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<種>は、主に野草を原料として作られる。何気ない野草の中に眠っている能力を魔力で引き出し、融合させて、さまざまな効き目を持つ<種>を生み出す。
一般的に、魔女は10種類ほどの<種>しか作れないものだが、真麻はこの図鑑に載っている大部分の<種>を作ることができるのだ。
莉子は幼い頃から真麻に<種>の作り方を学んでいるにもかかわらず、まったく上達せず、唯一作れるようになったのは、眠りを引き起こす<眠りの種>だけだった。
そう、あのどす黒くて地味な、何の輝きも発しない<眠りの種>だ。
あんな見た目がパッとしない<種>だけでなく、いつかは母のように、色とりどりの<種>をたくさん作ってみたいとは思うものの、莉子は魔女としての能力の限界も感じていた。
それに、このままだと、あと3ヶ月で破魔女になってしまうのだ。そんな魔女が、将来の夢を持つなんてバカげている。
(いろいろとむなしいなぁ、私って……)
モヤモヤした気分のままに、図鑑を適当にめくっていた莉子の手が、ふと止まる。
「これって……」
美しい図版の中でも、ひときわ美しい光を放つ<種>が、莉子の目に飛び込んできた。
これは、死んだ人間さえも生き返らせるという<蘇生の種>!
そのとろりとした翡翠色が放つ、果てしなく澄んだ輝きには、他の<種>とはまったく違う美しさがあるのだ。
蘇生というとんでもない能力を持ちながらも、決してそれをアピールすることなく、落ち着いた雰囲気を出している。それがとっても気高くって素敵。
ああ、綺麗だ。飽きずにいつまでも見ていたい。
莉子は指をパチンと鳴らし、図鑑を顔の前に浮かせると、ベッドに寝そべって<蘇生の種>の図版にうっとりとした視線を向けた。
<蘇生の種>は魔女の持つ魔力をすべて解き放って作られるもので、生涯において一つしか作れないと言われていている。そして、今生きている魔女の中には、<蘇生の種>を実際に見たことがある者は一人もいないのだ。
佐藤のおばば様でさえ、
「<蘇生の種>は、ツチノコと一緒で、本当にあるかどうかもわからないものじゃからのぉ……」
と言っていた。
でも、そんな謎めいたところが、かえって魅力的だ。
魔女が魔力をすべて解き放つというのは、自分の命と引き替えにすることに等しい。ならば、大切な人を生き返らせたいと願わない限り、命がけで<蘇生の種>を作ろうとは思わないはずだ。
そんな破滅的なロマンの塊ともいえる<種>に、莉子の隠し持った乙女心が刺激される。
(<蘇生の種>を作りたいほどの大切な人に出会えるなんて、すごく素敵なことじゃない?)
莉子は目の前にプカプカと浮かんでいる図鑑を、人差し指で呼び寄せる。独りでに閉じて胸元へと下りてきた図鑑をぎゅっと抱きかかえ、目を閉じた。
もし、<宿主>を見つけられなかった場合、莉子はこの<蘇生の種>を作って死のうと思っていた。
死ぬのは怖い。だけど、破魔女になってしまう方が、よっぽど怖い。
だったら、破魔女になるよりも、せめて<種>を残して死ぬ方がマシだろう。
ただ、問題は、果たして自分が<蘇生の種>を作れるだけの魔力があるかどうかなのだが……。
それでも、夢見ることは許されるはずだ。こんな破滅的な夢であっても、莉子にとっては、<宿主>を見つけ出すことよりも身近な夢だった。
<宿主>でなかったとしても、命を捧げてまで守りたい人、助けたい人……。
そんな相手を見つけられたら、本当に幸せだし、魔女に生まれたことを誇らしく思えると思うのだ。
死ぬことを夢見るなんて、悲しいけれど、何だか楽しい。
妄想全開で莉子がニヤニヤと頬をゆるめていると、突然ドン、と大きな音が聞こえてきた。
リビングの方向から響いたその音に反応して、莉子はベッドから跳ね起きた。猛ダッシュでリビングへと向かい、急いで窓際のカーテンを開ける。
「莉子! 開けて!」
ベランダには、箒に乗った亜由美の姿があった。
莉子がドアを開けると同時に、亜由美が箒から降りて入ってきた。続いて友香が箒に乗ったままで部屋へとやってくる。しかも彼女の後ろには、ぐったりとした様子のひかりが乗っかっていた。
「み、みんな、どうしたの!?」
「詳しいことはあとで! 早くひかりを助けないと!」
「莉子ちゃん、<癒しの種>わけてもらえないかな? ひかりちゃんがケガをしたもんだから……」
よく見ると、ひかりの腕や脚にはいくつもの傷がある。どの傷口も大きく開き、血が筋を作って流れ出していた。
「わかった。待ってて」
莉子は大きくうなずき、急いでラボへと向かった。
ラボの棚から<癒しの種>のビンを取り、一瞬考えたあとで、自分が作った<眠りの種>のビンも取り上げ、リビングに戻った。
リビングでは、亜由美と友香がひかりをソファに横たわらせていた。莉子は<癒しの種>をビンから一粒取り、ひかりの口元にそっと当てた。
「ひかりちゃん、<種>だよ。<種>を飲んで」
莉子の声に応えるように、ひかりはゆっくりと目を開けた。くりっとした二重が特徴のひかりの力強い目も、今は完全に生気を失っている。自ら開こうとしないひかりの唇を、莉子は指で開いて<種>を入れた。
口の中の<種>をひかりはゆっくりと飲み込み、しばらくすると、全身の傷の色がだんだんと薄くなり始めた。真っ赤に開いていた傷口が花びらが萎むように閉じ、血の流れた跡だけが残っている。
「よ、よかったぁ……」
脱力した亜由美が、大きく息を吐き出した。普段はしっかり者として通っている亜由美の、安心しきったまぬけ顔が、リビングに充満していた緊張感を吹き飛ばした。
「亜由美ちゃん、すごい顔してる」
「超変顔! ウケるー!」
弾けるように笑い出した莉子と友香を見て、亜由美はムッとした視線を二人に向けた。
「二人とも笑わないでよ!」
「ごめんごめん。あんまりにも亜由美ちゃんらしくない表情をしてるもんだから、つい」
「仕方ないでしょ! ひかりが助かったから、急に気がゆるんだんだよ!」
「うん、わかってる。責任感が強いもんね、亜由美ちゃんは」
莉子の言葉に、亜由美は照れを隠すように口を尖らせて、ソファの上のひかりを見た。