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莉子は箒で魔女たちの近くへと進みながら、思わず声を掛けていた。
「ちょ……ちょっと、みんな! なにやってんの!?」
すると魔女たちが一斉にこちらを見た。莉子の出現にみんな驚いた顔をしたものの、特に亜由美と友香は慌てて箒から落ちそうになっている。
「……莉子! あんた、どうしてここにいるの!?」
「莉子ちゃん! 来ちゃダメだって!」
「来ちゃダメって……どういうこと?」
仲間外れにされたような気がして、莉子は恨みを込めた目で二人を見た。
「二人とも、今日は<宿主>とデートだったんじゃないの? それなのに、こんなところでなにをしてるのか、教えてよ!」
「そして結局、あんたもここに来たんでしょ? そういうもんなの、魔女と<宿主>って」
子どものように足をジタバタとさせる莉子の背後から、聞き慣れた声が聞こえる。振り返ると、真麻が箒の上でニヤニヤしている。
「……ママ! これ、一体なんなの?」
「これ? これは橘さんを囮にしてみずほをおびき出して、そこで一気に私たちで処分しちゃおうってこと!」
「橘さんが……囮ぃ!? どうして橘さんが、そんなことを……」
「私が頼んだの。みずほをさっさと処分するためにね」
確かに橘を使えば、みずほは簡単におびき寄せられるだろう。……というよりも、すでにおびき寄せられている。みずほは夜空に馴染んだ黒い体を揺らめかせ、山の間をゆっくりとこちらへと進んできている。
「で、でも……それじゃあ橘さんが……」
莉子はもじもじしながら、小さな声で呟く。もし橘がこの作戦でケガをしたら……と思うと、なんだか落ち着いてられないのだ。
「橘さんが危ないって言いたいんでしょ? 確かにそうだけど、とりあえず私たちがシールドを作って守るつもりだし、みずほを素早く処分しちゃえば問題ないわよ!」
真麻の言うとおりに、うまくいくものだろうか――莉子は謎の不安感に襲われ、ちらりと下を見る。洞窟の前にいる橘は、いつもと変わらずに堂々とした態度をとっていた。
「あんたがここに来たってことは、橘さんはピンチだってことなんだろうね」
「……え?」
視線を戻した莉子に、真麻が近づいて頭を撫でる。
「魔女と<宿主>は、お互いのピンチのときに、なぜか気づくものなんだよね。その仕組みはよくわからないけれど……相手のピンチのときには、その場所に来ちゃうんだ」
「そうなの!? そんなこと……全然知らなかった……」
「知ってても知らなくても、あんたがここに来ることはなんとなく想像できたけどね。それに言っておくけど、今日のこの作戦をあんたに知らせるなって言ったのは、橘さんだからね!」
「えーっ! ど、どうして……」
「さぁね。それはあとで橘さんに訊きなさいよ。でも、あんたがここに来たってことは、橘さんになにかあったら、助けられるのはあんたしかいないってことなんだろうね、これは」
真麻の声に被せるように、ドスドスと大きな音が、人里少ないこの場所に響いた。おそらく、みずほがかなり近づいているんだろう。
「……さぁ、いよいよ来たよ。みずほが橘さんの数メートル前まで近づいたら、みんなでシールドを唱えるよ! そしてみずほが立ち止まったところを、一気に魔力を吸い上げて処分するよ!」
「了解!」
真麻に返事をした魔女たちは、みずほのやってくる先をじっと見つめていた。莉子は真麻とともに離れたところで見守っていたが、真麻も箒を走らせて魔女たちの中へと加わっていく。
みずほの足音は、次第に強く地面と空気を震わせ、辺りの木々をもざわつかせた。驚いた鳥たちが何羽も飛び立ち、山脈さえも異様な光景に怯えているように見える。
みずほがいよいよ、全身が一目でわかるほどの距離にまで近づいてきた。まっすぐに橘へと向かう足取りに狂いはなく、たくさんの魔力の触手を出して、前へとのばし始めていた。
「シールド!」
真麻の声に合わせて、他の魔女も一斉にシールドを唱える。すると橘の周りに透明な壁ができ、のびてきた触手を跳ね退ける。
「亜由美と友香は、シールドの強化を続けて! 他のみんなは、そろそろ魔力の吸収を始めるよ!」
「わかりました!」
亜由美と友香は、シールドが壊されないように、魔力を必死で送っていた。そして真麻をはじめとする魔女たちは、ゆっくりと下降しながら、両手をみずほへと向けていた。
「はい! 吸収!」
みすほの一声で、魔女たちが掌とみずほをつなぐ管を出す。白く光るそれをストローのようにして魔力を吸い上げれば処分ができるのだが、莉子の頭に嫌な映像が浮かんだ。それは、魔力の吸収ができずに、易々とシールドを突破するみずほの姿だった。
(橘さんが……危ない!)
莉子は思わず箒の柄を下に向け、急降下していく。
「橘さん! 逃げて!」
莉子が叫んだ瞬間、橘が流れ星のように落ちてくる莉子へと顔を向けた。
「……莉子さん! なにやってるんです!?」
「なんでもいいから、逃げて!」
すると橘の前で、バリン、となにかが砕ける音が聞こえた。それはみずほがシールドを破壊した音で、上空からも大きなざわめき声が響いてくる。
「マズい! シールドが破られた!」
「吸収の管もつなげないよ!」
「は、早く! 早くみずほを止めて!」
みずほを止めることなんてできない。もしできるとすれば……<宿主>の圭吾ぐらいだろう。だがその圭吾は、目を覚ますことなく病院で眠っている。
(だったら……私が止めなきゃ!)
わけもなく義務感にかられた莉子は、橘とみずほの間へと飛び出していった。
「莉子さん! 来るな!」
橘が叫ぶものの、莉子は触手をのばすみずほへと向き合った。触手はシュルシュルと何本も莉子へと放たれ、彼女に殴り掛かろうとしていた。それを莉子は魔力で跳ね返そうとしたが、いくつかの触手はそれをすり抜け、莉子の体を激しく叩く。
「……きゃ!」
足をふらつかせ、思わず倒れそうになりながら、莉子は肩から提げたバッグからピルケースを取り出した。そこには莉子が作った<眠りの種>と、真麻の<癒しの種>しか入っていない。
仕方なく苦し紛れで、<眠りの種>をみずほへと投げつけた。<種>は、みずほのジェル状の魔力の中へと吸い込まれていくが、特にこれといった効果はない。
だったら、やっぱり普通に魔力で対抗するしかない。莉子が手に魔力を溜めて放つものの、まったく効き目はなく、その間に一際大きな触手が目の前へと現れた。それは辺りを陰らせるほどの大きさで、莉子の頭上を狙って落ちてくる。
「う……うわっ!」
(ヤバい! 私……死ぬかも!)
莉子は頭を隠してしゃがむと、触手が巻き起こした風圧に押されて、後ろへと飛ばされる。全身を洞穴横の岩壁にぶつけ、痛みを感じているところに、触手が再び叩きつけてきた。
「や……やだーっ!」
目を瞑り、莉子は息を止めて触手の攻撃を待つしかなかった。そしてシュッと風が起こり、触手がなにかを叩きつけた音も聞こえてくる。だけど莉子自身は、痛みも衝撃も感じずにいた。
「……あれ?」
ゆっくりと目を開けると、目の前には壊れたシールドと、立ち止まっているみずほの姿が見える。なんとかみずほに再度攻撃をしなくてはと、立ち上がろうとしたが、体が重くて動かない。
……いや、違う。自分の体が重いんじゃない。
莉子の体の上に、触手の攻撃で背中にケガを負った橘が、倒れ込んでいるのだ。
「……橘さん!」




