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落ちこぼれ魔女のタイムリミット  作者: 由糸子
4.<宿主>とその運命
31/48

4-5

     *


 なんだか、変な気分だ。

 恋人でもなければ、友達でも職場の仲間でもない。魔女とそれを管理する警察だから、どちらかというと敵対している関係で、しかも<宿主>なのに<宿主>じゃない人の車に、2人きりで乗ってるなんて。


 まっすぐな高速道路を、無言のままで車を走らせる橘の横顔を見ながら、莉子は落ち着かない気持ちでモジモジしていた。

 土曜日のこの日、佐藤のおばば様のところへ向かおうと、朝早く出発してかれこれ1時間以上は経つが、橘とはほとんど会話をしていない。とっかえひっかえ現れるカーラジオのDJだけが、一生懸命話し続けているような状態だ。


「今日は勤務日ですので、あくまで仕事の一環として車を走らせます」


 橘は莉子を車に乗せるときに、そう言っていた。つまり、


「これはドライブじゃない。歴とした仕事なのだから、『誘惑』はしてくるな」


と莉子に念押ししたかったのだろう。

 誘惑などした覚えはないが、そう思われているのは仕方がない。莉子はとりあえず、助手席に座りながら、ひたすら車窓を眺めていた。


 佐藤のおばば様には、数日前にメールで連絡し、事情を説明しておいた。なので大丈夫だと思うのだが、返信に不気味な笑みを浮かべるウサギのスタンプがくっついていたので、少し不安はあった。


(おばば様は、いたずら好きだからなぁ……。絶対なにか変なこと考えてそう)


 でも、佐藤のおばば様から話を聞かなければ、橘との関係の進展だってあり得ない。


「いざとなったときのために、<眠りの種>を持っていくんだよ!」


 亜由美にはそう言われたけれど、どんなときが「いざ」なのか、その「いざ」というときに<眠りの種>を使ってどうしようというのか。莉子には理解できないし、理解したくもない。

 結局、莉子は<種>は持たないまま、橘の車に乗り込んでいた。


「……兄は本当に、田中みずほとともに佐藤さんという方に相談しに行ったのでしょうか?」


 突然沈黙を破ったと思えば、今更と思える質問を口にする橘に、莉子は呆れた声で答えた。


「一応、電話で佐藤のおばば様に確認はとったので、本当ですよ。みずほさんが破魔女になる1ヶ月前に、みずほさんと橘さんのお兄さんの2人で、おばば様のところにやってきたそうです」

「その佐藤さんが、嘘をついている可能性は?」

「……どうしてそんなに疑うんです?」

「まず、兄が田中みずほの<宿主>であることを知っていたという情報に、疑いを持っているからです。あなたの話だと、兄がまるで田中みずほの<宿主>になりたがっていたかのように感じますからね」

「それじゃあ、ダメなんですか?」

「ダメというよりも、理屈に合わないですよ。兄が<宿主>になりたがっていたなら、どうしてさっさと<宿主>にならなかったんです? そしてわざわざ破魔女になってしまった田中みずほが、なぜ兄を襲ったのかもわからなくなってしまう」


 確かにその辺のちぐはぐな感じは、莉子もうすうす気づいていた。ひかりの言うことを全面的に信じると、どう考えてもわからない部分が浮かび上がってしまう。


「だからこそ、佐藤のおばば様に訊きにいくんです!」


 莉子は自分を説得するかのように、大きな声を上げた。でも、それに負けないぐらいに、橘が否定的な言葉を口にした。


「では、佐藤さんが僕たちにウソをつく可能性は? 魔女に有利になるように、事実を曲げて伝えることだってあり得る」


(……ああああああーっ! もうめんどくさーーーーいっ!)


 橘の融通の利かなさに内心でイライラを爆発させて、莉子は苦々しい表情を向けた。


「じゃあ、橘さんはわざわざ来なくてもよかったんじゃないですか? 佐藤のおばば様に訊くぐらい、私一人でもできますから」

「あなた一人に任せるのが不安だから、一緒に来たまでですよ」


(な……なんなのこの人!)


 莉子が悔しさを空のペットボトルをへこませることで解消していると、橘が再び口を開いた。


「……というよりも、あなたはこの件には関係ないんですから、わざわざついて来なくてもよかったんです」

「はぁ? それってどういう……」

「あなたは自分の<宿主>を探すことが、先決問題なのではないですか? あなたの誕生日まで、あと1ヶ月ほどしかありませんよ」


 橘は真剣な眼差しを前に向けたまま、話していた。


 橘が心配してくれているのはうれしい。だけどむなしい。

 複雑な気持ちが心の中でぐるぐる回るのを感じて、莉子は俯いてしまった。


 景色が山深くなって20分ぐらい経ったとき、橘は車線を変更して左のウインカーを出した。そしてインターチェンジで高速を降り、料金ゲートをくぐる。その先にある信号で止まると、橘は目の前のナビの画面を見た。


「そろそろナビに設定した目的地に近づいたようなのですが、この辺りでいいのですか?」

「あっ……はい。その信号を右に曲がった、突き当たりです」


 橘が莉子の指示通りに車を進めると、突き当たりに赤い三角屋根の家が見えてきた。


「あれです。あれがおばば様の家!」


 莉子の声に無言で頷いて橘は車を進めると、木でできた門の前に寄せて駐車した。


 車を降りた莉子と橘は、横並びで門をくぐる。門から家までは、砂利でできた小路が作られていた。その脇には、さまざまなハーブが植えられている。しかも無造作に生えているので、雑草とハーブの見分けも付かない。

 砂利を踏み締めつつ家に向かって足を進めると、腰丈ほどにまでのびたハーブの中で、もぞもぞと蠢く影が見えた。


「おばば様、お久しぶりです!」


 立ち止まった莉子が声を掛けると、その動きは止まり、ひょっこりと小さな老婆が顔を見せた。


「おお、莉子か。待っておったぞ!」


 おばば様は、刈り取ったレモンバームと鎌を握り締めて、にっこりと笑った。頭のほっかむりを外し、膝についた土を払うと、視線を橘へと移した。


「そしてあんたが……あの圭吾さんの弟さんじゃな」

「はい、はじめまして。橘東吾と申します」

「うむ。やっぱり兄弟じゃな。圭吾さんによく似ておるよ」


 一人で納得するように頷くと、おばば様は曲がった腰をグンとのばし、鎌の刃先を家の方へと向けた。


「まずは家に入っておくれ」

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