3.作戦実行(前)
①自分からキスをする
②悩殺セクシー勝負下着をお披露目する
③押し倒し、馬乗りになる
④攻略大成功
リサが得意気に考えた作戦は、これだ。
香菜は手元のメモを見て、復習する。読めば読むほど、めちゃくちゃな作戦だ。悩殺セクシー勝負下着って何だ。第一、これはハードルが高すぎないか。
「香菜ちゃん、勉強してるの?」
台所から戻って来た陸が、くすっと笑いながら言う。相変わらずの柔らかい表情だ。香菜は咄嗟に「そんな感じ!」と誤魔化した。
--二人は、また陸の部屋にいた。
今日は初めから泊まる予定だったので、部屋着を持って来た。香菜は既にそれに着替えている。リサのアドバイス通り、ダボッとしたサイズのパーカーにした。ラフで気取っていない雰囲気が、意外と男ウケが良いと教わったのだ。
「常連のお客さんから貰ったチョコレート。良かったら食べる?」
そう言って、陸はお膳の上に置いた。いつもの彼女なら、食べ物にすぐ飛びつく。しかし、今日はそんな余裕は無かった。
「後で……後で食べよっかなー?」
「へえ。香菜ちゃん珍しいね」
彼が浮かべるのは、大人の微笑。目尻に皺を寄せ、微笑む。優しそうに少し眉も下がっている。男らしくキリッとした顔の人の、こういう笑顔は反則だと思う。香菜は早くも鼓動を高鳴らせた。
(はっ!駄目だ駄目だ。今夜は私からドキドキさせるんだから!)
香菜はぶんぶんと首を振った。彼をドキドキさせると決めたんだ。リサの作戦通りに実行すると決めたんだ。
素早くメモに視線を向ける。まずは、①番。『自分からキスをする』だ。初っ端から難易度が高いな、と香菜は熱い溜息を吐く。しかし、やるしかない。
「り……陸さん」
「ん?どうかした?」
ベッドに腰掛けている彼は、こちらを見た。香菜の方は、ベッドにもたれ掛っている状況だ。つまり、彼を見上げる形になる。上目遣いがポイントだ、と言うリサの有り難い助言を思い出した。
香菜は振り向き、ベッドに肘を付いて、膝立ちした。心臓がドキドキとうるさい。手に汗を握る。それでも、もう引き下がれない。覚悟を決め、そっと顔を近付けた。
「香菜ちゃん?」
チュッと軽いキスをする。緊張で、少し位置がずれた。恥ずかしい。陸の方は、照れるというよりも、びっくりしたような顔をしている。それでも、香菜はめげない。
(頑張れ私!)
もう一度、口付けをした。今度は位置的にも成功だ。そっと目を開けると、すぐ目の前に、彼の顔がある。目には、どこか熱い色が宿り、頬も微かに赤い。そして次の瞬間、香菜はベッドの上に引き上げられると、抱きしめられた。
(とりあえず、その気になってくれた?①は成功?)
シトラスっぽい匂い。決して香水では作り出せない、彼自身の匂い。細い割に、適度に筋肉の付いた腕。背の高い彼の体に、自分はすっぽりと収まっている。
そして、今度は彼の方からキスをした。やっぱり丁寧で、優しくて、どこか大人なキス。香菜の息は、早くも熱くなる。
(……ダメ!今回は私じゃなくて、陸さんをドキドキさせるんだから!)
呪文のように何度も誓った。ここで負けてはいけない、と自分を奮い立たせる。罠にはまっていくように、くらくらする。整った彼の顔を見つめながらも、香菜は葛藤していた。
「……っ」
陸の動作が、服を脱がせるものへと移る。ついに来たか、と香菜は唇を結んだ。そっと大切な物を扱う時のように、彼はパーカーに手を付ける。
(ううう……やっぱり恥ずかしい……!)
この下には、あの下着がセットされている。それを見た時、陸はどういう反応をするのだろうか。驚くだろうか、呆れるだろうか……引くだろうか。
香菜のドキドキが最高潮に達する。ちょうどその時、下着が顔を出した。
(うわわわわ!脱いじゃった!脱いじゃったよ!)
無意識に、香菜はぎゅっと目を閉ざしていた。思った通りの恥ずかしさが、じんじんと湧き出る。顔から火が出るとは、まさにこの事。
リサと買ったのは、真っ黒のランジェリーだ。一番の特徴は、面積の半分が透けるような素材で出来ている事。初めて下着屋さんで見た時、香菜は思わず二度見した。エロいっていうか、色っぽいというか。とにかく大胆すぎる。
谷間を自然に寄せるパッドに、艶っぽさをプラスする控えめなレース。そして、バックはホックでは無くリボンになっている。リサ曰く「完璧なセクシー勝負下着」との事。
実際、その下着は香菜をグッと大人っぽく見せている。白い柔肌と、ブラックのコントラスト。胸の曲線が美しく見えるのは言うまでも無いが、とにかく艶っぽい。いつもの淡いパステルカラーの下着とのギャップ。雰囲気がガラッと変わる。
(……っていうか、陸さんは)
香菜は、恐る恐る目を開ける。何の反応も示さない彼を、不思議に思って。①呆れた目で見ている。②ドン引きして、後ずさっている。③嫌悪感で目を反らしている。
選択肢は、このどれだろう。香菜は、今すぐにでも逃げ出したい気分で、彼を見つめた。
「……陸さん?」
--彼の反応は、香菜の想像していた、どの選択肢とも違った。
答えは、隠し④番の、頬を赤らめ、驚いた顔をしている。だった。まったくの予想外。不意を突かれたような、面喰らったような、照れた彼の顔。終いには手の甲で、口元を隠した。
「か、香菜ちゃん……」
戸惑ったような彼の声に、密かな熱が帯びている。香菜はそれを察知し、ドキッとした。
(もしかして、効いてる……?)
じわじわと嬉しさが込み上げてくる。あの大人な陸が動揺している。これはもしや作戦成功だろうか。
(そ……そうと決まれば作戦③の……えっと、押し倒して馬乗り……)
--彼女が忙しく思考を巡らしているその隙に。またしても予想外の展開が起こった。一瞬、香菜は意味が分からず、目を丸くしていた。
「えっ……」
手首を掴まれ、そのまま押し倒される。突然の出来事に、少しの抵抗も出来ず。ぼすん、とベッドに落ちる音がした。
目の前には、陸がいる。自分を押し倒し、覆い被さるような体勢で、陸がいる。仄かに顔を火照らし、自分だけを見つめて。
③押し倒し、馬乗りになる
熱でパンク寸前の香菜の頭に、リサの作戦が浮かぶ。
(これ……逆!私が押し倒されてる!形勢逆転!?)
ようやくこの状況に気付いた時には、香菜の唇は塞がれていた。