19:信用と信頼
「わたしたちは今夜のうちに一旦この地を離れます。」
明日は月曜日、僕は学校だ。帰って来る頃は既に暗いので迷宮には行かない。座学もそんなに必要ではなくなっている。だから、他の迷宮探索のお手伝いをしに行くんだってさ。ご苦労様です。
ミラさんのチームはニーナさんが残っているだけで、他のメンバーは既に、首相と一緒に会見してた宇宙エルフBさんの指揮下に入って日本全国に散ってるんだってさ。Bさんはリアナさんといって日本における連邦サイドの総責任者なんだけど、ミラさんはその指揮下にいるわけじゃないんだって。完全に独立した対等の力関係らしいけど、それって指揮系統大丈夫なのかな。僕が心配することじゃないとは思うけどさ。こうやって一方が人手不足のとき、互いに融通したりは普通にするらしいから大丈夫みたいなんだってさ。
今後は、ミラさんたちは平日は他の迷宮へヘルプに、週末帰ってきて僕と迷宮へというスケジュールになるようだね。なんか当初の予定とは短期間で随分変わったな。ミラさんって結構行き当たりばったり?(汗)
「この週末から冬季休業と記憶しておりましたが。」
「うん、冬休みね。2週間くらい休みだよ。何日か当番あるけど。」
「ではその間で表層を制覇したいところです。懸案だった近接戦闘のエキスパートも近々合流できる手筈となりました。少しペースを上げていきましょう。」
ミラさんもニーナさんも身長が身長なんで、魔物との近接戦闘には向いてないからね。明らかに後衛職だし。前衛の専門家にレクチャーしてもらうのって楽しみだよ。
「くれぐれもわたしたちがいない間に迷宮には入らないように願います。」
承知いたしましたでございますよ。僕じゃまだエンチャントもできないから、一人での探索は無謀だって解ってます、解っていますさ、ミラさん。でも、魔法か・・・。
「魔法ってどうやったら使えるようになるんだろうね。」
「魔法っすか?魔法は身体の奥にある魔力を、こうグイッと持ってきてググッと溜めてドンッ!と撃つっす。」
はーい、感覚派の人はお引き取りくださーい。解るかそんなん!しかもその説明はどう考えても攻撃魔法だよね!僕、攻撃呪文は使えないんですけど!なんなら、まだ魔法は何も使えないまであるんですけどね!でも、身体の奥にある魔力ねぇ。魔素、魔力、魔法、キモはそこかいな。
「魔法って本当に感覚的なものなのよ。まず自分の魔力を掴むことができないと先に進まないの。魔力だって本当に身体の奥底にあるとしか表現のしようがないのよね。もう少し論理的に技術的な話ができたらよかったのだけれど、ごめんなさいね。」
マジすか。なら仕方ないっす。これも先が長そうだ。宿題がいっぱいありすぎて困ったちゃんだよ。
くれぐれも魔力の暴走には気を付けてねと、変なフラグ的セリフを残してミラさんたちは赤トンボに乗って行ってしまいました。フラグじゃないよね、ね?
ところで赤トンボって複座だったんだね。複座とも限らないのか。そういえば構造とか全然聞いてないや、今度訊いてみよう。ギンヤンマは結界装置の中核なので置いていくそうですよ。ミラさんが移動する度に2階から運び出したり、運び込んだりしなきゃいけないのかと思ったよ。階段ギリなんで面倒くさいんだよね、よかったよかった。
一夜明けて月曜日、僕はLv5に上がって、魔法が使えるようになっていた。何だそのオチ。もう1週待てばよかった。恥ずかしー!
この際だ、使えるようになったことを良しとしよう。そりゃ使えた方がいいからね。なるほど魔力は身体の奥底にあるとしか表現できないか、ホントそのとおりだわ。臍の下奥というのか、下っ腹というのか、なんかその辺にこうモヤモヤっと、いやカーッと、何か違うな、まあそんな感じ。いやこれホント説明難しいわ。
ニーナさんの言うようにグイッっと持ってきて、おお解る、解るぞ、僕にも魔力が手に移動してるのが解るぞ。んで、ググッと溜めて、溜めるってこの感覚か、散っていきそうになるのを留めて圧力を掛ける感覚だな。そっからドンッ!。うわー!カラーボックスが木っ端微塵に吹っ飛んだ!何で何で!?僕には攻撃魔法のスキルはなかったはずだよね!?『鑑定』で確認してみたけど何も変わってないよ。解んないな、解んないから今度ミラさんに訊いてみよう。うん、それがいいよね。取り敢えず僕が今やらなきゃいけないことは、部屋の片付けなんだよ、くすん。あ、壁にも傷がついてる、テレビは無事かな?無事だといいな。爺ちゃんたちに怒られちゃうよ。
呪文リストを確認してみた。だってあるんだもん、使える呪文リスト。その中で気になる呪文が幾つかあってさ。例えばミラさんも使ってた『GMtA(武器に魔力を与えよ)』とか『PbM(魔力を以って身を守れ)』、これが付与系だよね。他には『RttBwaI(全き身体に戻れ)』、これは回復魔法っぽい。『Ext(抽出せよ)』とか『Fus(融合せよ)』とか、これは錬金系かな。ほかにもいっぱいあったけど全部使うわけじゃなし、これもそのうち相談しながらでいいよね。
使えるようになったなら、使ってみたくなるというのが人の業というやつで。迷宮に行ってみようかなと考えもしたけど、やっぱり止めておいたよ。一人では行かないと約束したからね。約束は守らないといけないよ。そうやって信用を積み重ねていって、初めてお互いに信頼できる関係になれると思うし、そういう関係でないと長続きしないと思うんだ。
よく安全と安心という言葉を耳にする。「安全で安心な食べ物です」とかさ。安全は数値化できるけど、安心は数値化できない。だって心の問題だから。生産者がいくら安心を声高にアピールしても、信用がなければ安心なんてできない。消費者が疑いだしたら、安全を数値で証明しても買ってもらえないんだよ。安心というのは、安全という実績を積み上げて得た信用によって成り立つ心の動きだと思うんだ。僕も小なりといえども農業という生産活動に携わっているんだから、そこを履き違えちゃいけないと思うんだよね。
信用と信頼も同じことだと思うんだ。信用とは信じて用いること、信頼とは信じて頼ること。文字どおりなんだけどさ。信じて用いてみたら使えるので頼る、信頼とは精神的に一歩踏み込んだものだと思うんだよね。僕とミラさんの関係だと、今は一方的に僕が庇護されている関係だ。とても信頼関係なんて呼べるものじゃないけど、いつかは互いに頼り頼られる関係に踏み出したいと思うよ。ミラさんが、この場合は連邦がかな、信頼に値するかはこれから自分の目で、肌で確かめていかなくちゃいけない。かといって、それを理由に僕の側から歩み寄らないなんて考えたら、何時までたっても仲良くなんてなれない。だから今は信用を積み重ねる時期なんだよ、きっと。
うわ、なんか僕らしくないこと語ってるし!恥ずかしー!やっぱ語るなら機械の話か、女子の話がいいよね!そうだ!『女子がスカートの下にジャージを履くのは是か非か』の話をしようか!いらない?あっそう。
今週末って祝日が絡んで金曜からの3連休だ。実際はそのあと冬休みで17連休なんだけどさ。学生万歳!それはさておき、ミラさんたちはいつ帰ってくるんだろう、金曜?土曜?それによって予定が変わるな。ちゃんと確認しておくんだったよ。こんなときのための連絡用ツールって貰ってないんだよね。携帯電話とかさ、電波入らないけど。自前の携帯使えって?持ってませんよ?すみませんねぇ。
金曜日、祝日の朝になってもミラさんたちは帰ってこなかった。1日空いたのでタマネギの草取りして追肥、それから延び延びになってた葛根でも掘りに行こうかな。こんな時期に草取りって?冬場でも草は生えますよwww農家はいつも常在戦場、雑草との戦いに休日はないのです。雑草の勢力が弱いこの時期だから徹底的に叩いておかないとね。雑草などという草はないって?当たり前だよ、人間の活動に不必要な雑多な草の総称なんだから。農家なめてんの?あ、マルチシートは使ってないです。
畝間株間の雑草は三角鋤で削いでやる。『隊長!雑草主力の撃破に成功しました!』『よし!残雑草の掃討戦に移行せよ!』タマネギに近すぎて削げなかった雑草も、一本一本抜いてやる。うふふふふ、こいつめ!こいつめ!よし、殲滅成功だ。
お昼を挟んで、化成肥料をパーラパラと撒いてやって、軽ーく鋤き込んでやると作業終了です。う~ん、腰が痛い。結構時間掛かっちゃたな。葛根掘りはまたも延期です。中途半端だからニンニクの草取りもやっておこうかね。
ところで、タマネギ栽培で肥料切れは禁物だからね。タマネギは肥やし食い、育てるのに肥料をたくさん使うし、栄養不足になると春にネギ坊主出しちゃうからね。ネギ坊主が出ちゃうと玉が痩せちゃうから、今までの苦労がパーになっちゃう。みんなも気を付けようず。
タマネギは美味いよねぇ。赤タマネギの甘酢漬けとか絶品だね。これがカレーに合うんだよ。花らっきょうや福神漬けより合うと思うんだ。そんなタマネギも人気が出たのは戦後からで、食事の洋風化に伴ってなんだってさ。タマネギの歴史は比較的新しくて、日本に入ってきたのは明治初期ごろ。北海道の開拓で作付されたって話なんだけど、当時は人気がなくて国内で売れないもんだから、輸出に回されてたんだって。ずっと昔からあった食べ物かと思ってたよ。今ではタマネギのない食生活なんて考えられないけど、タマネギにも不遇の時代はあったんだね。あ、これは日本での話だからね。世界的にはタマネギは、紀元前3000年には既にニンニクとともに栽培されてた高栄養価の大人気作物なんだ。これからはさんを付けろよデコ助野郎ども!そうですよね、タマネギさん?
などと僕の優雅な休日が終わり、ミラさんたちも帰って来て、また明日から迷宮に挑むのです。