夕刊
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フロア内はざわついていた。ずっとパソコンに向かい、キーを叩く。時折スマホに連絡が入るので出ていた。
「塚本、ネタ上がったか?」
「ええ。もう仕上げ終わったんで、印刷に回してもいいですよ」
「例の四ケ所建設の談合事件がメインだよな?」
「はい。ちゃんと裏も取れてますし」
デスクの前田といろいろ言い交わしながら、夕刊担当記者の俺も、昼間ずっと社内に詰めている。四ケ所建設の社長である四ケ所陽一はもうすぐF地検の係官が引っ張る頃だ。ヤツも談合疑惑が発覚してからすぐに開いた記者会見では容疑を否認していたが、地検の精鋭検事に掛かればお手の物だ。直にテレビでもライブ映像が流れるだろう。楽しみにしていた。
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小一時間後に、
「塚本さん、テレビ見てください。四ケ所本人と事件関係者二名が逮捕され、地検に連行されてます」
と、後輩記者の矢加部が言った。
「おう、今見る」
そう答え、コーヒーの入ったカップを持ち、テレビの前へと歩いていく。付いていたテレビを見ると、幾分黒い顔の四ケ所がF地検の検事に両脇を固められ、ワゴン車へと連れて行かれた。そしてそのまま乗せられる。とうとうヤツも捕まったな。悪いことは出来ないもんだ。そう思いながら、見ていた。黒いベールに包まれた悪質な談合疑惑は、F県から一気に拡散されたのである。俺の書いた記事はその日の夕刊のトップに載った。
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翌日、普通に午前八時過ぎに出勤すると、フロアに封書が一通届いていた。宛名に<塚本哲郎様>と俺の名がある。差出人の名はない。何か怪しかったが、開けてみると、中に鋭利なカッターナイフが一本入っていて、手を怪我してしまった。血が出る。前田が、
「おい、塚本。大丈夫か?」
と訊いてきた。
「ええ。ちょっと怪我しただけなんで」
「警察に被害届出せよ」
「分かってます。……ブン屋にカッター送り付けて、手を切らせるのも一種の言論妨害でテロみたいなもんですからね」
「ああ。治療終わったら、それ夕刊の記事にしろ」
「もちろんです。やり方が悪質ですから」
頷き、切って血が出ている手にガーゼを巻き、保護した。そしてパソコンの電源を入れる。前田が言ったようにこの小事件を記事にし始めた。<日帝タイムズ記者、送付された郵便の中のカッターナイフで負傷>と。もちろん小さな記事でしか出ないだろう。だが、これもれっきとした事件である。看過できない。記者はいくら存在が小さくても、記事を書くことで、社会的な影響力が大きいのだ。きっと四ケ所建設の関係者がカッターを送り付けてきたのだろう。薄汚くて姑息だ。そう感じながらも、キーを叩き続けた。大丈夫。ジャーナリストは決して暴力に屈しない。逆に反論してやる。そう思いながら、記事を打ち続けた。
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記事が一時間半程度で出来上がり、別の仕事に取り掛かる。夕刊は朝刊より薄くても、密度は同じなのだ。日中のニュースを網羅するのだし……。そう思いながら、仕事を続けた。お昼を挟み、退社時間である午後五時まで。その頃には朝刊担当組が出勤するのだから……。
地検に逮捕された四ケ所陽一は容疑を認めている。悪質な談合を主導した人間として。思っていた。帰宅し、手持ちの日帝タイムズの記事を二日分ほど読み返しながら……。四ケ所建設の会計責任者は妻の昭子だった。同時に逮捕されている。談合事件は地方で起こった分、規模は小さかったが、一つの連鎖となった。裏でいろんな人間たちの思惑が交錯しながらも……。
(了)




