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おばば様が先頭になって進み、家へと入る。家の中は壁も床も天井も、すべてが木でできたログハウス風だった。3年ほど前、莉子と母と一緒に立ち寄ったときよりも木材が少々茶焼けているものの、全体的な様子はほとんど代わりがない。
「うわっ!」
先にリビングに入った橘の、驚きの声が聞こえてきた。莉子が駆け寄ると、リビングの中で箒とはたきが、独りでに動き、掃除をしていた。それを見た橘が、入り口の近くで固まっているのだ。
「驚かせてすまんの。これが我が家の『ルンバ』なものでな」
ケケケ、と笑い声を上げ、おばば様は指をパチンと鳴らす。すると箒とはたきは慌てて掃除を止め、一目散に奥の掃除道具置き場へと向かっていった。
莉子と橘は分厚いラグマットの上をスリッパで進み、リビングの中央にある大きなテーブルのイスに腰掛けた。赤いチェックのテーブルクロスが敷かれた上には、庭で取れたハーブを乾燥させたものがいくつも載っていた。
「待ってておくれ。今、お茶を淹れるのでな」
オープンキッチンに入ったおばば様が指を2回鳴らすと、ステンレスのポットが独りでに動き出し、取っ手の部分がニューッとのびて腕のように動いた。そして自らフタを取って蛇口を動かし、中に水を注ぐ。
ポットはフタを閉じると、水の重さで揺らめきながら、コンロの五徳にやっとのことで腰を下した。するとおばば様は、今度はコンロに向かって人刺し指を立てる。その瞬間、ボッと音が鳴り、コンロに火が点いた。
指を左右に動かしてコンロの火加減をしたあとで、おばば様はティーポットを用意し、ハーブティを淹れる準備をし始めた。ハーブの茶葉を取り出すのも、カップを用意するのも、全部に魔法を使って。
その様子を見ながら、橘が何度もびくりと肩を動かしている。おそらくおばば様の魔法に驚いているのだろうが、それを必死で隠している。冷静な橘が頬をヒクつかせているのが面白くて、莉子はニヤニヤしながら彼の横顔をじっと見ていた。それに気づいた橘が、莉子をギロリと睨む。
仕方なくニヤけた顔を引っ込めた莉子は、口を閉じて俯いた。するとハーブのみずみずしい香りが、部屋中に一気に広がった。
よく蒸らしたハーブの茶葉にお湯を注ぎ、それぞれのカップに注いでいく。それを莉子と橘の前に魔法で運んだおばば様は、自分のカップを持って莉子たちの前に座った。
「……で、あんたたちは今日、みずほと圭吾さんのことを訊きにきたんだったかのぉ」
「はい。2人があなたに、一体どんな話をしたのかを教えていただきたいのです」
橘は莉子に先駆けるように、急いで口を開いた。それに反応したおばば様は、シワを寄せ集めるようにして口を尖らせる。
「悪いが、それは言うわけにはいかないよ。守秘義務ってものがあるんでねぇ」
「お、おばば様! それじゃあ困るんです! 教えてください!」
「しかし、わしにもわしなりのコンプライアンスがあるからのぉ」
なにがコンプライアンスだ。ただ難しそうな言葉を言ってみたかっただけのくせに……。
莉子が恨みがましい気持ちで見ていると、おばば様はゆったりとした様子で首を横に振った。
「2人が思い詰めて話したことを、口にすることはできんのだよ。……だが、ヒントをやることはできる」
「ヒント?」
「まずは第一のヒント。橘さん、あんたのお兄さん――圭吾さんは、生まれつき体が弱かったそうだねぇ」
「ええ。生まれつきの難病を抱えていて、服薬が欠かせませんでした。幼い頃には、『20歳まで生きられるかどうか』とまで言われていたそうです」
「うむ。では第二のヒント。莉子、これはお前に質問だ。魔女にとって<宿主>は、どんな役目を果たす人間だい?」
「えーっと……魔女の血を絶やさないために子孫を作る相手で、確か、『鍵』にもなるってママが言ってたような……」
「鍵? それってなんです?」
橘が訊くと、莉子は母が言っていたことを思い出しつつ、ぽつりぽつりと話し出した。
「魔女にとって<宿主>は、子孫を残すパートナーってだけじゃなく、魔女の中に閉じこめられた魔力を解放してくれる存在でもあるんです。封印された魔力を解き放つんだから、<宿主>はまさに『鍵』みたいなもの、ってことらしいです」
「そうじゃ、その通り。では、その『鍵』の役目を果たすとき、<宿主>の体内ではどのようなことが起こっているか、知っておるか?」
「……わかんないです」
「魔女の魔力を解き放つために、<宿主>は自分自身のエネルギーを使う」
「エネルギーとはなんですか? 体力のようなものですか?」
早口で問いかける橘に、おばば様は
「まぁ、それに近いかのぉ」
とハーブティを啜りながら答えた。
「正確には、<宿主>の『気』を使うのじゃ。『気』は言うなれば……魂のエネルギーといったところかのぉ。その『気』を使って魔女の体とつながり、魔女の魔力を解き放つのが<宿主>じゃ」
「その『気』とは、無尽蔵なのですか?」
「さすがは警察、いいとこを突くのぉ!」
おばば様はニヤッと笑い、隙間だらけの歯を見せた。
「残念ながら『気』は無尽蔵ではない。しかも持っている『気』には、<宿主>それぞれに個人差があってな。たんまりと『気』を持っているヤツもおれば、お猪口一杯程度の『気』しか持ち合わせておらんヤツもいる」
「その個人差というのは、わかる目安があるのですか?」
「まぁの。簡単に言えば、丈夫な体をしている人間の方が、たっぷり『気』を蓄えているものじゃ」
「では、体の弱い<宿主>は……」
「ちょっとしか『気』を持っていない、ということになるのぉ」
橘はおばば様の言葉が進んでいくほどに、次第に表情を引き締め始めた。そして、思いあまったように口を開く。
「では、『気』がなくなるとどうなるのです? <宿主>が『気』を使い果たしてしまった場合は……」
「『気』がなくなれば、人間は死ぬ。それだけじゃ」