13:探索者で行こう!
「幸ちゃん、帰っちょるの?晩ご飯にせんね?」
「帰っちょるよー!今行くけん!」
階下から婆ちゃんが呼んでる。もうそんな時間なのか、外が真っ暗になってら。
「晩ごはんだって。うち・・・ミラさんはどうする?その・・・一緒に食べる?」
「あらお気遣いありがとうございます。でもわたしは結構ですわ。定時連絡もありますので工作艇で取ろうと思います。ご家族へのご挨拶は別の機会といたしましょう。」
爺ちゃんたちに話を切り出すいいきっかけになるかと思ったけど、仕方ないね。やはりなし崩しで話をするより、大事なことだからちゃんと自分から切り出すべきなんだろう。
「幸永、はよ来い!大変なことになっちょる!」
「爺ちゃん、どした?あんま興奮すると、また血圧が上が・・・」
爺ちゃんの興奮した声がした。居間の障子を開けると、晩ご飯もそっちのけでテレビに釘付けになってる爺ちゃんと婆ちゃんが。この時間ならNHKのニュースだよな。
何見て興奮してんだろと画面を見てみると、そこには我が国の首相と、翅を生やした小人さんの姿が!何?宇宙エルフさんのお仲間さん!?パンツスーツの宇宙エルフBさんは、必死で何かごにょごにょと話してる首相の横でひらひら浮いてたよ。
「迷宮を退治するんに、宇宙人と提携してどうこう言っとる。何がどうなっちょるんじゃ!?わけが解らんわい。」
「あのちっこい人は本物なんかいの?幸ちゃんが昔よう見ちょったテレビにおったよねぇ。漫画と違うんかね?」
「知らんが生中継らしいしのう。」
チャンネルを変えてみたけど全局この中継を流してるみたいだ。テレ○は知らないよ、うちらじゃ映んないし。でも平常運転なんじゃないかな、だってテ○東だもの。
話してる内容は、どうやらさっき宇宙エルフさんから聞いたことのようだ。首相に代わってBさんがしゃべりだしたぞ。
「日本はどうなってしまうんかの?わしらは老い先短いけんどげでもなーだども、幸永はな・・・」
「この国の在りようは変わりませんわ。わたしたちがそのお手伝いをいたしますので。」
宇宙エルフさんが突然入ってきて、そうおっしゃいましたよ。話が違いますよね、爺ちゃんたちの前に出るのは別の機会にって言ってたのに。急に姿を見せるもんだから、爺ちゃんたちびっくりして腰が抜けてるじゃんよ。
「予定が変わりました。日本国政府との基本合意に達したと連絡がありましたの。思ったより早かったですわね。迷宮という目の前の危機があるにも関わらず交渉には時間がかかるものと思っておりました。おそらく年内は無理ではないかなと。」
「いやまあテレビでやってるから、だいたい宇ち・・・ミラさんに説明されたとおりの状況になったのは予想がついてたけどさ。」
僕が言いたいのはそういうことじゃなくてですね。爺ちゃんたちは口をパクパクさせて、ものが言えないでいる。ちょっと一旦落ち着こうか、ね。
晩ごはんどころじゃなくなっちゃったわけだけど、それでも一応食べたよ。びみょーな雰囲気だったけどね。爺ちゃんたちは宇宙エルフさんを気にしてるし、宇宙エルフさんは卓袱台に正座してニコニコしてる。テレビでは生中継は終わって、なんか解説員みたいな人が解説してるよ。全然耳に入ってこないけどさ。
「では改めまして、わたしはミラと申します。本名はもっと長いのですけれど今は割愛させていただきます。銀河民主共和国連邦資源エネルギー庁渉外部の迷宮対策エージェントという職に就いておりまして、先ほどこの国の首相と一緒に会見に臨んでいたのはわたしの同僚ですわ。あなたがたにとってわたしはいわゆる宇宙人という存在でございましょう。」
相も変らぬガトリングガン・トークで捲し立てる宇宙エルフさんだけど、なんか僕の時と対応違くね?いいんだけどさ、相手に応じた説明の仕方があるんだろう。僕の時はお役所的だったけど、爺ちゃんたちには保険の外交員さんみたいだった。どっちにしてもさ、話し方硬いよ宇宙エルフさん。
迷宮の資源化、技術の供与といった僕も聞かされた説明を、時に相槌を入れながらもホケーっと聞いてた爺ちゃんたちだったけど、家の山に迷宮があることと、僕の能力と置かれた立場の話になると顔色が変わった。さらにその原因となった12年前の事件に触れ、連邦が僕に一種の契約を持ち掛けているという話に及んでは、爺ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔になるし、婆ちゃんに至っては泣き出しちゃった。
僕?僕は居たたまれないんでお茶を淹れてましたけど何か?いやー、我が事なんですけどねー。こういうのって本人居辛いよね。
「連邦といたしましてはお孫さんの将来により良い選択肢をご用意できたものと自負しております。何卒ご一考いただけると幸いですわ。」
「お前さんはそうおっしゃるがのう・・・それで孫の将来が本当に良ーなーかや?話が旨過ぎて俄には信じられんよ。」
「それは誰にも解りませんわ。未来全てを見通せるほどの能力をわたしたちは持ち合わせておりませんので。今回はわたしたちにとっても初めてのケースですので前例がなくただ最良と思われる選択肢をご用意したに過ぎません。それを選択するか否か、選択した後どうなっていくのかはお孫さん次第ですわ。勿論承諾いただいたうえはわたしたちも全力でフォローいたします。」
「しかしのう・・・言ってはなんだが、幸永はお前さんがたにとっては所詮他国の一市民じゃ。お前さんの本国とこの日本と、関係が悪化したら幸永はどげなーかや?板挟みになって両方から責められることにならんかや?」
「それも解りませんとしか言えませんわ。将来起こり得るリスクをすべて排除するのは不可能です。お爺様のご懸念のとおりわたしたちが最優先で考えるのは自国の利益です。それでも利益のために他人をないがしろにしても良いとは考えておりませんわ。お孫さんやこの国の政府が誠意を持って対する限り、わたしたちも誠意を持って対応するとしか今は申し上げることができませんが、わたしたちは必要と認められた場合、相応の手段に訴えることにいささかも躊躇いを感じることはないと申し添えておきますわ。」
「・・・そうか。」
今のって、いざとなったら武力行使に及びますって意味だよね。それって、僕を守るためなら戦争も辞さないという意味なのかな?それとも文字どおり、裏切ったら報復は苛烈ですよって意味なんだろうか?
宇宙エルフさんは僕をチラッと見ると微笑んだ。察した、両方だって。言質は取ってないけど、そこまで考えてくれるのであれば、僕は・・・。
でも宇宙エルフさんは決して全てを話してるわけじゃないと思う。自分たちの都合が悪い部分も話してるのは、それ以上に都合が悪いことを隠すためなんじゃないかって勘ぐってしまう。話し方もなんか煙に巻こうとしてるような感じがするし、でもなぁ・・・。
一瞬の動揺も、ただ一言の嘘も見逃すまいと、じっと宇宙エルフさんの目を見つめていた爺ちゃんだったけど、そっと視線を外すと腕組みして目を閉じた。
「幸永、まだお前の意見を聞いちょらんかった。お前はどげしたい?」
「うん、僕は宇ち・・・ミラさんの言うとおりにしてみようと思う。」
ああ、言っちゃった。これで後には引けなくなったな。
「幸ちゃん、危ないことはないの?おばあちゃん反対よ。おじいさんもなんか言ってくださいな。」
「幸永、お前の人生だ、すきにしろ。」
「おじいさん!」
婆ちゃん、心配かけてごめんよ。たぶん危険は結構あると思う。でも専門家が意見をくれるこの道が、リスク管理という点で一番だと思うんだ。おバカな僕が一人で突っ走っても、だいたい碌なことにならいと思うしね。
いや、そうじゃないな、リスクなんて二の次なんだ。僕は迷宮に挑んでみたいんだ。たぶんそれこそが一番の理由なんだよ。やりたいくせに意気地がないからグダグダ先延ばししてたんだ、カッコ悪ィな僕。
「ミラさんとおっしゃったかな、どうか幸永を、孫をよろしくお願いします。」
「浅学非才の身ではございますがこの身の全力を以って善処いたします。」
爺ちゃんは深々と頭を下げた。僕もペコリと頭を下げる。宇宙エルフさんはかつてないほど真剣な表情でそんな僕たちを見て、自分も深々と頭をさげた。
こうして僕は迷宮探索者になったんだ。
「ところでユキさん、あなたさっきから散々わたしの名前で噛んでるけど、あなたの中でわたしは何と呼ばれているのかしらね!」
「え゛!」
後で散々ボコられました。