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家の裏山に迷宮できました。  作者: ちゃぼ
第1章:僕、17歳、高校2年生の晩秋編
21/28

21:刃筋を通せ!

 2階の魔物は全長80センチの大アリでした。普通にそこいらで見かけるアリだけど、でかいってだけでこんなに怖いとは思わなかった。ニアンさんの指示は、斬って仕留めろ!しかしアリは速い、細い、低い、硬い!突きは狙えるところが少ないよ。下手に突くと体表で滑っちゃう。なんなら斬撃も滑っちゃうまである。


「なに寝惚けたこと言ってんだい!そんなに速かないし、硬くもないよ!ほら、さっさと斬りな!」

「イエス、マム!」


 ううっ、斬り難い。ニアンさんに言われたとおり刃に力が乗っていかないや。ナメクジでは突くか、力任せに薙いでばかりだったから解らなかった。ど真正面から頭を狙って、弾かれる。なんとか回り込んで腹に斬り付けるも、刃が滑る。


「硬いってんなら、そんなところに当てんじゃないよ!節を狙えば今の剣鉈槍(そいつ)でも刃は通るんだ、キッチリ狙いな!」

「イエス、マム!」


 前足の節に刃を叩き込んで斬り飛ばす。残る前足も・・・クソっ、位置がずれて弾かれた。もう一度、今度は斬り上げて、なんとか切断した。止めに頭と胸の間のくびれに刃を押し込んで、やっと頭を叩き落としたよ。ふぅ、疲れた。大アリは魔素に分解されて消えるまで、大顎をガチガチやってたよ、怖すぎる。


「ま、こんなもんかねぇ。得物が軽すぎるって意味がわかっただろ。お前さんは無意識でそれを補おうとして、身体がガチガチになるほど力を込めてんだよ。」


 ニアンさんは、僕が1階を移動中に大ナメクジを倒すのを見て、僕の癖に気付いたらしい。たった数回突いただけだったのに。つまり、身体ごと叩きつけるように体重を乗せた前のめりの突き、そして・・・


「身体ごと叩きつける突きってのは、そんなに悪いわけじゃないんだけどな。斬るとなったら話は別さ。力を込め過ぎると剣線がぶれる。剣線がぶれたら刃筋が狂う。刃筋が狂ったらもう斬れないさ。」


 剣線とは剣が描く軌跡のこと、刃筋とは力の入力方向と剣身がとる角度のことで、勿論、一致しなければならない。例えば、上段から真っ向に斬り下ろす唐竹割りを考えてみる。切っ先は頭の後ろ側から頭頂を通って、標的に弧を描いて垂直に振り下ろされる。この剣が描く軌跡が剣線。そして標的に剣身が垂直に当たり、刃が真っ直ぐに入ることを『刃筋が通る』という。真っ向から振り下ろしているにも関わらず、剣身が垂直になっておらず、刃が斜めに入ることを『刃筋が狂う』という。

 僕の場合は力の入れ過ぎで剣線が波を打っている。ただでさえ刃筋が狂うのに、さらに両手のバランスが悪いのか手元で()ねている。それと得物の強度不足で、当たった衝撃で刃先がずれる。とても斬れたもんじゃないらしい。斬るって難しいね。力を込めて、適当に振れば斬れると思ってたよ。

 突きの時にも角度がずれてたらしいよ。自分では真っ直ぐ突いたつもりでも、実は真っ直ぐじゃない。気付かなかったよ。力の入り過ぎで頭がぶれる、上半身が泳ぐ、下半身が流れる、そんなんで真っ直ぐかなんて気付くわけないだろうと、ニアンさんに笑われた。

 改善するには、正しい動作の反復練習しかないらしいよ。つまりは素振りなんだけど、力は入れ過ぎず抜き過ぎず、剣線を意識して振れって。そして最後は脇を締めるように両手を絞る。両手斧で薪割りするのもいいんだってさ。剣線を安定させて刃筋を通さないときれいに割れないからなんだって。ついでに背筋と握力も鍛えられるって。家では薪なんて使わないんだけどな。使わないから生木しかすぐには用意できないよ、どうしよ。


「せっかく斬るって機能が備わってんだ、覚えておいて損はないよ。じゃあもう一戦行ってみようかい。」

「イエス、マム・・・」

「何だい、そのシケた声は!キ○○マ付いてんのかい!?男だったら腹から声出しな!!」

「イエス、マム!!!」


 ニアン軍曹どの、それはセクハラであります。あと、けっこうノリいいんすね。




 指摘のとおりに剣線と刃筋に注意して、大アリとしばらく戦いましたが、そう簡単にいくものじゃありませんよね。手間取ってる間に大アリに(たか)られちゃいました。アリだもん、集るよね。えっと、1、2、・・・けっこういるなぁ。壁に縋ってるニアンさんは、やれやれだぜとでも言い出しそうな表情で、いや猫顔の表情はよく解らないので適当なんですけどね、ため息をつくと腰の大剣をポンポンと叩いた。曰く、手伝ってやろうか?ですよね、ニアンさん?ううっ、頼んます。


「ちょうど良い機会です、あなたの部屋を破壊した魔法とやらを見せてくださいな。」


 なんか引っかかる言い方ですね、ミラさん。よかろう!御覧に入れようじゃあありませんか!だから、その後手伝ってくださいね、お願いしますよ。


「ニーナさんに言われたとおりに、魔力をこうグッっと持ってきてさ・・・」前に突き出した左掌に魔力を集めて、「ググッと溜めて・・・」左手身体に引き付けて、「ドンッ!」左掌を一気に前に押し出すように撃つ!掌から魔力が迸って、うお、眩しっ!大アリがまとめて木っ端微塵に吹っ飛んで、魔石を残して消えていった。やりぃ!大猟大猟!けっこう吹っ飛んだぞ!


「てな具合なんだけど、これなんて魔法?リストにそれっぽいの無いんだよね。」


 残敵掃討とばかりに生き残りをチクチク突いてると、あれ?返事がない。振り返るとそこにはあんぐりと口を開けて茫然自失のお三方が。迷宮内でボーっとしてると危ないですよ?


「何だい今のは?ありゃ魔法かい?」

「いえ、今のは・・・」

「今の、魔法じゃないっすよね!?魔法じゃないっすよね!?」


 どういうこと?・・・うおっ!危ねぇ!脚、噛まれそうになった。疑問は後だ、まずは目の前の魔物を片付けよう。てかニーナさん、何で二回言ったのさ。


「ユキさん、先ほどのをもう一度、今度は炎を意識してお願いします。」


 え、何すかミラさん?ちょっと今、手が離せないんですけど?炎を意識してもう一度?寄せて、上げて・・・じゃなくて!あー、もう!魔力を寄せて、溜めて、えっと炎、炎、炎、よっしゃドーン!!

 その瞬間、通路が炎で埋まった。なんじゃこりゃ!?熱っ!熱いっ!僕まで焼ける!炎は出現した時と同様、唐突に消え去って、大アリはもう一体たりとも残っていなかった。えっと・・・何?


「ユキさん、もう一度いけそうですか?可能なら今度は水を意識して撃ってみてください。」

 多分もう一度どころかもっと撃てそうな気がするけど、水?炎が通路を埋めたように、水で通路が溢れるんだろうか。水を意識して撃ってみるけど、魔力が迸るだけで別に何も起こらない。ありゃ?


「やはりそうですか。ユキさん、あなたのその技は魔法ではありません。魔法では魔力そのものを放出することはできないのです。疑わしいのは『魔力操作』のスキルです。スキルによって魔力を放出し、炎が出たのは『ブレス』との複合技と思われます。」


 『魔力操作』ってそんななの?ずいぶん字面と違うんですけど?じゃあどんなだよって言われると、説明に困るんですけどね。もっとこう・・・上手くまとまらないな。頭の中で朧げに形になりかけてるんだけど。

 魔法っていうのはざっくり説明すると、魔力を使って物理法則を捻じ曲げて、普通は有り得ない変化を起こさせる技能なんだってさ。うわーい、ホントにざっくりだ。もうちょっと噛み砕いて言うと、魔力を使って他の何かを変化させて攻撃するのは魔法、魔力そのもので攻撃するのは魔法じゃない。噛み砕いてねぇ!何回説明聞いても、よく解らなかったんだから仕方ないでしょ!説明してくれたミラさんも、ホントに理解してるか怪しいもんだと思うけどね。「ざっくりそんなもんと理解してれば問題ないっす、そんな程度でも使えるっすよ」というニーナさんの言が正しいんだろう。『考えるな、感じろ』ってことですね、わかります。


「なんだいなんだい坊主、お前さん結構な技持ってんじゃねぇか!」


 ニアンさんは僕の頭をバシンバシン叩きながら、豪快に(わろ)てはりますよ。痛い!痛いっすニアンさん!首がめりこむから!


「普通に後衛やりゃあいいじゃねぇか。なんでわざわざ危険な前衛なんてやってんだ?」

「ユキさんには前後衛ともに(こな)してもらいます。そのためですよ」

「オールラウンダーってヤツか?ずいぶん期待値高ぇんだな。でもよ、オールラウンダーは難しいぜ?大概、中途半端なヤツの出来上がり、で終わっちまう。」

「いえ、オールラウンダーなんて目指しませんよ。しばらくは両方熟してもらって能力の底上げを図っているだけです。いずれはどちらかに絞っていきたいとは思いますけど、ユキさんは意外と前衛向きではないかと思うのです。」


 前後衛両方やっておいて能力の底上げね。全てはスキルのためか。実際、何が覚醒のトリガーになるのか解らないからな。いろいろ試してみましょうってことだね。


「早ぇとこ一端の探索者にすんじゃなかったのかい?あたしはそう理解してたんだけどよ?」

「ええ、早く一人前になっていただきたいですけど、促成栽培はしませんわ。それでは先が見えてしまいますから。基礎から一つ一つ積み重ねて一人前になってもらいますわ。」

「話が違うじゃねぇか!あたしが聞いたのは十日かそこらで一人前にって・・・」

「ええ、冬季休業中の実働十日程度の間で、一人前に戦うための基礎を叩き込んでくれとお願いしましたね。」


 あれ?あれあれ?なんか様子がおかしくなってきたんですけど?


「無理に決まってんだろ、そんなの。基礎ってのは長い間の反復練習でやっと身に付くもんだぜ。」

「その反復はあなたがいなくなってもできるでしょう?」

「それが無理だと言ってる。間違ったときに指摘してやれるヤツがいねぇじゃねぇか。間違ったまま身体が覚えちまったら、修正なんてできなくなるぞ?」


 あの、僕のことですよね。僕不在で話が進んでるんですけど。居たたまれないんですけど。


「なあミラ、お前さん坊主に付き合ってずっとこの星にいるつもりか?中央へ帰る気はねぇのか?」

「どういう意味よ?」

「いや、これでも心配してんだぜ?いつもいつも仕事仕事で飛び回ってないで、いい加減、腰を落ち着けたらどうだい?」

「またその話?止めてよ、ただでさえ母に散々言われているのだから。」

「言われてる内が華なんだとよ。」


 なんか急に話が変わったんですけど?人前でこういう話って止めてもらっていいですかね?苦手なんだよなぁ。まあ、得意な人って、そうそういないと思うけどさ。こういうのって傍で聞いてるのは辛いんだよね。華麗に脱出したいところだ。華麗に、しかしさり気なく。

 ニーナさんはどうよと思って見てみると、いない!既に華麗かつさり気なく脱出済みだった!うそーん。あわあわまごまごしてるだけだと思ってたのに、なんという危機回避能力。初対面時に思いっきり地雷を踏み抜いたのと同一人物とはとても思えない!


 僕はこの時ほど真剣に願ったことはない、魔物出てこないかなぁと。


 その夜、ミラさんとニアンさんとの話し合いがもたれて、冬休みの間は近接戦闘の数をこなして慣れることに専念するということで話がついたらしいよ。その後どうするかは、また話し合うんだってさ。最初にやっといてよね、そういうことは。


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