表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれ魔女のタイムリミット  作者: 由糸子
1.<種>と破魔女
4/48

1-3

「とにかく、3ヶ月でなんとか<宿主>を見つけるんだよ!」

「……はい」

「合コンは毎日でもいいから、参加すること!」

「……はい」

「<宿主>はどこにいるかわからないんだから、会社でも目を光らせているんだよ!」

「……はい」

「この世のすべての男に、自分の魅力をアピールするぐらいの気持ちでいなさいよ!」


(えーっ! それは無理だよ!)


と莉子は思ったものの、母の視線の痛さに負けて仕方なく

「……はい」

と返事をした。


 気が治まったのか、真麻は怒りをすっと引っ込めて、壁際にある縦長のクローゼットから箒を出した。


「じゃあ、これからパトロールに行ってくるから、留守番頼んだよ」

「えっ? ママもパトロールに行くの?」


 魔女たちは毎晩、近隣地域のパトロールを交代制でおこなっている。その目的は、かつての仲間だった破魔女が人間に危害を与えないように監視し、処分するためだ。


 通常、パトロールは若い魔女が担当することが多く、真麻のような上級の魔女は滅多なことでは参加しない。それなのに、なぜ今夜は母がパトロールをするのか――言葉に出さない莉子の疑問に答えるように、真麻はため息をついた。


「やっかいな破魔女が出てきたって、報告があったんでね」

「それって、ママみたいな大魔女じゃないと退治できないような破魔女なの?」

「まぁ、そんなとこだね。それに最近は国が私たちに目をつけてるみたいだし、破魔女の処分はきちんとやっておかないと」

「国が目をつけてるって……私たちを敵だと思っているってこと?」

「どうなんだろうねぇ。警察庁の警備局に、魔女や破魔女を管理しようとする部門ができたらしくってね、そいつらがうるさいだけではあるんだけど……」


 それは、莉子にとっては初耳だった。

 この国において魔女は、「いるかもしれないし、いないかもしれないもの」として存在していて、人間に「見て見ぬフリ」をしてもらっているような状態だと、莉子は年上の魔女たちから聞かされてきた。


「だからこそ、人間の邪魔や害になるようなことをしてはいかんよ。それが私たち魔女の矜持ってもんさ」


 昔、日本の魔女のトップに君臨する佐藤のおばば様が、そう言っていたことがあった。

 まだ幼かった莉子には、「キョウジ」という言葉の意味はわからなかったけれど、魔女は人間と仲よく暮らすことが大切なんだ、ということは理解できた。


 だからこそ、この国の魔女ならば、人間に害を与えようなんて思わないはずだ。なのにどうして、人間に敵視されなくてはならないのだろう。


「私たちは、国を敵に回したいわけじゃないんだけどねぇ……」


 それは、いつも強気な母にしては、珍しく弱い口調だった。それでも足取りは力強いままで、真麻はドスドスと音を立てて窓へと近づき、カーテンの隙間に手を突っ込んでサッシを開けた。


 突風が塊になって部屋に入り込み、カーテンが風船のように膨れ上がる。それと同時に、湾岸の景色が莉子の目へと飛び込んできた。真麻がこの湾岸のタワーマンションの最上階を住処に選んだのは、こうして箒で飛び立つときに目立たないようにするためであった。


「もし誰かが<種>をもらいに来たら、ビンに入っているのを分けてあげてちょうだい。ただし、ラボには誰も入れちゃダメだよ」

「わかった」


 莉子が頷くと同時に、真麻は箒にまたがり、柄をかかとで蹴った。その瞬間、箒は魂を得たように大きくしなり、前方に勢いよく飛び出していく。そして、真麻を夜空の中へと運んでいった。


 真麻を見送った莉子は、窓を閉めてドアの近くにあるチェストへと駆け寄る。その上には、莉子が10歳のときに亡くなった父の写真があった。


「パパ、ママを守ってね」


 ニコニコと微笑み続ける父に手を合わせて祈ると、莉子はラボへと向かった。

3LDKの間取りのうち、廊下の左側に二つの部屋があり、残りの一つは廊下の突き当たりにある。その部屋が、真麻のラボとして使われていた。


 莉子は電気を点けないままで廊下を進み、ラボのドアを開けた。


「きゃ……!」


 暗い部屋の中から紫色の眩しい光が漏れ、莉子は思わず目を瞑る。その上、ブクブクと沸騰するような音まで聞こえてきた。


 やっとのことで目を開けると、デスクの上に<種>を作るための小さな壺が見えた。おそるおそる近づいて覗き込むと、その中はアメジスト色の液体で満たされていた。表面には、小さな泡がいくつもできている。


 研究熱心な母のことだ。きっと新しい<種>を作っている途中なのだろう。莉子は壺の中の液体の色をスマホで撮影し、デスク脇の棚を見上げた。


 8段もある棚には、真麻が作った<種>の入ったビンがいくつも並んでいる。真珠粒ほどの大きさの丸い<種>は、それぞれが美しい色を含んだ光を放っていた。


 風邪や傷を治す<癒しの種>は、さわやかなミントの色。

 頭痛などの痛みを取るのに使う<沈痛の種>は、落ち着いた淡いブルー。

 そして<解毒の種>は、深い森に似た緑色。

 酒好きの魔女に好評な<消化の種>は、ブランデーに近い琥珀色をしている。

 冷え性な魔女には欠かせない<保温の種>は、燃えるようなルビーの色だ。


 一つ下の段には、薄桃色の<種>が入ったビンがあった。ラベルには、太い手書きの文字で

「持ち出し厳禁!」

と書かれている。


 <種>の色から判断すると、おそらくこれは<若返りの種>のはずだ。真麻が自分用に作ったので、誰にも使わせたくないのだろう。


(大魔女のくせに、ケチくさいんだから)


 母の弱みを握れたような気がして、莉子はニヤニヤしながら棚を見渡した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ