1.
目の前には、陸がいる。
ひょろっとした細い長身に、白い肌。良く言えばモデル体型、悪く言えば男の癖に頼りない体。しかし、反して、顔立ちは比較的はっきりとして男らしい。総じて良いバランスを保っている。意志の強そうな眉に、すっと通った鼻筋。そして、こちらだけを真っ直ぐに見つめる瞳。
「陸さ……」
香菜が耐え切れず、言葉を言い掛けた。が、それを遮るように、唇が塞がれる。
彼のキスは、いつも優しい。自分の事を宝物のように扱う、慎重なキス。この瞬間、香菜はいつも、幸せに満ち溢れる。
そっと顔が離れ、お互いに見つめ合う。間近の、綺麗に整った彼の顔。くらっと意識が乱される。それに追い打ちを掛けるように、チュッと軽く口付けされた。
「香菜ちゃん、顔真っ赤」
「え……!?」
陸は、口元をやんわりと緩め、笑う。ドキドキしている自分とは対照的に、随分と余裕そうだ。これが所謂『大人の余裕』だろうか、と思う。
精神的にもそうだが、陸は自分よりも年齢はずっと上だ。女子高生の自分に、25歳の彼。出会いは、バイト先。陸が営業するラーメン屋で、香菜はバイトをしている。
一言で言えば、陸は真面目だ。芯が強くて、いつでも一生懸命。特に仕事に対しては人一倍熱心で、決して妥協しない。それに加え、温厚で穏やか。誰にも分け隔て無く優しい。
彼の仕事仲間は『絵に描いたような爽やか好青年』だと言っていた。
「……本当は、今日泊まりたかったなあ」
香菜はベッドに腰を掛け直し、はあ、と溜息を吐く。今、二人がいるのは陸の部屋だ。駅から少し歩いたところにある、古いアパートの一室。決して広くは無いが、家具が必要最低限で、しかもきっちり片付けられている為、そこまで気にならない。初めて来た時、自分の部屋よりも綺麗なのではないか、と香菜は苦笑した。
「駄目だよ。テスト近いんでしょ?」
「でもー」
「ちゃんと勉強しないと、お母さんに怒られるよ」
そう言って、陸は控えめに笑う。香菜が数学で赤点を取って母親に説教されたと嘆いていたのは、まだ記憶に新しい。
「いい点取ったら、ご褒美あげようか」
「ご褒美!?陸さんほんとっ?」
香菜の食い付きようは、凄い。表情がコロコロ変わる。
「だから、頑張るんだよ」
ぽんぽん、と陸の大きな手が、頭を撫でる。気持ちが良くて、安心する。そっと肩に寄りかかり、目を閉じる。彼の匂いが、ふわっと鼻をくすぐった。
「眠い?」
耳元で囁くような、低い落ち着いた声。心は穏やかなのに、奥の方がきゅーんと響く。ふるふると首を横に振る。すると、彼も自分の方に体重を預けた。そして、そのまま互いに他愛の無い話をしていた。
陸は自分を大事にしてくれるし、自分も陸が大好きだ。真っ直ぐな性格は尊敬もしている。彼に対して不満は無い。
……が、香菜は一つ悩んでいる事があった。
それは、深刻な乙女の悩みだ。
全5話になります。