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もう帰りたい……。
2時間飲み放題付きプラン「雅コース」全7品の料理のうち、2品目の揚げ出し豆腐が出てきたばかりなのに、莉子の心は後悔でいっぱいだった。
青山通り沿いのダイニングバーで待っていたのは、すてきな男性ばかりだった。みんな一流大卒の大企業の社員だし、イケメン揃いだし、会話の盛り上げ方もうまい。さすがは優子ちゃん。社内一の合コンクイーンが声を掛けて集めただけはある。
だけど、そんなエリート男性たちの放つオーラは、莉子を緊張させるものでしかなかった。馴れ馴れしい態度も、妙にチャラい口調も苦手。情熱的な瞳の奥では、こちらを値踏みしているに違いない。
そんな彼らと目を合わせることもできない莉子は、取り分けられたシーザーサラダをひたすら見ていた。
彼氏が欲しいから、とウソをついて、会社の同僚の優子ちゃんに合コンをセッティングしてもらい、会費を4000円も払ったのに、莉子はみんなの会話の中にまったく入れずにいる。
「えーっ! 超ウケるんですけどー!」
ときどき聞こえてくる優子ちゃんの声に合わせて、笑いを浮かべることはできるものの、完全に蚊帳の外だ。
やっぱり、合コンがスタートした時点の、あの会話がマズかったのだろうか。
「莉子ちゃんは、休みの日って何してるの?」
「本を読んだりとか……」
「スポーツとかしないの?」
「運動はあんまり得意じゃないので……」
「映画を見に行ったり、ショッピングに出かけることは?」
「しません。休みの日は、家で過ごしたいし……」
結局、会話はそこでストップ。男性陣はすぐに莉子への興味を失い、優子ちゃんをはじめとする、他の女の子たちに狙いを定めてしまった。
今日の主役なんだから、と優子ちゃんが真ん中の席を案内してくれたとき、素直に座っていればよかったのかもしれない。遠慮がちにテーブルの端に座ってしまったせいで、こんな惨めな気持ちになってしまっているのだろうか。
これなら、いつものように本屋さんに寄って、新刊のマンガと文庫本をチェックして、家に帰った方がマシだった。会費の4000円があれば、マンガを7、8冊買えたのに……。
ああ、本当に帰ってしまいたい。たとえ4000円が無駄になっても、今すぐ帰りたい。でも、自分から参加すると言った合コンで、途中退場はあり得ないだろう。
<宿主>を探すには、まずは男性との出会いを増やすこと。そう言ってくれたのは亜由美だった。自分が合コンで<宿主>を見つけた友香は、合コンに参加することを勧めてくれた。
そんな同い年の魔女仲間からのアドバイスに従おうと、なけなしの勇気を振り絞り、苦手な合コンにも参加したのだ。なのに男性と会話もできないなんて、<宿主>を探せないどころか、女として失格。もちろん魔女としても、「落ちこぼれ・オブ・落ちこぼれ」だ。
「俺、最近ゴルフにハマっててー」
「ゴルフ、いいですよねー。私、打ちっ放ししか行ったことないんですー」
「えーっ、マジで!? ラウンドに出なきゃダメだよ!」
「私は打ちっぱなしも行ったことないけど、興味はあるんですー」
みんながゴルフに興味を持っていることに、莉子は驚いた。あんな小さいボールを棒みたいなもので打つことの、何が楽しいんだろう。
超インドア派の莉子は、スポーツをすることはもちろん、観戦の経験もほとんどない。会話についていけない退屈を紛らわせるために、ゴルフクラブに見立てたフォークの先で、サラダの上のクルトンをつつく。
そんな彼女を見かねて、隣の席の優子ちゃんが耳打ちした。
「ほら、莉子ちゃん! もうちょっと積極的に話さないとダメだよ!」
「う、うん」
そんなことはわかっている。だけど、引っ込み思案な性格がいきなり治るはずもない。それに、目の前の男性の中にはどうやら<宿主>がいないであろうことも、莉子の消極性をフル回転させていたのだ。
「<宿主>ってね、出会ったらすぐにわかるんだよ!」
すでに<宿主>を見つけている魔女の仲間たちは、みんなそう言っている。それが本当ならば、<宿主>の男性を見た瞬間に気づくはずなのだが、今のところ莉子にはまったくわからない。
「トイレに行ってくるね」
ドレッシングの味しかしないサラダを食べ終わると、莉子は立ち上がった。しかし、一緒にゴルフに行こうと盛り上がり始めているみんなには、彼女の声など届いていないようだった。
結局、莉子は誰の返事も待たずに席を立った。
トイレで用を済ませて、手を洗いながら目の前の鏡を見た。その中には、色白な子どもっぽい顔の女がいる。
莉子は24歳だが、いつも確実に2、3歳は年若く見られてしまう。それはこの丸顔と、152センチしかない身長のせいだった。
同い年の友達は、大人の女性としての魅力を年々急上昇させているのに、莉子にはまだ少女っぽさが残り続けている。綿菓子のようなふんわりとしたオーラを発しているせいか、私服でいるときには、未成年だと勘違いされることもあるほどだ。
ブスというほどじゃない。だけどとらえどころのない顔だし、一瞬で忘れられそうなタイプだと自分でもわかっている。こんな何の特徴も女に、積極的に声を掛ける男性なんていないということも。
それでも、3ヶ月のうちに<宿主>を見つけなくちゃいけない。
それが魔女としての義務であり、責任なのだ。
莉子は気合いを入れるように、両頬をパン、と叩いた。
このあとでテーブルに戻ったら、がんばって男性たちに話しかけてみよう。話してみたら、実は<宿主>だったって気づくかもしれないし……。
そんな淡い期待を抱きつつ、ドアを開けて通路に出た。横にある男性トイレのドアの前で男性が二人、立ち話をしていた。見覚えがあると思ったら、莉子が参加している合コンの相手だった。
莉子は思わずトイレの中に逆戻りして、ドアの隙間から二人の声を必死に聞き取った。