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窓を開けたら、春の匂いがした。忙しくしばらく家に籠りきりだったぶん、外の空気は季節が変わったことを実感させてくれた。少し肌寒いが窓を開けたままにして、部屋の中を見回して台所へ向かう。
少し萎びた芋と葉物を食べきって、市場に買い物に行こう。今日あたり、もうサハギの芽が売られているかもしれない。好物を思い浮かべて彼女は機嫌良く食事をおえて、皿を片づける。そのまま外套をつかんで、裏口から出ていった。と思ったら、慌てて帰ってきて部屋の窓を閉め、戸締まりを確認してから、また歩いていった。
街の中心からやや離れた位置の家から徒歩で市場まで向かう途中、羽織っている外套のポケットの小銭入れを確認する。小銭ばかりで蓄えとしては心細いが、春になったことだし、彼女の仕事も忙しくなるだろう。気の早い依頼も片付いたし、納品もなるべく早くにして、手持ちを増やさなければ。