リンドウの約束
肩が揺れるごとに、白い息が口から吐き出される。
喉は裂けそうな程に痛くて、呼吸をするのがやっとだった。
どれくらい走り続けたろうか。
少し前屈みになって、左手を膝に、右手を壁に当てて、疲労で重くなった身体を支える。
カサ、と紙が擦れる音に目をやって、右手に花束を握っていたことを思い出す。
リンドウ。
彼女が大好きだった花。
彼女とは、いつも一緒だった。
幼なじみで家が近くて、親とケンカをすればよく彼女の家に入れてもらったし、彼女もまた然り。
恋心に気付いたのは、高校生の時。
彼女は突然の告白を優しく受け入れてくれた。
高校を卒業して上京しようと決めた時、彼女は泣きながら笑って、「行ってらっしゃい」って言ってくれた。
辛くて悲しくて本当は離れたくなんかないのに、彼女もきっと同じ気持ちなのに、優しい彼女はそう言ってくれた。
だから、約束した。必ず帰ってくる、と。
君の大好きな花を持って、一人前の男になって、君を迎えに行く、と。
手の中のリンドウを再び見て、意を決してまた走り始めた。
身体が熱い。
でも冬の風は突き刺さるように冷たい。
もう汗だか涙だかなんだかわからない程にがむしゃらにただ、走った。
***
辿り着いたそこに人の気配はなく、しんと静まりかえっていた。
ゆっくりと息を整えながら近づく。
触れてみると、無機質な冷たさが手の平に伝わった。
「やっと、やっとだ」
物言わぬ墓石に投げ捨てるように吐き出された声は、白い息と共に曇った空へ消えて行く。
「やっと、ここまで来たんだよ」
火が点いたように、目尻が熱くなっていく。
込み上げて来る嗚咽が呼吸を阻む。
視界も頭もぼんやりする。
どうしようもなくて、やるせなくて、手に持っていたリンドウの花束を“彼女”に差し出した。
「約束通り、持ってきたよ、一人前になったよ、迎えに来たよ」
熱を持った声は震え、花束を揺らす。
なんで、どうして。
頭の中はこの二つで一杯で、それなのに胸の中はぐちゃぐちゃで苦しい。
「お前がいなきゃ、意味がないんだよ」
がむしゃらに振り回す言葉は、中身を持たずに宙へ消えた。
腕の中にあるリンドウががさりと揺れて、その重みが悲しくて、でも手放せなくて。
潰れるのも厭わずに、それを抱いて、泣いた。
ただ、泣いた。