4-1
「……えーっと、莉子の話をまとめると、こうだよね?」
11月に入り、寒さが厳しくなってきた上空で、亜由美がダウンコートに顎を埋めながら話し出した。
「莉子の<宿主>がトクジンの橘さんで、橘さんのお兄さんがみずほさんの<宿主>で、だけど<宿主>になってもらえなかったせいで破魔女になっちゃったみずほさんが、橘さんのお兄さんを襲った……ってこと?」
「ねぇ、ひかりはその辺のくわしい事情は知らないの? なんで橘さんのお兄さんが、みずほさんの<宿主>になってくれなかったのかって」
この日からパトロールに復帰したひかりに、友香が問いかける。ひかりはしょぼんとした表情で、首を横に振った。
「全然わかんない。お姉ちゃんと圭吾さんが付き合ってたのは知ってたけど、どうして圭吾さんが<宿主>になってくれなかったのかまでは……全然」
「そっか……」
白い息を吐き出し、莉子はため息をついた。久々に莉子、亜由美、友香、ひかりの4人が揃ったパトロールで、莉子はみずほと橘の兄との関係をひかりから聞き出したかったのだが、やはり無理なようだ。
「それにしても、よくわかったね、莉子ちゃん。莉子ちゃんの<宿主>が、お姉ちゃんの<宿主>の弟さんだったなんて、普通は気づかないよ!」
みずほによく似た顔で、驚きの表情を向けるひかりに、莉子は
「う、うん。まぁね」
と曖昧な返事をした。
橘にみずほの出没情報を漏らしたことや、莉子自身がみずほの心の声を聞き取ったことは、バラすわけにはいかない。しれっとした様子を装いながらも、視線をキョロキョロと落ち着きなくと動かす莉子を見て、亜由美がニヤッと笑った。
「そこまで橘さんの身内のことがわかったってことは……もしかして、橘さんと進展があったとか?」
「えーっ! そうなの!? 橘さんがその気になってくれれば、莉子の誕生日までに余裕で間に合うじゃない!」
「だよねー! あと1ヶ月しかないけど、大丈夫だよ!」
勝手に話を進める亜由美と友香を抑えることができず、箒の上でうなだれる莉子に、ひかりがすっと近づいてきた。
「あのね、莉子ちゃん。もし私に遠慮してるんだったら、気にしなくていいからね」
「……へ? なんのこと?」
「ほら、お姉ちゃんの<宿主>になってくれなかった人の弟さんが<宿主>だってことを、莉子ちゃんが気まずいって思ってるんじゃないかなーって思って……」
「そ、そんなことないよ! ただ、橘さんが、私の<宿主>になる気がないだけで!」
「……え? やっぱり進展してないの?」
爛々としていた瞳を急に曇らせた亜由美は、舌打ちをして空を見た。
「ちょっとー! 兄弟揃って<宿主>になりたがらないって、どういうつもりなんだよ!」
「橘さんの一家は、頑固者の集まりなのかもねぇ」
友香が美人な顔を残念そうに歪めながら言うと、ひかりは大きく首を振った。
「圭吾さん――橘さんのお兄さんは、全然頑固な人じゃなかったよ。優しくって、いつだってお姉ちゃんのペースに合わせてくれるような人だったもん。しかもお姉ちゃんと圭吾さんはすっごく仲がよくって、圭吾さんはお姉ちゃんが魔女だってことを知ってて付き合ってたし、たぶん自分がお姉ちゃんの<宿主>だってことも知ってたと思うんだけどなぁ」
「そこまで仲がいいのに、なんで<宿主>になってくれなかったんだろう?」
「私もそこら辺の事情はわからないけど……ただ、お姉ちゃんの25歳の誕生日が近づくにつれて、2人がよく口論してたことは覚えてる。そのとき、圭吾さんは『僕は<宿主>になるって言ってるだろう!』とか言ってさ」
「じゃあ圭吾さんは、<宿主>になる気だったってこと?」
「うん、たぶん」
「それって、本当? もっとなにか、覚えてることはない?」
莉子がひかりにぐいっと体を寄せる。橘の兄に<宿主>になる気があったとは、橘からも聞いていないことだ。
ひかりは記憶を蘇らせようと、冴えた夜空の遠くをじっと眺めていた。
「……そうだ。お姉ちゃんの誕生日間近になって、お姉ちゃんと圭吾さんの2人で、佐藤のおばば様のところに相談しに行ったんだよね」
「おばば様のところにぃ? なんでまた!?」
露骨に腑に落ちない表情をする亜由美の背中を、友香がなだめるように撫でた。
「きっとなにかの事情があったんだと思うよ。ひかりさんにも、圭吾さんにも。じゃなきゃ、お互いに理解しあってるのに、<宿主>にならなかったなんてことはないもの」
「そうかなぁ? 私はイライラするけどね! みずほさんも、その圭吾ってヤツも、さっさとヤッちゃえばよかったんだよ!」
こんな亜由美の極論は、いつもことだ。慣れっこの莉子たちがうんざりしたような表情を浮かべても、亜由美はそれを無視して話し続ける。
「莉子! あんたはみずほさんの二の足を踏むようなことはしないで! さっさと橘さんに<眠りの種>を飲ませて、眠ってる間にでもさっさとやっちゃいな!」
「やるっていっても、それじゃあ犯罪……」
「犯罪でもなんでもいいんだよ! あんたが破魔女になるのは、私はぜーーーったいに嫌なの!」
亜由美は長く白い息を吐き出し、叫んだ。
亜由美は必死で心配してくれている――莉子にはその気持ちが痛いぐらいに伝わっていた。莉子の誕生日まで、あと1ヶ月と少しに迫っている。そんな切羽詰まっているときなのだから、みずほや橘の弟のことなんかにかまわず、自分のことを気にしろと思ってくれているのだろう。
そんな言葉に出さない亜由美の気持ちを代弁するように、ひかりが莉子にそっと呟いた。
「お姉ちゃんのことを心配してくれるのはうれしいけど、莉子ちゃんはまず、橘さんとのことを考えた方がいいよ。お姉ちゃんのことは、私がヒマなときにでも、佐藤のおばば様に聞きに行ってみようかなぁ」




