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「みずほさんは優秀な魔女だっただけあって、魔力もハンパなくてさ」
亜由美は痛そうな顔をして、腕をさする。半袖のブラウスの袖口からは、大きなアザが見えていた。あとで友香にも<癒しの種>を飲ませないと――そう思いながら、莉子は話を進めた。
「みずほさんは、結構暴れたの?」
「結構どころじゃないよ! 大暴れだよ! 人間に迷惑をかけないようにって、真麻さんが人気のない森に追い込んだんだけど、邪魔が入ったんだよ」
「そうそう! 警察の人たちが、みずほさんを撃ち殺そうとしたの!」
「私たちは、みずほさんを静かに眠らせてあげたいだけなのにさ……。みずほさんの処分については、ひかりだって納得していたんだから」
破魔女が、普通の魔女に戻ることはない。ただ暴れ回るだけの魔物と化した破魔女は、魔女たちが処分をすることになっている。
処分とはつまり――殺すことだ。魔女たちが破魔女の魔力をすべて吸い取って、消滅させるのが処分の方法である。
「だけど警察の……えーっと……ほら、何て言ったっけ……ナントカっていう魔女や破魔女の管理をしている部署の連中が、みずほさんを撃ち殺そうとしたんだよ!」
「その人たちを止めようとして、みずほさんの前に立ちはだかったひかりちゃんに銃弾がかすっちゃって、あの状態だったってわけ」
「そうだったんだ……」
魔女による処分以外の方法で破魔女を殺してしまえば、その死体は消えることがないため、魔物としての魔女の姿を世の中にさらしてしまうことになる。それを魔女たちは「みっともないこと」と感じていた。
そんな「みっともないこと」を避けるためにも、破魔女は魔女によって処分するようにしているのだ。そしてこれまでは、人間たちが魔女による破魔女の処分に手出しをしたことなど、一度もなかったはずなのだが……。
莉子は深い寝息を繰り返すひかりを見ながら、パトロールへ行く前に真麻が話していたことを思い出していた。母は魔女が国に目をつけられていると言っていたけれど、それが今回のみずほのことにつながっているのだろうか?
「でも、なんで警察はみずほさんを――破魔女を撃ち殺そうとしたんだろう? これまでは、そんなことってなかったよね?」
「それが不思議なんだよね。警察が私たちを監視している雰囲気はあったけど、露骨に攻撃してくることなんてなかったし……」
「どんなに破魔女が暴れても、処分については魔女に任せてる感じだったもんね。……ったく、警察のヤツらったら、何考えてんだろ!」
亜由美は怒りのままに、カップに残っていたコーヒーを一気に飲み干してしまった。莉子がおかわりのコーヒーを持ってこようと、キッチンに向かおうとしたとき、
「そういえば、莉子ちゃん」
と友香のふんわりとした声が聞こえた。
「今日って、合コンの日じゃなかった? どうだった? <宿主>は見つかったの?」
莉子は、亜由美のカップにコーヒーを注ぐ手をビクンと震わせた。振動で揺れるコーヒーの水面に映る自分の顔を見ながら、首を横に振る。
「そ、そっか!」
友香は気まずそうに相槌をうって、砂糖を入れたコーヒーをスプーンでグルグルとかき混ぜた。
亜由美もモジモジと居心地の悪そうな様子で、わざとらしく大声を上げた。
「でも、またチャンスはあるよ! まだ3ヶ月あるんだし、絶対に見つかるよ!」
「そうそう。それに、<宿主>は見つかった瞬間、すぐにわかるんだから!」
「だよねー。ビビッとくるっていうか……直感するっていうか……」
「私も爽太に出会ったときも、そんな感じだったなぁ。体の奥がジーンって痺れる感じがあったし……」
「やだー! その表現、エロいー!」
亜由美も友香も、そしてひかりも、莉子と同い年の魔女仲間だ。小さい頃から仲良くしていたこともあり、みんなで魔女としての悩みを相談したり、グチを言い合っていた。
そんな仲間の中で、自分以外の全員がすでに<宿主>を見つけてしまっていることに、莉子は焦りを感じないわけではなかった。ここ数年で、一人、また一人と、魔女仲間たちが<宿主>を見つけ、土日にデートの予定を入れるようになっていた。そして莉子一人が取り残され、ひとりぼっちの土日を過ごすことが多くなったのは、確かに寂しいものだった。
だけど、みんなの<宿主>とのノロケ話を聞くのは、結構楽しかった。<宿主>とアレをした、コレをしたと、少女マンガのような恋バナを聞くだけで、自分にも<宿主>がいるような気分になれたのだ。
そして仲間たちが、莉子の<宿主>が早く見つかるようにと、ずっと願い続けてくれているのも心強かった。
「ねぇ、莉子」
ソファの上のひかりの髪を撫でながら、亜由美がぽつりと呟いた。
「莉子は絶対に、破魔女にならないでよ」
「……うん」
「魔女にとっての永遠のパートナーだなんて言ってるけど、<宿主>なんて彼氏みたいなもんだから、気楽に探すんだよ」
「そうだよ! 莉子の<宿主>には、莉子がとびっきりかわいく見えるようになってるんだから、男性の多く集まるところに行けば、<宿主>の方から寄ってくるって!」
「わかった。がんばる」
そうは言っても、どうがんばればいいかなんて、莉子にもわからない。<宿主>が彼氏みたいなものだとしても、彼氏いない歴=年齢の莉子には、<宿主>がそんなに簡単に見つかるものとは思えなかった。
それでも、この二人を安心させたくって、莉子は笑顔を作った。口角を不自然に上げたせいで、引き攣っている莉子の頬を解すように、友香が人差し指でつつく。
「私、莉子ちゃんを処分するなんて、嫌だからね」
「……うん。わかってる」
「私だって嫌だよ! 莉子が破魔女になるのも、破魔女になった莉子を処分するのも! それにさ……」
亜由美は一瞬声を詰まらせて、莉子を見た。その目には、うっすらと涙が溜まっている。
「莉子ちゃんのお母さん――真麻さんだって、そう思ってるはずだよ」