棍棒にして杖! 武具の神オグンの息吹で強化されたフィンの一撃の前じゃあ、お主の防壁魔術もそう長く持つまい!」


「!? トリネコの木の杖にフィンの一撃!? お前もガンド魔術の使い手なのか!」


「ガンドはそもそも杖の魔術じゃ! 杖に乗せた霊的な呪術で相手を呪うのがその原典(オリジン)! お主のようにしっちゃかめっちゃか打ち放つガンドなんぞとは比べものにならんわ!」


 言うや否や、逃げる俺との距離をいとも簡単につめる謎巫女。

 オグンの霊格をその身に降ろす彼女は、今や凶悪な身体強化魔術を施された生体キリングマシーンに等しい。強化魔術を三重に合わせ掛けた俺如きが逃げきれるような甘い相手ではないのだ。


 しかし、それにしたっておかしい。

 あの防壁魔術はアイアスの盾をモチーフとする七層防壁。トロイア戦争において何物にも貫かれなかったその盾のファンタズマを引用する防壁なのだから、あんなに簡単に破れるものではない。


「は、そりゃお主、これぞ妾『黒猫のユースティティア』が実力ぞ。ワンドは元々、タロットの小アルカナにおける四大元素の火を司る。火の軍神オグンとの親和性は非常に高い」


「! 鉄剣をシンボルにするオグンを降ろした癖に鉄剣を使わなかったから、一体何故かと思ったら!」


「それにお主、妾はガンド魔術の一級品、フィンの一撃を込めておる。お主のあの馬鹿堅い防壁魔術じゃが、物理的な破壊は困難じゃったから呪い殺させてもろうたのじゃ」


 ヤバい、こいつ普通に強くないか。魔術への造形も深いがあの防壁魔術を簡単に呪い葬れるほどには呪術に長けている。


 ならばとこちらもガンド魔術で応戦し、両手を使って秒間射出量を二倍にする。単純だが効果は目に見えて表れる。相手はもはや簡単に避けることなど出来は――避けてない!?


 先ほどまで身に纏っていた赤い妖気に重なるようにして、黒い妖気が彼女を包み込んでいた。濃密な死の匂いに俺は思わず「嘘だろ!? 軍神オグンの他にまだ霊格を降ろすのか!」と叫んでいた。


「――土曜男爵バロン・サムディ、または死霊ゲーデの主。荒ぶる精霊ペトロ・ロアの中でも最も誉れ高い霊格ぞ。数だけに頼った貧弱な呪いなんぞ、墓と冥府のロアに効くと思うでないぞ?」


「二柱も降ろすだなんて、お前出鱈目だろ!? そんな事したら余程の技術がない限りアストラル体が焼き切れるだろう!」


「まだ余裕があるのじゃがな。――さあ、これで夜とフクロウのロア、マリネットとの親和性も良くなったわい。呪いはもはや妾の呼吸のようなもの。お主のガンドは妾には無意味ぞ」


「ちぃ! ただでさえタリスマン(お守り)と聖油とお香のせいで魔術が通りにくいのに!」


 何て奴だ、平気な顔をしてやがる。

 普通神降ろしなんか一柱だけでもアストラル体全てを持って行かれるほどの恐ろしい深業だというのに、これだからシャーマンとかいう存在は!


 一方彼女も「! この短時間で妾の防壁魔術を見抜くとは、お主もやり手か!」と俺の観察眼を誉め称えていた。ありがとよ、こう見えてもオカルトの知識は俺のアストラル体内部にデータベース化されてかなり蓄積されてるんだ。


 ほれ、と遊ぶように突き出された杖に、俺は思い切り飛びすさった。あれはヤバい、呪いの神と死の神の息吹を乗せられたガンド魔術に触れてみろ、そんなの一発で死んでしまう。死ぬことはないにしても、最低一週間は寝込んでしまうだろうとも。


 状況ははっきり不利だった。

 あのシャーマン、何故かは分からないが呪術のエキスパートと見える。俺のいた前世においても、あのレベルの魔術師はそうそういなかった。


 両者肉体強化を掛けた者同士の高速戦が繰り返される。傍目から見れば両方ともハイレベルに見えるだろう。でも、当事者の俺から見れば差が徐々に開きつつあった。

 俺が、遅いのだ。

 戦闘を【オートラン】に全て丸投げして最適駆動で戦闘行動しているこの俺が、である。それだけ相手の『神降ろし』は強いのだ。


 何発も放ったのでそろそろ相手のアストラル体を浸食しても良いはずの俺のガンド魔術だったが、残念ながら相手によって呪術的に殺されてしまっている。相手のアストラル体にへばりついているだけのほぼ無意味な呪いとなっていた。

 辛うじての救いは、それでもなお相手への嫌がらせにはなっているということぐらいか。


 しかしそれにしては俺の損耗が大きすぎる。

 俺のマナ消費は相当なものだった。神を降ろしている相手より損耗が大きいだなんて、全く笑えない話だ。


「……でも、残念だったな」


 しかし――今回は、間に合った。

 何がって?

 そりゃもちろん、勝つための仕掛けに決まってる。


「悪いが、俺だって無意味にガンド魔術を放っていた訳じゃないさ」


「? どういう――ッ!?」


「気付いたか、背後のビット達に」


 俺はここへ来て切り札を一枚切ることにした。ガンド魔術に徹していたのは一種のフェイクだったのだ。

 狙いは、ガンド魔術に乗せたシールデバイス魔術の連射に他ならない。


 シールデバイス魔術。

 現代魔術の一つに、マナマテリアルによるデバイス印刷技術がある。マナを原料として呪術デバイスを組み、それをシール状に加工して好きな場所に貼り付けることが可能なのである。呪術や魔術を込めておけば、それは持ち運び可能な手軽な魔法陣となるわけだ。


 俺が放ったガンド魔術にはもれなくシールデバイスが全て印加されていたのだ。着弾した部分には全て俺の魔法陣が展開されていた。それは彼女の背後、足元、武器、そして――彼女自身にも。

 残念ながら彼女のアストラル体に張り付いたシールデバイスはその殆どが呪い殺されており、妨害用ジャミング・ホワイトノイズ生成器としか働いていない。それでも彼女のアストラル体を直接ノイズでかき乱すことができるというのは、かなりの優位性を確保したも同然であった。


 そしてここからがシールデバイス魔術の本領だ。


 俺の持つ殆ど全ての魔法は、デバイス印刷技術によって高速で複製可能となっている。その連射速度は片手で秒間20発――ガンド魔術の掃射の速度と同じだ。

 意味することはつまり、俺が本気を出せば、初級魔術程度であれば秒間20発の魔術をぶっ放すことができるという事実。実に横暴な話ではあったが、数は暴力というのはいつの時代も変わらない真理だ。


「――だがな、それはあくまで俺の魔術射出機構が片手一本だと仮定したら、の話なんだ。もしそれが百個あればどうだ?」


「何じゃと!」


「無線式のオールレンジ攻撃用兵器、ビットデバイスを発射するという発想こそが肝。俺の秒間射出量は優に百倍以上に引き上げたも同然だ!」


 空中を漂う小型ビットは、その数にして百を優に超えている。ずらりと並ぶ銃口は実に圧巻で、今から始まる処刑を否応がなしに意識させるものとなっている。周囲のマナを充填して、エネルギー量は十分。俺の脳内AR図に示された射出システム図はオールグリーン、俺の許可待ちとなっていた。


「……じゃがお主のガンド魔術は所詮は脆弱、魔術的ファンタズマの意味付けが甘すぎるのじゃ!」


 瞬間、空中を踊るEihwaz(防御)Algiz(保護)のルーン文字、そして防御を司るイチイの木と北欧ヘラ鹿のタリスマン。この短時間でワンガ(お守り袋)から取り出された防御結界としてはかなりの強度がありそうであった。

 更には方盾の護法術と門の方術が施されており、まさに文字通り四方八方を守る『四方の盾』『八方の門』を作り上げている。


 なるほど、並大抵の魔術では貫けないだろう。彼女の防壁魔術は魔術的意味でかなり強固に守られており、到底攻撃を通せそうに見えなかった。

 ――しかし、愚策。


「俺のオペレーションズ・リサーチの知識の真骨頂は、オペレーションの理論化と最適化。ランチェスターの法則とオシポフ方程式に押しつぶされながら、カールトン型損傷関数の射爆理論に慈悲を請うが良い」


 射爆の公算誤差を挟叉修正射撃により逐次修正。運がよければシールデバイスからのフィードバックを得られるために偏差修正すら可能となる。

 俺の勝利に揺るぎはない。


 防御の魔術的意味?

 そんなもの、構造的大目標の抗甚性をパラメタ化すれば良いだけの話。期待カバレッジを逐次達成すればいいだけのこと。


 要は、押しつぶせばいい。


「――撃て、デルニエ」


『――All right, My Master!』


 我が相棒、デルニエ・ヴァンクールに命ずる。

 そして、閃光。


 寸隙も置かぬ一斉掃射に、射爆中央点は赤を通り越して白くなるほどまでに焼き尽くされていく。


 この光景は、絶対的な暴力。質量はいつだって勝利に直結する。

 そんな当たり前の事実を、俺は心に思い起こしていた。

 目に焼きつくほどの圧倒。それぞ現代魔術。


 俺はこの地獄絵図に揺るがぬ勝利を確信して――。






「……実に。実に。実に、――末恐ろしい魔術師じゃな、お主は」






 ――瞬間、俺は逃げ出していた。


「あ、こらまて!」という声が聞こえてきたが無視。あんなの反則じゃねえか、ありえねえ。

 俺がどれだけの力を込めたか知ってるのか? ギリギリ死なない程度を見積もって、それでもなお治癒魔法がないと死に瀕する程度の火力を注ぎ込んだんだぜ?


 なのに平然と立っているとか。馬鹿じゃないの? 死ぬの?

 もうあれ以上は無理だ、お互いに殺し合う覚悟でないと彼女を抑えきれない。


「逃げるでなーい!」


 うるさい、逃げるだろどう考えても! 三十六計逃げるに如かず、とはまさにこのこと。もう新入生歓迎パーティに遅れるだの何のと考える余裕はない。もう逃げだ逃げ。

 それに黒猫のユースティティアとか言ったっけ。聞いたことがある名前だと思ったら、学園三大最強じゃねえか。そんな厄介な奴と戦うつもりはさらさらない。


 俺は全速力で逃げた。熱光学迷彩を身に纏いながら、食堂とは間逆の方向にダッシュで逃げた。

 あ、これもう新入生歓迎パーティに絶対間に合わないパターンだ、と思いながら。

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