勇者の蒲団
水滴が滴る薄暗い鍾乳洞の中を。四人の少年少女は歩いていた。
「この中に、四天王・アクダイ・カーンがいるんだな!」
浅黒い肌の筋骨隆々の少年は。拳を天井に突き上げて高らかに言う。
「俺……四天王を倒したら幼なじみにプロポーズするんだ!」
それを聞いたちょっとふくよかな少年は。辺りをキョロキョロ見回しながらも小さな声で呟いた。
「竹刀君……こないだは高校のクラスメイトにプロポーズすると言ってたじゃん。その前はコンビニの店員のお姉さん、そのまた前はアキバのアイドルだったけど……。」
「フラれたんだよ! でも幼なじみのほうが巨乳だからいいんだ!
やっぱり女は巨乳に限る!」
ニヤニヤしだす竹刀にちょっと距離を置くふくよかな少年。
一方。近くにいた小柄な少女は声を荒げた。
「乳乳うるさい! 牧場にでも住めノウキンゴリラ!」
「だまれ貧乳猿! 女のなりそこないが!」
「あんたは人間のなりそこないでしょ! 偏差値38の低知能野郎!」
「んだとブス!!」
「ブサイク!」
小柄な少女は大きな目を仁王の様に釣り上げて竹刀を睨み。竹刀も彼女を睨む。
「……おかしいなぁ僕の見たアニメだと喧嘩し合う男女は付き合うようになるんだけど……何で竹刀君もスケートちゃんも仲が悪いまま…むしろ悪くなっていくんだろう……。」
「だまれニート!」
「ごっ……ごめん……!」
二人の凄い剣幕にビクビクペコペコしながらも。
ふくよかなニートは「豚」「キモオタ」とは二人が言わないことに最低限の優しさを感じ。
後ろで黙っている色白の少年を見た。
「呪師くん。どうしたの?」
「……!」
その少年はスラリとした長身と黒髪を揺らし。振り子のようにガクガク揺れた。
「てて敵だッ! むしろ四天王だッ!」
切れ長の紫色の目をかっぴらき。彼はピアノの一番高音の鍵盤を乱打するが如く絶叫した。
「神様ァぁあーー!」
その後も白眼を剥きながら呪師はぶつぶつと訳のわからないことを口走り。上下左右に揺れ続ける。
その数秒後。四天王・アクダイカーンは姿を表した。
「豚だ!」
「でもまずそう!」
金糸で縫われた豪華な着物。
サングラス。
メガ盛りの悪意と虚栄心と欲に彩られた表情。
人を見かけで判断してはいけない、と言われて育ったふくよかニートだが。
これが悪人……というか悪豚じゃないなら、誰が悪豚なのだ?
と思うほどの風貌である。
敵の登場に。竹刀は竹で出来た刀を握りしめた。
「よしっ! 勇者! 眠れ!」
勇者と呼ばれたふくよかなニート以外の三人は。慣れた手つきで鍾乳洞の上にふとんをひいた。
「お前は蕎麦好きだから枕はそば殻にしたぞ!」
「こないだはワニに噛まれて危なかったから、
今回は超合金繊維で編まれた特注布団だからね!」
笑顔でそういう竹刀とスケート。
「あ、ありがと……」
その一言の後。ニートは涙目で銀色の布団に潜り込んだ。
HHP(変態的なまでの生命力と悲惨な状況にも耐えるパワー)もMMP(マゾに成る程の苦行に耐える程のマジカル精神力パワー)も低い彼は。1ヶ月前に戻りたいと思い始めていた。
……一月前。ニートの彼は高校に行くか、高校を休学して鍾乳洞の魔物征伐のボランティアをするかを親に迫られ。
高校でいじめられていた彼は軽い気持ちでボランティアを選んでしまったのだ。
瞳を閉じた彼の目に。
あの日の洞窟近くの神社が浮かぶ。
そしてその中にいた、ボランティア受付の可愛い巫女さんも。
『こんな危険なボランティアをやるなんて……私と同じ高校生なのに本当に勇気があるね。職業は何にするの?』
綺麗な茶色の目を細めて微笑む彼女。どこか感心の色も見える。
それを見て嬉しくなったニートはつい言ってしまった。
『勇者です。』
普段うつ向いている顔をあげ。堂々とはっきりと宣言するニートへ。
巫女さんは下がり眉で一生懸命言葉を探した。
『う…うーん…どんな格闘技が得意なの?
それとも精神力とか知力が高いタイプ?』
少年のパンパンの頬と山のような腹を見て、遠慮がちに言う彼女。
それに気づいたニートはうつむき。目をギョロギョロ回転させながら小さく口を開いた。
『す、睡眠神託です。
ほら、大人気推理アニメの……』
『ああ! あれ面白いよね! じゃあ睡眠勇者で決定!』
――こうして睡眠勇者となった彼は。川の中だろうとジャングルだろうと戦場の真っ只中で布団を引いて眠り。
その寝言で味方に勝利をもたらす勇者となったのだ。
そして睡眠勇者は、頭が悪いが勇敢で強い剣道部の竹刀、
口が悪いが獣のような素早さと体力の忍者スケーター少女、
そして薄ら笑いが特徴の呪師の少年とパーティーを組まされ。(全員余り物)
今日は四人目の四天王を倒すところなのである。
(睡眠神託と言っても……僕の唯一の特技の寝たふりをしながら薄目を上けて、適当にアドバイスするだけなんだけど……)
心の声でそう呟き。嘘のイビキをたてる睡眠勇者。
竹刀とスケートはクソ強く。呪師もとどめを刺す呪術に優れている。なので、睡眠勇者の仕事はちょっと助言するだけ。
バトル系ネトゲー経験者の彼には、前線の二人の効果的な位置取りを考えたり、
敵の癖を見抜くのは朝飯前なのだ。
「コバンヲナゲタアト、イツモスキアルヨ」
降り注ぐアクダイカーンの小判に怯えつつ。裏声で話す睡眠勇者。
「リョーカイ!」
竹刀はバンバン竹刀でアクダイカーンを殴り付け。スケートは高く飛び上がると。
スケートシューズの刃を逆立ててアクダイカーンを蹴り飛ばす。
何時も通りの光景。だが。彼にはある疑問があった。
呪師くんは、何者なんだろう
彼は呪師を盗み見る。
(……何でいつも四天王を発見するのは呪師くんなんだろう。
何で四天王はみんな、呪師くんを見つめると少し怯えた目をするのかな。
前から気になってたけど……。
四天王がやられた後変化する勾玉を預かってるのは呪師くんだけど。
なかなか代わりに預からせてくれな………)
薄目を開けていた睡眠勇者は固唾を飲んだ。
呪師がバリバリと勾玉を食べ始めたのだ。
そしてそれに竹刀もスケートも気が付いていない。
おまけに良く見るとアクダイカーンは戦闘に積極的ではなかった。
竹刀とスケートが一旦間を取ろうとバックダッシュしても追いかけない上、
睡眠勇者に当たらないように小判を投げているのだ。
二個目の勾玉を呪師が取り出そうとした時。
睡眠勇者は立ち上がり。
彼へ靴下を投げた。
「ぶぁああギャー!」
睡眠勇者は口から泡を吹く呪師をなんとか突飛ばし。
勾玉の入ったケースを奪う。
「くく臭い! あんた呪師くんに何す……」
「お前仲間になんてこ…」
「魔王は呪師くんだったんだ!
いつも四天王をあのへんな言葉で呼んでたんだよ!
それにさっき勾玉をバリバリ食べたのを見た!
呪師くんをよく見て!」 呪師の口の周りには。青い勾玉の破片がくっついていた。
竹刀とスケートはポカンとしつつも今までのことを思い出した。
「そういえば……勾玉を見て舌なめずりしてたよな……。」
「私も見た……それに怒ると顔色がウグイス色になったことも……呪師くん。どういうこと?」
「……バレタカ!」
呪師…魔王は不思議な言葉を口走り。体が蛍光灯のように輝く。
その眩しさに目を閉じた三人とアクダイカーン。
彼らが再び瞼を上げた時。開けた光景は、断崖絶壁。二時間ドラマの犯人がよく追い詰められるあの場所である。
魔王は髪をたなびかせ。紫色の目は遠くを見つめる。「俺が魔王になったのは……百三歳の頃……暑い夏だった……初めての仕事は……」
時々涙……出はなく火を目から放つ魔王。
睡眠勇者は両手をパタパタさせてコート交換を申し出た。
「まままままま待ってぇ! 普通は犯人が崖の落ちそうな方にたつんじゃないかなぁ! コートチェンジ!」
「そ、そうだ!」
「オチチャウヨー! コワイヨー!」
サンクスを放り投げ泣き出すアクダイカーンの背中を擦りながら、睡眠勇者は叫んだ。
「……こ、これ以上罪を重ねるのは良くないよ!
神社に自首しようよ!」「魔王が強盗教唆して何が悪いんだよキモブタオタクアクシュウニートめがァーー!
もうお前ら死ねェえー!
食らえ! 死へのどすこいストリーム!」
魔王は口から嵐を吐き出し。三人とアクダイカーンは強風に押されてずるずる後ろへ後退する。
あと十数センチ下がれば。
高速ビルからのノー命綱バンジージャンプである。
「海小屋が親指くらいにしかみえねー! ママー! パパー! 俺死にたくないぃー!」
「人間なんかマッチ棒の頭サイズだよ……おがぁざぁぁんおとうちゃあぁん! ゆかりぃいー!」
「がみさまぁーほどげさまぁーったすけてぇぇー!」
「コワイヨー!」
涙が後ろにたなびくほどの強風は。崖っぷちの三人と豚を死という場所へ押しだそうとする。
おまけに太陽も彼らを睨む。
「あれ…。」
睡眠勇者の半開きの視界に。アクダイカーン首から下げた金色の大判が目に入る。
どうせ死ぬなら。
やるだけやってやる!
睡眠勇者はそう決意すると。アクダイカーンから大判を借り受け。光にかざした。
「睡眠勇者究極奥義! 目覚めの光!」
凄まじい光が、魔王を刺す。<裸眼で見てはいけません。眼鏡を掛けて観察しませう>というテロップが空中に浮かぶほどの光を受け。
魔王は目を押さえて悶える。
「パギレギブー!」
「風が止んだ!」
「今だスケートちゃん! 」
「せーの!」 竹刀と勇者と豚はスケート少女を空中に放り投げた。
スケートは青い空の中で超高速コーヒーカップのようにぐるぐる周りながら絶叫する。
「ゴールデンエッジレジェンドウルトラサディス」
彼女が技名を言い終わるより先に。彼女の足の輝く刃は魔王の額の宝石をバリン! と割っていた。
――魔王を神社に引き渡した後。睡眠勇者は休業を申し出た。
「今まで睡眠神託とか言って騙してごめんなさい。」
「いいよもう。」
「それより今日はありがとな! お前……本当に勇者やめんのか?」
「仲間をだますなんて勇者じゃない……というのもあるけど、僕はあんまり向いてないから。普通の高校生に戻るよ。今までありがとう。」
ちょっと寂しそうな竹刀とスケートを背に。
睡眠勇者は神社を出る。
……筈だった。
「駄目です! 蒲団のローンが残っています!」
今日のシフトの中年巫女さんが見せた請求書には。超合金の蒲団代金壱百万円の文字が黒々と記されていた。
「待てよ! あんまりじゃねぇか!」
「金額分は働いたでしょ! 解放してあげなよ!」
「あなたたちも。孟宗竹の竹刀と、純金製のエッジのレンタル代を払っていただきま……。」
「それは、法律違反です。」
契約書を見ていたアクダイカーンはそう言うと。
契約書の不備を指摘した。
「……上司に相談します。」
中年巫女はボランティア法人のリーダーを呼び。
リーダーはアクダイカーンと議論を交わす。
アクダイカーンの法律知識と弁舌は並の弁護士を凌駕するレベルであり。リーダーは直ぐにギブアップした。
「……わかりました。蒲団代も竹刀代もスケート靴代も請求しないよ。
ご苦労様。睡眠勇者殿。」
「今までお世話になりました。……アクダイカーンさんも、ありがとうございました。」
「こっちこそありがとう。」
眼鏡を取ったアクダイカーンの意外と優しい目を見て睡眠勇者……いや、高校生は深々と頭を下げ。神社を出た。
「なんかもう、怖いものはない気がする!」
空は青々と澄み。太陽は少年の顔を明るく照らした。