不安要素
佐伯文雄さんは商店街の近くにこじんまりした自宅を構えている。
だから新婚生活は二世帯同居ではない。
アニメや特撮のディスクやゲームに溢れたコレクションハウス的な自宅だし、サークルの溜まり場でもある。
ふらりと遊びに行けば誰かがいることが多い。
きた人はゲームをしたり、本を読んだりディスクをみたりと好き勝手に過ごしている。
私もふらっと入り込んで誰かが見てるディスクを聞きながら本を読む。
卒業式の日、少しばかり加藤さんに詰め寄られた。
商店街関係で顔を合わせることがないとは言えないから少しでも繋ぎをつけておこうと思った。
ちょっと私には刺激が強すぎる会話になったのは確かかもしれない。
微妙な表情で話を少々聞きだした加藤さんは頷いて私のメアドを、強奪して後輩達の方へ戻っていった。
『いいの?』
投げられた疑問。
それには『なにが?』としか答えることが出来なくて。
まだ、愛してはいないけれど、好きな人だし、問題はないんだと思う。
結びつき全てが出来上がった愛で始まるから幸せだとは考えることが出来ない。
うまくやっていければいいと思う。
疑問を持ってはダメだと思う。
お互いに一番じゃない。きっとそれでも家族にはなれると思う。
こわいと思うことがないわけじゃなくて、不安はつきまとっていて、それでも、選択に後悔はない。
「来てたのか?」
「うん。読みたい本があったし」
「何か食べた?」
「カップ焼きそば食べた」
なんていうことのないような会話。
小説やアニメ、ドラマのような心の躍動があるわけじゃない。
でも、それが良かった。
そう、彼といるのは居心地が良かった。
どこか不安が付きまとう。マリッジブルーかと言われれば少し悩む。
居心地がよく一緒にいるのは好き。
彼に恋愛心を持っているわけじゃない。わかってる。たぶん、妥協だけの結婚だ。心が伴ってはいない。でも、それって大事なことなのかなって思う。
せめて、居心地のいい関係は作っていきたいなとは思うんだ。
「少ししたら、仕事探すねー」
「そうなのか?」
「うん」
軽い感じで会話は終わる。
後はお互いの趣味のこと。
この空気感が心地いい。
「そーいえば、チラッと見かけたおもちゃ屋さんのおにーさんがなんか落ち込んでた」
「おもちゃ屋のおにーさん、ああ、澄くんかぁ。彼はリア充だからなぁ」
そう呟きながら文雄さんは雑誌をめくる。
お付き合いしている相手のデートがバレンタイン、ホワイトデー共にダメになったとか。ちょっとかわいそう。
確か、一学年上で確かまわりを盛り上げる中心的人物だったと思う。家族が大事で卒業後、家業を継いだらしい。
リア充。どうも話を聞くと田中先生とおつきあいしてるとか。
在学中から狙ってたのかなぁとか勘ぐってしまいそうだ。
かっこいいし状況としては禁断恋愛ぽくて萌えると思う。実際、学生時代は先生の立場を慮って抑えて過ごしていたとかって萌える設定だと思う。卒業したことでその枷から解き放たれ、きっかけを得て心のままに……。
「りと。なに読んで……?」
「そこで見つけた恋愛小説。いけない教師の特別授業」
「返しなさい」
「大丈夫。これはただの小説。知っての通り偏見はないわ」
どうやら文雄さんのコレクションだったようだ。
まぁ面白いし、あと少しで読み終わると本の残りの厚みを見せるとあっさりと彼は諦めた。
うまくいけばイイ。
ダメならそれも経験だと思う。
とりあえずは、彼と家庭を築ければいい。
『うろな担当見習いの覚え書き』より
高原直澄君と田中倫子先生をちら借りいたしました