4-7
(死ぬってことは……)
そのとき莉子の頭には、いくつもの疑問がポップアップするように、浮かび続けていた。
なぜ、魔女は母子家庭で育つことが多いのか。
なぜ、莉子の父は早くに死んだのか。
なぜ、他の魔女たちの父も、早くに死んでしまうことが多いのか。
そしてなぜ、圭吾はみずほの<宿主>にならなかったのか。
そのすべての答えが見えてきたような気がした。長いトンネルの先に出口の光が見えるように、小さいながらもはっきりと。
「では、最後のヒント。<宿主>によって持ち合わせている『気』の量が違うように、魔女も持ち合わせている魔力の大きさが違うものじゃ。では、また質問しようかの。魔力の大きな魔女の、秘めた魔力を解き放つには、<宿主>はどうしなければならないと思う?」
「……つまり、『気』をたくさん使うということですか?」
「おお! 警察のお方は、理解も早いのぉ」
満足げに顎を撫で、おばば様は莉子へと視線を移した。
「……で、莉子や。お前の母は、それはそれは大きな魔力を持つ大魔女じゃ。その母の<宿主>である、お前の父は、今どうしておる?」
「どうしてるって……私が10歳のときに死んじゃって……」
「では、質問を変えるぞ。みずほは、どんな魔女だったんじゃ? それを橘さんに教えてあげなさい」
おばば様に促されて、莉子はおそるおそる橘へと目を向けた。彼がどんな反応をしているかを、見るのが怖かったからだ。ただでさえも魔女を憎んでいる彼が、今の話を聞いて、魔女を「人間のエネルギーを吸い取る悪魔」とさえ思い込むのではないかと、不安で仕方がなかった。
しかし彼の表情は、奇妙なほどに冷静だった。視線はおばば様に向けられているのに、彼の瞳にはなにも映ってはいなかった。
莉子はまばたきを繰り返し、思い切って口を開いた。
「みずほさんは魔力がとても強い魔女で、いずれ大魔女になるだろうって言われていた魔女で……」
莉子はそこで、言葉を止めてしまった。これ以上話せば、莉子が推測していることが、事実になってしまいそうな気がしたのだ。
「どうしたんじゃ、莉子。それでおしまいか? ……なら、わしの話も、これでおしまいとするかのぉ」
おばば様はイスから下り、キッチンへと歩き出した。すると橘はテーブルに手を突き、急に立ち上がった。
「……待ってください。一つ、教えてください」
「おおっと。わしはなにを言われても答えんぞ」
聞こえない、と言わんばかりに、おばば様は両手で耳を塞いだ。
「いいえ。どうしても教えていただかなくてはならないんです。そうでなければ、納得がいかない」
「納得?」
「今、僕が推測していること――いや、それはおそらく事実なんです。それに、僕自身が納得がいかないんです。だから、YesかNoかでかまいません、教えてください!」
「じゃあ、言ってみなさい」
そう言って、おばば様はイスに座り直した。覚悟のこもった橘の瞳を、真正面から受け止めるように。
「もしかして、田中みずほは、自ら破魔女になることを選んだのではないですか?」
莉子は思わず橘を見た。それは、莉子が思っていたことと、まったく同じ内容だった。
「体の弱い兄を<宿主>にすると、早死にしてしまうために、田中みずほは……」
「質問は一つだけじゃ!」
おばば様は老人とは思えないほどの大声を上げ、ふん、と鼻で笑う。
「だから、最初の質問だけに答えようかのぉ。答えはYesじゃ。……橘さん、納得はいったかの?」
橘はこくんと大きく頷くと、イスへと崩れ落ちるように腰を下した。そんな彼を慰めるためか、おばば様はこれまでよりも1トーン静かな声で話し出した。
「この世に真実は一つ。警察のあんたなら、そう考えておるのだろうな。だが、実際は違うぞ。真実は人それぞれに存在する。それをすべて知ることはできん。知ることができるのは、お互いの真実を重ね合わせることができた者同士だけじゃ」
「田中みずほが破魔女になった本当の理由は、兄と田中みずほしか知りえないということですか?」
「そうじゃ。わしが考えていることも、あんたが考えていることも、莉子が考えていることも、すべて推論に過ぎん」
そう言うと、おばば様はテーブルに両手を揃えて、頭を下げた。
「だから、お願いじゃ。みずほの処分については、わしら魔女に任せてくれんかのぉ。みずほが人間の世界に迷惑をかけていることは、十分承知のうえじゃ。……頼む」
おばば様に対して、橘はなんの返事もしなかった。ただ、おばば様の結い上げた白髪の髪をじっと見つめている。
ゆっくりと頭をあげたおばば様は、大きく息をつき、再び橘を見た。
「みずほと圭吾さんの真実は、2人しか知ることはできん。そして……あんたと、莉子もそうじゃろ?」
「お、おばば様!」
なにを言い出すのかと、莉子は必死におばば様の言葉を打ち消そうとした。しかしおばば様は、すべてお見通しとでも言いたいかのように、莉子をじっと見つめた。
「隠したって無駄じゃぞ、莉子。この男は気づいているはずだからのぉ」
「……え?」
そのとき、橘の眉がぴくりと動いた。
一体なにを、橘が知っているというのか。焦った莉子が目を泳がせていると、おばば様が
「なぁ、橘さん」
と声を掛けた。
「あんたはわかっているのじゃろう? 自分が莉子の<宿主>だということを」




