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ティムの妻の方はもっと簡単だった。
仕事の話をペラペラ喋るティムが悪いが、絹の花飾りや小物を作っている者がいると聞いたティムの妻は、あろうことかタダで貰いに来たのだった。ジーナの名前は出してなかったので(危険だったので)、卸している店に直接出向き、責任者の妻に差し出せと騒いだのだった。その場ではなんとかお引き取り願ったが、紹介者であるグラーゼ家に苦情が入った。この為呼びつける口実を考えなくて済んだ。
ティムが仕事場で切り捨てられてる頃、時を同じくしてティムの妻はグラーゼ家に呼び出されていた。
ウキウキやって来た彼女は、ティムと全く同じで欠片も反省した様子などない。反省するような人は元からタカったりしないというのもあるが。
アンナと名乗った彼女は、可能な限り飾り立てた姿で、執事やマリラにはたいそう態度が悪く、お客扱いのシシリーやグラーゼ家の面々には媚びへつらい、万が一にも味方は一人もいなかった。
「どうして呼ばれたかお分かりかしら?」
ことさら貴族らしく勿体ぶった態度で夫人が尋ねると
「もちろん、仕事で夫が、このグラーゼ家のために利益を出して認められたからですわ。実は実家も商会をしておりまして、今度は是非父もお目にかかりたいと申しております。あの失礼な店では売れるものも売れませんわ!」
トーハン領の公的な仕事を<グラーゼ家>のために利用したともとれる発言に執事は真っ青になった。かなり危険な地雷だと、目の前の女性を注視したが、幸いなのは今日で最後、もう会うこともないということだった。執事は、この勘違いのとばっちりがグラーゼ家に来ないよう、念のためしばらくは動向を見ておかなければと思った。そしてヤンに心から同情した。アンナが売り込む父とは、小売店を一つ任せられてるにすぎないと調査済みだ。自分達が貴族から親しくされると無邪気に思っていた妻は、ニコニコと答えたが周りは冷ややかだった。お茶を手に取るものもなく、誰も答えてくれず、しばらく沈黙が続く。さすがにアンナも戸惑ったのか、視線をさ迷わせた。
「……先日、アニス商会の店舗に行かれましたよね?」
何やら書類を手に、ラルフが確認すると、アンナは頷いた。
「ではそこで商品をタダで勝手に持ち帰ろうとなさいましたね?」
「そんな勝手にだなんて!この仕事の責任者の妻ですもの、身につけて審査しようとしただけです。わざわざ出向きましたのに、態度が悪くて。普通、使ってくださいと持ってくるものでしょうに。」
皆が心中でため息をはいた中、口を開いたのは本当にため息を着いたシシリーだった。
「とりあえずそのふざけた理屈は横に置いて、まず常識のお話をしましょう。人様の店からお金を払わずものを持っていくのは泥棒です。しかも責任者の妻だなんて嘘までついて詐欺にも当たりますね。」
「泥棒?まさかそんなつもりは!だってまだ試験的に作ってるもの、ためし売りだって主人が!それに主人だって確かに仕事を任されたはずです。」
「試しだろうがなんだろうが、売り物です。対価が必要でしょう。あなたのご主人は確かに、ヤン“様”のご紹介でしたから、仕方なくティム“とやら”は試しに使ってみようというお話でしたわ。」
リラーシャが“とやら”に力を込めて言うと、
「でもさっぱりお仕事できなくて、ヤン様があちこちに謝ってらっしゃるとか?」
とシシリー。
「そんなわけ有りません!義兄は後継ぎにもなれなかった程度です!夫は義兄より優秀なはずですわ。」
「まぁ、ヤン様はお小さい頃から優秀で、御実家の跡取り“程度”では勿体無いと進学を勧められて役所に入られたのに。御存じなかったの?」
「ヤン様は仕事ぶりも優秀で、夫も目をかけておりますのよ。」
普段ヤンをメッタメタにする女性陣が、ヤン擁護で吊し上げに走った中、冷静そうなラルフがまた話を戻す。
「ヤン殿が大変なので、貴女の使えない御主人は父が辞めさせるので大丈夫だとして、お話は貴女が窃盗未遂をしたということです。」
ラルフが一番キツいと周りは思ったが、そのまま話を任せる。
「ですから窃盗なんて大袈裟な…」
「貴女の生家も商家ですよね?」
アンナがまた顔を明るくして何か言うのを遮って、
「では、お父君にお伝えください。グラーゼ家は貴殿方と組むつもりもなければ、そちらから品物を買うこともないでしょうと。」
言われた意味が徐々に頭に染み込むにつれ、アンナの顔色は真っ青になっていった。
現在、アンナの父が勤める商会はグラーゼ家とは大きい取引は無いが、力のある貴族から切られたのが知れれば、他の取引相手も巻き添えを嫌がって離れるだろう。さすがに商人の娘らしく、その辺は理解できるようだ。
「なぜ私どもにそのような酷いことをなさるのです!」
不安を隠しようもないアンナはラルフに食って掛かった。
「本当にお分かりにならないですか?」
淡々としたラルフの口調が少し変化した。
「まず、ご自分も商人の娘なら商品を勝手に持っていこうとするのは、当然泥棒のはず。そして責任者の妻だから、と傍若無人な振舞いをし、グラーゼ家に恥をかかせたこと。私どもが信頼しているヤン殿を侮辱したこと。すべて許すつもりはありません。」
「グラーゼ家に恥をかかすなんてそんな…。」
弱々しい声でも誰も助けようとしなかった。
「きっと理解できないでしょうから、あえて説明いたしません。二度とお会いすることは無いですし、ヤン殿の御迷惑にならないようにだけしてくださいね。」
最後までラルフはアンナを冷たく扱い、何とか取りなそうとする彼女だったが、退席するように示され、項垂れながら帰っていった。
「もっとあの勘違い女を正すべきでしたわ。」
リラーシャは物足りないようだが、
「なぜ言われてるのかすら理解できない人に言ってもねぇ。」
「夫人の仰る通り、彼女はグラーゼ家を怒らせたのは理解しても、あの恥ずかしい言動と態度はどうかしら。」
「無駄な時間になりそうだったので、うちとヤン殿が迷惑しなければ良いかなと思いました。。」
ラルフがいうと、夫人とシシリーは頷いた。




