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それにしても、真麻の作る<種>は、どれもこれも輝きが強い。<種>のひとつひとつが、「効き目バツグンです!」と我先に自己主張しているように見える。それは、<種>の効き目の強さを表すものでもあったし、作り手である真麻の気性そのものでもあった。
(それに引き替え、これは……)
莉子は視線だけを動かして、下段にある一つのビンを見た。
それは、莉子が作った<眠りの種>が入っているものだ。中の<種>は、どんな光も放つことなく、ただひたすら黒く沈んでいる。
(私の<種>って……地味だよね。いかにも私っぽいっていうか……)
もともと<眠りの種>は、誰が作っても真っ黒になるのだが、莉子の作るものは、より一層深い黒色をしていた。特に、母の作った色とりどりの<種>と一緒に並べられていると、地味さが際立ってしまい、情けなくなってしまう。
<種>だけじゃない。莉子自身だってそうだった。
美人の母と一緒にいると、
「お母さんは美人なのにねぇ」
なんて気の毒がられてしまうし、魔女の世界でも、
「お母さんは大魔女なのにねぇ」
とため息交じりに言われるのが定番になっていた。
そんなときはいつも、莉子は心の中で、
「ごめんなさい」
と必死に謝り続けていた。
誰に謝っているのかは、自分でもよくわからなかった。不甲斐ない娘であることを母に謝罪していたのかもしれないし、母同様の美貌や魔力を期待する人々への、お詫びのつもりだったのかもしれない。
莉子のそんな「ごめんなさい」は、何層にもなって心の中に降り積もり、彼女のネガティブさの原因になっていた。
魔女としてもパッとしない。
美人じゃない。
<宿主>となる男性も見つけることができない。
そんな3つの「ない」を抱えているせいで、こんなに暗い気持ちになるのなら、魔女なんてやめてしまいたかった。地味で無害な「モテない女」として、誰にも迷惑をかけずに、部屋にこもって本だけを読んでいたい――それが莉子の願いであり、一番ラクチンな生活のスタイルだった。
でも、それはできない。魔女の娘は魔女――この事実は揺るがず、莉子は「モテない女」ではなく、「モテない魔女」にしかなれない。魔女であるからこそ、早く<宿主>を見つけないと、3ヶ月後には破魔女になってしまうのだ。
破魔女になってしまったら、楽しみにしていた『十二国記』の新刊だって読めない!
それに、『ガラスの仮面』の最終回を読むまでは、絶対に死ぬわけにはいかないんだ!
だから、なんとか<宿主>を見つけないと!
自分で自分を励ましながら、莉子はラボを出た。その足で自分の部屋に入ると、すぐに着ていたワンピースを脱ぎ捨て、パーカーとジーンズに着替えた。
「お疲れさま」
莉子は思わず、ハンガーにかけたワンピースへと声を掛けた。Spick & Spanで買ったお気に入りのものなのに、そこには合コンの気疲れがずっしりと染み込んでいる。淡いピンクがくすんだ色に見えているし、広がりのあるフレアのラインは心なしか萎んでいた。
そして今の自分も、このワンピースと同じぐらい疲れているのだろう。
莉子はベッドに横になりたい気持ちを我慢して、本棚に向かって指を鳴らした。マンガや小説がみっちりと並ぶ中で、ひときわ分厚い『<種>図鑑』の背表紙が返事をするように顔を出した。重い図体をゆっくりと動かして本棚から飛び出すと、ふわふわと空中を泳ぎながら莉子の手元へとやったきた。
それは、魔女が作り出すことができるとされている<種>全167種類の、色や形、作り方、効能、副作用に至るまでをすべて網羅し、解説しているものだ。
莉子は図鑑を捕まえて、ベッドに腰掛けた。色索引の中にある紫色のページを開いたあとでスマホを取り出し、さっきラボで撮影した写真を表示させる。写真の中で光る紫色の液体と、索引にある紫のグラデーションを見比べながら淡い色から順番に辿っていくと、中間よりも少し濃いめの紫のところで莉子の指が止まった。
たぶん、これだ。
<種>の名称は、<解除の種>とある。解説のページには、効能として
「魔力の解除に用いる。更年期障害の症状解消にも効果的」
と書かれている。
更年期。もしかして母にも、そんなものが来ているのだろうか? いや、あの母に限っては、そんなことはないだろう。だからといって、すでに巨大な魔力を持っている母が、魔力の解除などを必要としているとは思えない。
それとも、他の魔女に使うつもりなのだろうか?
しばらく考えたあとで、莉子は図鑑を一度閉じた。これ以上、母の<種>作りへの詮索はしないでおこう。莉子は気持ちを切り替えるように、図鑑を最初のページからめくり始めた。
美しい<種>の図版を見ているだけで、どんな<種>でも作れそうな気になってしまう。それは、料理のレシピ本を読んだだけで、料理名人の気分になるのと似ているのかもしれない。そして、下手くそな人間に限って、そんなことを感じてしまうのだ。
<種>は、魔女が作る薬のようなものである。ただ、どんな症状にも確実に効果が出ることと、魔女しか作り出せないことにおいては、薬と異なっている。
人間が直接、魔女の<種>を使用することはほとんどないものの、<種>を作る魔女の能力に世話になっている人間は多い。<種>を作るノウハウや技能を用いて、新薬の開発分野に入り込む魔女が少なくないからだ。
実は莉子の母である真麻もそんな魔女の一人で、日本有数の製薬会社において、部長としての地位を築いていた。