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落ちこぼれ魔女のタイムリミット  作者: 由糸子
1.<種>と破魔女
3/48

1-2

「お前はどの子を狙ってんの?」

「俺は優子ちゃんだな。あのナイスバディは捨てがたい」

「おいおい、俺も優子ちゃんを狙ってんだけどー!」

「何だよー。かぶってんじゃん!」


 さすがは優子ちゃん、大人気だ。『ONE PIECE』のハンコックに似ていると噂される、わがままボディの持ち主だけはある。

 そのあとも、男たちの口からは、合コンに参加している女の子たちの名前が出続けた。


「――じゃあ、あの端に座ってる子は? 莉子ちゃんって言ったっけ?」


 き、来た!

 莉子は自分の名前が出た瞬間、思わず背筋をのばした。


「ああ、あの子? あの子はナシでしょ」

「だよなぁ。あんな地味で、ガキっぽい子じゃなぁ」

「見た目、小学生と変わんねーもん。小学生と付き合うなんて、犯罪じゃん」

「それにノリも悪いよな。合コンに来てんのに、ずっと俯いたまんまってありえねなくね?」

「だよなー!」


 ぎゃははーっ、と下品に笑う男たちの声が、細い通路に響いた。


(やっぱり、帰りたいかも……)


 さっき絞り出した勇気が萎んでいくのを感じながら、莉子はドアノブを握り締めていた。


     *


「その様子だと、まだダメだったみたいだね」


 帰宅するなり、母の真麻(まあさ)の冷たい視線が、莉子に突き刺さった。


「今日の合コンでも、結局<宿主>は見つけられなかったんだろ?」


 広いリビングの真ん中に置かれたソファの上で、真麻は長い爪でつまんだナッツをがりっと噛み締める。莉子は自分の頭が噛み砕かれた気分になって、ヒッと声を上げた。

 そんな莉子の反応を楽しむように、真麻はさらにガリガリと音を立て、欠片が残る口の中にビールを流し込んだ。


「あんたはこの私の娘だってのに……。こんな落ちこぼれの魔女は見たことがないよ!」


 莉子は罵声を全身に浴びながら、真麻を恨めしそうに見た。


 母の言うとおり、莉子が類を見ないほど不出来な魔女であるのは間違いない。しかし真麻のように、お笑い番組を見ながら缶ビールをあおる魔女だって、滅多なことでは見かけないだろう。


 しかも真麻は、ただの魔女ではない。日本の魔女の中でも数えるほどしかいない大魔女なのである。魔法の能力はもちろん、<種>の作成能力にも優れた、大魔女中の大魔女と言ってもいい。


 そして、アラフィフ世代だというのに、真麻は見事な美貌とボディラインを保っているのだ。


「莉子ちゃんのお母さんって、美魔女だよね!」


と友人に言われることがあるが、本物の魔女なのだから美魔女もへったくれもない。自作の<若返りの種>を定期的に飲んでいれば、若々しいのは当たり前のことだ。


 そして、母のような美貌があれば、<宿主>探しも簡単だっただろうと莉子は思う。実際、母は<宿主>である莉子の父との馴れ初めを、


「会った瞬間にビビッときて」

「その日のうちにアレで」

「そして結局、結婚しちゃった」


と説明していた。


 でもそれは、美人で、魔女としても優秀な母だからこそのエピソードに違いない。たとえ莉子がビビッとくるような男性に出会えたとしても、「その日のうちにアレ」とか「結局、結婚しちゃった」なんて結果になるはずもない。


 自分ならば、ビビッときても声を掛けられなかったり、ヘタをすると、ビビッときたことにも気づかないのではないか――そんな不安が、ここ最近の莉子の心を覆い尽くしている。


 血はつながっていても、親子でも、母は母で、私は私。


 それは紛れもない事実なのに、莉子をひどく落胆させた。そして、彼女の気持ちをさらに暗くするかのように、真麻はビールの色に染まった息を吐き出した。


「お前は魔力は弱いし、<種>も一種類しか作れないし、箒に乗るのもやっとだし……。 一体どうして、こうなっちゃったんだか……」


「……ごめんなさい」

「謝って済むことじゃないよっ!」


 真麻は空になったビールの缶を、テーブルに叩きつけた。


「お前、自分が今、いくつだと思ってるんだい!」

「に、にじゅう……24歳です!」


 莉子の答えは間違いではない。しかし真麻はその答えが気に入らず、ギロリと睨む。思わず肩を竦ませながら、莉子は正確な数字を口にした。


「24歳と、9ヶ月です……」

「魔女が<宿主>を見つけるまでのタイムリミットは、いつまで?」

「に、25歳の誕生日の前日の、23時59分です!」

「つまり、お前に残された時間は?」

「……3ヶ月です」

「そこまでわかってるなら、何でさっさと<宿主>を見つけないんだよ! いいかい? あと3ヶ月で<宿主>を見つけないと、お前は破魔女(はまじょ)になっちまうんだからね!」

「……わかってるってば」


 真麻は莉子の弱々しい反抗の言葉を聞き逃さず、

「口答えするな!」

と、リビングの空気を震わせるほどの声を上げた。


「破魔女になれば、理性も記憶も、心だって失ってしまうんだよ! あんな化け物になりたいのかい!?」


 あんなものになりたいわけがない。莉子もパトロールのときに何度か破魔女を見たことがあるが、あれは魔女どころか、人間でもなかった。どんなに美しく優秀な魔女でも、破魔女になってしまえば、この世界をひたすら破壊しようとする凶暴な獣でしかないのだ。

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