1-3
「とにかく、3ヶ月でなんとか<宿主>を見つけるんだよ!」
「……はい」
「合コンは毎日でもいいから、参加すること!」
「……はい」
「<宿主>はどこにいるかわからないんだから、会社でも目を光らせているんだよ!」
「……はい」
「この世のすべての男に、自分の魅力をアピールするぐらいの気持ちでいなさいよ!」
(えーっ! それは無理だよ!)
と莉子は思ったものの、母の視線の痛さに負けて仕方なく
「……はい」
と返事をした。
気が治まったのか、真麻は怒りをすっと引っ込めて、壁際にある縦長のクローゼットから箒を出した。
「じゃあ、これからパトロールに行ってくるから、留守番頼んだよ」
「えっ? ママもパトロールに行くの?」
魔女たちは毎晩、近隣地域のパトロールを交代制でおこなっている。その目的は、かつての仲間だった破魔女が人間に危害を与えないように監視し、処分するためだ。
通常、パトロールは若い魔女が担当することが多く、真麻のような上級の魔女は滅多なことでは参加しない。それなのに、なぜ今夜は母がパトロールをするのか――言葉に出さない莉子の疑問に答えるように、真麻はため息をついた。
「やっかいな破魔女が出てきたって、報告があったんでね」
「それって、ママみたいな大魔女じゃないと退治できないような破魔女なの?」
「まぁ、そんなとこだね。それに最近は国が私たちに目をつけてるみたいだし、破魔女の処分はきちんとやっておかないと」
「国が目をつけてるって……私たちを敵だと思っているってこと?」
「どうなんだろうねぇ。警察庁の警備局に、魔女や破魔女を管理しようとする部門ができたらしくってね、そいつらがうるさいだけではあるんだけど……」
それは、莉子にとっては初耳だった。
この国において魔女は、「いるかもしれないし、いないかもしれないもの」として存在していて、人間に「見て見ぬフリ」をしてもらっているような状態だと、莉子は年上の魔女たちから聞かされてきた。
「だからこそ、人間の邪魔や害になるようなことをしてはいかんよ。それが私たち魔女の矜持ってもんさ」
昔、日本の魔女のトップに君臨する佐藤のおばば様が、そう言っていたことがあった。
まだ幼かった莉子には、「キョウジ」という言葉の意味はわからなかったけれど、魔女は人間と仲よく暮らすことが大切なんだ、ということは理解できた。
だからこそ、この国の魔女ならば、人間に害を与えようなんて思わないはずだ。なのにどうして、人間に敵視されなくてはならないのだろう。
「私たちは、国を敵に回したいわけじゃないんだけどねぇ……」
それは、いつも強気な母にしては、珍しく弱い口調だった。それでも足取りは力強いままで、真麻はドスドスと音を立てて窓へと近づき、カーテンの隙間に手を突っ込んでサッシを開けた。
突風が塊になって部屋に入り込み、カーテンが風船のように膨れ上がる。それと同時に、湾岸の景色が莉子の目へと飛び込んできた。真麻がこの湾岸のタワーマンションの最上階を住処に選んだのは、こうして箒で飛び立つときに目立たないようにするためであった。
「もし誰かが<種>をもらいに来たら、ビンに入っているのを分けてあげてちょうだい。ただし、ラボには誰も入れちゃダメだよ」
「わかった」
莉子が頷くと同時に、真麻は箒にまたがり、柄をかかとで蹴った。その瞬間、箒は魂を得たように大きくしなり、前方に勢いよく飛び出していく。そして、真麻を夜空の中へと運んでいった。
真麻を見送った莉子は、窓を閉めてドアの近くにあるチェストへと駆け寄る。その上には、莉子が10歳のときに亡くなった父の写真があった。
「パパ、ママを守ってね」
ニコニコと微笑み続ける父に手を合わせて祈ると、莉子はラボへと向かった。
3LDKの間取りのうち、廊下の左側に二つの部屋があり、残りの一つは廊下の突き当たりにある。その部屋が、真麻のラボとして使われていた。
莉子は電気を点けないままで廊下を進み、ラボのドアを開けた。
「きゃ……!」
暗い部屋の中から紫色の眩しい光が漏れ、莉子は思わず目を瞑る。その上、ブクブクと沸騰するような音まで聞こえてきた。
やっとのことで目を開けると、デスクの上に<種>を作るための小さな壺が見えた。おそるおそる近づいて覗き込むと、その中はアメジスト色の液体で満たされていた。表面には、小さな泡がいくつもできている。
研究熱心な母のことだ。きっと新しい<種>を作っている途中なのだろう。莉子は壺の中の液体の色をスマホで撮影し、デスク脇の棚を見上げた。
8段もある棚には、真麻が作った<種>の入ったビンがいくつも並んでいる。真珠粒ほどの大きさの丸い<種>は、それぞれが美しい色を含んだ光を放っていた。
風邪や傷を治す<癒しの種>は、さわやかなミントの色。
頭痛などの痛みを取るのに使う<沈痛の種>は、落ち着いた淡いブルー。
そして<解毒の種>は、深い森に似た緑色。
酒好きの魔女に好評な<消化の種>は、ブランデーに近い琥珀色をしている。
冷え性な魔女には欠かせない<保温の種>は、燃えるようなルビーの色だ。
一つ下の段には、薄桃色の<種>が入ったビンがあった。ラベルには、太い手書きの文字で
「持ち出し厳禁!」
と書かれている。
<種>の色から判断すると、おそらくこれは<若返りの種>のはずだ。真麻が自分用に作ったので、誰にも使わせたくないのだろう。
(大魔女のくせに、ケチくさいんだから)
母の弱みを握れたような気がして、莉子はニヤニヤしながら棚を見渡した。