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落ちこぼれ魔女のタイムリミット  作者: 由糸子
2.<宿主>と謎の男
13/48

2-5

「それって、本当なの?」


 莉子が箒をバックさせて、友香へと近づいた。友香は必死に思い出そうとしているのか、色白の肌の眉間にシワを寄せている。そこに亜由美までもやってきて、急かすような早口で煽った。


「いつ? どこで? 誰に聞いた?」

「それが思い出せなくって……。絶対にこの前、どこかで聞いたはずなんだけど」

「早く思い出してよ! 莉子の人生がかかってるんだから!」

「わかってるってば!」


 友香は記憶を引っ張り出すかのように、頭を何度か右手の拳で小突いた。だけど脳内から「トクジン」「タチバナ」に該当するテータを見つけられなかったようで、急に肩を落としてしまった。


「……ごめん、莉子ちゃん。やっぱり思い出せないよ」

「いいよ。大丈夫。気にしないで」

「でも、莉子ちゃんの<宿主>の手がかりだし……」

「ううん。友香ちゃんは全然悪くないよ。昨日あの人に、名前も聞けなかった私が悪いんだもの」


 あのとき、あの別れ際で男性を引き留めていれば、いくらでも名前や連絡先を訊き出せたはずなのだ。それができなかったのは、どう考えても莉子の責任だ。


「何事も即行動」をモットーにしている母の真麻だったら、首根っこをつかんででも男性を自分のものにしていただろうし、亜由美や友香のような魅力的な魔女ならば、男性の方からなんらかのアプローチがあったに違いない。


 自分からは行動できず、相手からもなんの反応もなかった。それが、莉子の魔女としての実力そのものであるに違いない。

 箒の下に広がる夜景に向かって、莉子は溜まっていた思いをこぼした。


「結局、私には<宿主>を探すこと自体が無理なんだよ。もともと魔女としての能力も低いし、男の人も苦手だし……」

「なに言ってんの? 私も友香も、莉子のことが心配だから、必死になってるんだよ!」

「そうだよ! あと3ヶ月あるんだから、最後まで諦めちゃダメだからね!」


 亜由美と友香は、一生懸命に莉子を励ましてくれている。だけど今は、2人の言葉はむなしい響きとなって莉子へと伝わり、夜の中に溶けていくだけだ。


 彼女たちの励ましが消えていくと同時に、3人の前方から奇妙な音が聞こえてきた。ドン、ドン、と地響きにも似た連続音と空気を切る鋭い音が混じって、上空の空気をも震わせている。そして時折、ゴゴゴゴ、となにかが崩れるような音も加わっていた。


 下を見ると、大きな交差点の近くにある小さなビルの横に、黒い塊が蠢いていた。


「もしかして、あれがみずほさんなの?」

「……うん」

「今日も来たんだね、みずほさん……」


 莉子が破魔女となったみずほを見るのは、初めてだった。一般的な破魔女よりも、確実に一回りは大きく見えるその姿に、莉子は思わず息を飲む。


「さぁ、行くよ! みずほさんが暴れ出す前に、処分するからね!」


 亜由美のカラ元気にも似た勢いに釣られて、莉子と友香も


「わかった!」


と大きな声で返事をした。


 3人は亜由美を先頭にして、みずほがいる場所の上空へと進んでいく。破魔女を処分するためには、その魔力をすべて吸い上げなくてはならないため、破魔女にある程度近づく必要があるのだ。


「ここから降下!」


 交差点近くに辿り着くと、亜由美は手をサッと下に向けた。それに応じて、莉子と友香はそれぞれの箒を踵で蹴り上げる。水平を保っていた2人の箒の柄は、前方に45度の角度で傾き、一気に街へと滑降していった。


 切るような風の痛さを頬に感じつつ、真っ暗に近い場所から、街の灯りが反射するところにまで下降する。次第に近づく街並みからは、恐怖に染まった叫び声が聞こえてきた。


「き……きゃーっ!」

「お、おい! なんだよ、あれ!」

「バ、バケモノだ……。バケモノがいるぞーっ!」


 街中へと近づくほどに、その声は増えて大きくなり、逃げまどう人々の姿もはっきりと見える。大通りへと駆け出す彼らの背後には、ゆらりと動く巨大な黒い影があった。それは破魔女となったために、全身から溢れ出た魔力に包まれたみずほの姿だった。


 魔女が自らの魔力を制御できなくなり、魔力そのものに肉体を乗っ取られてしまった存在――それが破魔女の正体だ。


 破魔女の周りには、体から溢れた魔力が黒い幕となって覆いかぶさり、魔女を核にした巨大な細胞のような姿となっている。そして中心にいる破魔女は、すでに意識も理性も失い、ひたすら魔力だけを生み出す存在になっているのだ。


 今、莉子が目の当たりにしているみずほも、魔力が凝固した物体となり果ててしまっていた。それはビルの横の道路を移動し、進む先にいる人間たちを見つけては、魔力で吹き飛ばしている。


(みずほさん、どうして……)


 莉子は思わず目を背けたくなった。優しくて綺麗で、魔女としても優秀だったみずほが、自らの魔力に支配された化け物となってしまったなど、認めたくはなかった。


 それに……このみずほの姿は、もしかすると、3ヶ月後の莉子の姿であるかもしれないのだ。こんなものに自分がなってしまうなんて、今の莉子は考えたくもないし、まったく考えられない。


「友香! 莉子! 三方向に散らばって、一斉に魔力を吸い上げるよ!」


 亜由美の声が前方から聞こえ、莉子が返事をしようとしたときだった。目の前が一瞬で明るくなり、辺りが白い光で包囲されていく。


「うっ……ま、眩しい!」

「な、なんなの、これ?!」


 莉子たちは目を開けられず、一度箒で上昇し、光が届かない場所まで移動した。そこから目を細めつつ下を見ると、大通りにいくつものサーチライトが並んでいた。


 この光の正体はこれが放っているビームのようで、すべての光がみずほへと放たれていた。しかもその周辺には、黒塗りの車両やスーツ姿の人がたくさん集まっている。


「うわっ! またあいつらだよ! なんで邪魔してくるんだよっ!」


 舌打ちをしながら、亜由美は足をバタバタさせた。グラグラと揺れる亜由美の箒の横で、友香も諦めのため息をついている。


「これじゃあ、今日も処分は無理かもねぇ……」

「ねぇ、あれってなんなの?」


 一人状況をつかめない莉子が尋ねると、


「警察庁のやつらだよ!」


と亜由美が投げやりに答えた。


「あいつらは魔女にも破魔女にも発砲してくるからさ、私たちもみずほさんに近づけないんだよ。あーあ、今日も結局、無駄足かぁ……」


 がっくりとうなだれる亜由美の後ろでは、友香が


「あれ?」


と小さく呟き、コンコン、と頭を小突いていた。

 なにをしているのか、と莉子が見ていると、友香はいきなり目も口も鼻の穴も広げて、


「あーっ!!!!」


と絶叫した。


「お、思い出した! 思い出したよ! あの人だ!」

「はぁ? なんのこと? こんなときになに言ってんの?」


 いつもおしとやかな友香の急変に、亜由美がダルそうな視線を向ける。友香はそれをはね除けるように、さらに大きな声を上げた。


「だから、思い出したんだって! 『トクジン』の『タチバナ』を!」

「ほ、本当に!?」

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