20:猫耳わっしょい!
件の近接戦闘のエキスパートさんが、昨夜到着されたようなんです。
家から1キロくらい下ったところに昔の屋敷跡があって、僕が生まれた頃にはもう転出されてたみたいで、今では草ぼうぼうどころか結構な木まで生えてる空き地なんだけど、そこに着陸艇で降下して一晩過ごしたんだってさ。魔素結界の範囲内に着陸できる場所があってよかったってミラさんは喜んでたけど、いやいや、入国審査とかどうなってるんだろうね。あからさまに密入国だと思うんだけど。それを言い出すとミラさんたちも。う~ん、超法規的な何かがあるんだよ、きっと、僕にはわからないけどさ。今気付いたけど、ミラさんがどうやって日本円を入手したのかも謎だよ。政府が何かしたんだろうと思うけどね。連邦の通貨単位はバルなんだって。そのうち東京外国為替市場で連邦バルが取引されちゃうのかな。
そんで朝一で準備して、軽トラで迎えに行ったんだけど、屋敷跡に木々をへし折りながら鎮座しておりましたのは、全長10メートルくらい、カブトガニを上下に二つ合わせたような流線型の宇宙船でした。メタリックブルーがきれいですよ。銀・赤ときたから青だと思ってたよ、うん。しかしようやく、いかにも宇宙っぽいアイテムが出たよ!全高は5メートルくらいあるんじゃないかな。もう家サイズだよね、これ。
「ニアン、迎えに来たわよ。」
ミラさんがインカムらしきもので話してますけど、僕にはくれないんですかね、それ?
ニアンさんはミラさんの古くからの知り合いのフェリス族の女性で、親友と言っていい間柄だそうです。でもね、古くからとか長いこととか、その手の話題にはナーバスになるくせに、キーワードぽろぽろ出すのは止めてもらっていいですかね?僕、リアクションの仕方が解らないです。ところで、フェリス族ってなにさ。見ればわかる?そうかもしれませんけどね。
着陸艇の前方下部が開いてタラップが下りました。そこから現れたのは、まずはごついブーツに脚を覆うプロテクタと猫尻尾。猫尻尾ktkr!何?何!?フェリス族って、いわゆるひとつの獣人さんなのかニャー!?
上半身もごついプロテクタで覆われてるけど、体つきそのものがごつい。さすがは近接のプロって感じだ。ぶっとい首の上には小さめの猫顔と猫耳!キャッホーイ!猫耳わっしょい!猫耳わっしょい!猫耳わっしょーい!!ん?猫顔?変なテンションになってたので思わずスルーしちゃいましたけど、ガチな猫顔ですよ。茶トラさんです。地球人とほぼ変わらないように思える身体に、猫の頭が乗ってます。ニアンさんはケモノ度ちょいお高めだったようです。つか、でかくね?これは2メートル以上ありそうな。
ヘッドギアを左手に抱え、これもごつい大剣を右手に下げたニアンさんはゆっくりと音もなく近づいてきましたよ。足音しないとか。それにしても、やっぱでけぇ!見上げる首が痛くなりそうです。
「ようミラ、久しぶりじゃねぇか。」
「ええ久しぶり。悪いわね、こんなところまで呼び出したりして。」
なんかガラの悪い話し方もテンプレって感じですよね。さすがに、このごつさで語尾がニャンだったりニャーだったりしたら耐えられそうにありません。いや、それはそれでありなのか?あとこんなところで悪かったですね、ミラさん。ふん!
ニアンさんはじろっとこっちを見降ろしましたよ。やっぱ猫って捕食者なんですよね。その顔でその目で、高みから見下ろされると怖いっす。ニアンさんはニヤッと肉食獣の笑みを浮かべて・・・。
「鍛えてほしい期待の新人ってのはこの坊主かい?ハハッ、意外とちっちぇえなw」
ちっちぇえな・・・ちっちぇえな・・・ちっちぇえな・・・なんか変な脳内エコーが。身長のことだよね?あっちのことじゃないよね!?あっちとは具体的にはうわなにをするやめr・・・。
女性に言われてこれ程傷つく言葉が他にあるだろうか、いやない。いや、あるか!はやいのねとか、へたくそとか。自分で考えて心が痛くなってきたよ。だが待ってほしい、僕は未経験だ。つまり僕がそうなのかは誰にも解らないことだ。そう誰にも、僕自身にも。だから今は推定無罪、僕は違うというのは確定的に明らかなんだよ!・・・なんか空しくなってきた。論理的に破綻してるって?どうでもいいよ、そんなの。
「さてと時間もないことだしよ、ちゃっちゃと始めちまおうぜ。」
僕の葛藤とは無縁に世間話をしていたお二人さんでしたが、お仕事を思い出されたようですよ。ニアンさんでは助手席は狭いので、荷台に乗ってもらいました。道悪いんで気を付けてくださいね。乗り心地悪いのは仕様です、だって荷台だもん。ちなみに軽トラの荷台って、荷物が載ってるときには、その看守のための必要最低限の人数なら乗ってもいいんですよ。もちろん今回はアウトですねー。それ以前に僕無免許だから、どアウトなんですけどねー、はっはっは!ニアンさんも密入国で、大剣だって銃刀法違反ですよねー。なに、この犯罪者たち。早く免許欲しいなぁ。
「で、お前さん、得物はなんだい?」
迷宮の入口前には僕、ミラさん、ニアンさん(NEW)と連行されてきたニーナさん。いつもより増量で打ち合わせ中でございますよ。さすがにここまでは軽トラで入ってこれないので、入れるギリで止めてあとは歩きです。軽トラといえども傷が付くの嫌だし、まだ新車だし。
あ、僕の得物ですよね。アイテムボックスから自慢の一本、いつもの剣鉈槍を取り出して渡します。
「へぇ、短槍かい。ふーん・・・」
僕から槍を受け取ったニアンさんは、眺めたり片手で軽く振ったりしたと思ったら、おもむろに中段に構えて、踏み込んで突いた!速ェ!目で追えなかった、つか3メートルくらい踏み込んでるぞ!ニアンさんは突いた状態からさらに、鋩を跳ね上げ、袈裟懸けに切り降ろし、横薙ぎに払った。スゲェ!速いだけじゃなくて重くて力強い。風切り音が全然違うもん。それと頭の位置が動かない。上半身がカチッと芯でも入ってるかのように全然ブレなかった。これは凄いよ。まだ迷宮の外なんだよね。高レベル探索者の恩恵はここではまだないわけで、基礎能力がものすごく高いんだね。あとはこれまで積み重ねてきた技なのかな。
「こりゃまた何とも中途半端だねぇ。」
「へ!?」
「まず軽い。せっかくまずまずの穂先が付いてんだ、重心が穂先側にある(フロントヘビー)のは良いとして、全体が軽すぎんだよ。これじゃ刃に力が乗らないねぇ。次に雑だね。穂先の固定が緩いよ。もうちょっとましな止め方にしな。柄先が剥き出しとか有り得ないね。横着してんじゃないよ!最後に脆い。何だいこの柄は。こんな安物の柄なんて付けてんじゃないよ。一発受けたらすぐ折れちまうだろ。お前さん、迷宮をナメてんのかい?」
あぅあぅあぅ・・・よもやのフルボッコですた。頑張って考えて作ったのになぁ。黒歴史作るほどスゲェ嬉しかったのになぁ。エスカミリオン、お前ダメダメなんだってよ。ホームセンターで買った量産品の柄だからなぁ、そりゃ弱いわなぁ。いいアイデアだと思ってたのに。やっぱり素人の手作りじゃ無理だったのか。
「まったく、シケた顔してんじゃないよ!マシなモンになるよう教えてやるから。」
先生、ホントですか?ちゃんと使えるものになりますか?
「何はともあれ柄だよ。ホントは変えた方がいいんだけどねぇ。お前さん思い入れがあるみてぇだしな、そのまま変えねぇんだったら、まずは強化しな。樹脂処理でもなんでもあんだろ?それか金属の芯でも通しな。ただしバランスは崩すなよ?留め具を変えて、口金もキチンと付けな。この星にだってちったぁマシなのがあんだろ?これでだいぶ良くなるはずさ。」
樹脂で強化って含浸とかですか?そんなもの素人にはムリですよ!木材は空気をたくさん含んでいる。細かいヒビもそうだし、そもそも乾燥した木材の細胞壁の中は空気だ。その空気を追い出して樹脂を押し込むってのが含浸だよ。空気を追い出すのに真空釜を使ったはずで、そんな設備知らないよ。どこにあるの?芯を埋め込むのも素人じゃムリだよね。使えるものにするためには、ずいぶんハードル高かったや。留め具は何とかなりそうだけど、口金も難しいよね。絶縁テープで巻くのはダメかなぁ?接ぎ木じゃないんだし、ダメだよねぇ。
「武器の強化はこちらで請け負いますわ。」
おおっ!マヂすか!?
「要するにそれをポリマー加工すればいいってことっすよね。それくらい魔法で簡単にできるっすよ。ボルトも心当たりあるし、ヒルトも魔法で作ってしまうっす。」
「ま、それが確実だわな。」
そうか、魔法があったんだよ!なんかそれっぽいのがリストにあったような気がするぞ。僕でもできるんじゃね?
「では早速に。」
「おいおいおい、待て待て待て!どうせ今日はまだ表層なんだろ?んなもなぁ、後からで十分なんだよ。今日はそのままやらせるさ。この坊主をど素人から、駆け出し通り越して一端にまでしなくちゃいけねぇんだろ?時間がいくらあっても足んねえくらいなんだぜ。方針が決まったんならさっさと行くぜ。」
ミラさんってやっぱり行き当たりばったりっぽいよね。ニアンさんもせっかちくさい。二人とも待てがないよなぁ。
「あとあれだ、バランスはキッチリ取れよ?そこは妥協すんな。それから武器なんてのは所詮道具だ。武器を大事にすんのは結構だが、あんまり入れ込み過ぎんなよ。武器より命のが大事だからな。そこを履き違えんなよ?」
命あっての物種か。気を付けますよ、先生。
命に直結という点で防具の方はどうっすかねと尋ねたら、ニアンさんは僕を一瞥して「んなもんじゃねぇの?」と言い残して、さっさと迷宮に行っちゃいました。対応が違いすぎませんか?ねぇ。