4.作戦実行(後)
「陸さ……っ」
ぐっと、押し付けるようなキス。押し倒された香菜は抵抗できずに、ただ唇を奪われた。
いつもとは明らかに違う、熱。優しくて、慎重で、余裕な、いつもの彼の印象が、塗り潰されるような。全く違うキス。
「……っ」
声すらも出せない。近付いては離れ、離れては近付いて。息を吐く暇さえ与えられない、激しいキス。掴まれた手首から、徐々に力が抜けていくように、動けない。何かを言おうとしても、声にならない。唇が火傷したように熱い。
「はっ……」
苦しげな彼の声が、脳内に響く。そこに『大人の余裕』なんてものは無くて、細く目を開けると、眉間に皺を寄せている彼の顔があった。見慣れないその姿が、さらに熱くさせる。侵入してきた舌に、全てを持っていかれそうになる。応える事もできず、ただ熱い息を吐く。
「何で……何でそんな恰好してるの?」
キスの合間に、陸が言った。その声は溜息混じりで、酷く色っぽく感じた。香菜はようやく息を吸うと、彼を見上げる。端正な顔が、どこか苦しそうに歪んでいる。爽やかな彼に、それは不似合なのに、ドキドキしてしまう。
「何でって……」
「俺以外の前で、そんな恰好しないで」
彼らしからぬ、強引な言葉。香菜は目を見開いた。
「そんなのするわけが……!」
「じゃあ、ちゃんと誓って?」
陸は、乱れた息のまま、囁くように言う。耳元に触れた唇に、香菜は神経を奪われる。思わず小さく声が漏れた。
「俺以外に見せないって、言って」
首筋を這う彼の吐息。それに、さらに力が抜ける。奪われる。香菜は震える息で、一生懸命に言葉を紡いだ。
「ほ……他の人には、見せな……」
言い終わらないうちに、ぎゅっと唇が塞がれた。強く熱っぽいキスだった。
「途中でキスされたら……言えないよ……」
目を潤ませ、香菜は言う。頭がぼんやりとして、もうどこにも力が入らない。それでも陸は、キスを止めない。今度は、胸元に口付けを落とす。白い柔肌に、しるしを付けるように、噛み付くように。
「ごめん。俺……止められない」
「んっ、……」
陸は、香菜の背中に手を滑らせた。そして抱き上げるように力を込めると、もう片方の手で、下着の紐に触れる。
「陸さ……んっ」
するり、と解けたそれ。その黒い下着は、呆気無く落ちる。香菜はさらに頬を赤くして、うわ言のように名前を呼んだ。
「ごめん、香菜ちゃん……」
すっかり余裕を失った陸が、熱い表情で言う。
「……今日は、優しくできない」
絡み合った指に、絡み合った舌。香菜の目尻から、一筋の涙が伝う。それは苦しさと愛しさの混じった、透明なもの。
その夜、二人の肌はずっと離れる事がなかった。