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「ラザフォード王女殿下につきましてはご機嫌麗しく。我等がヴェルデライト王国での日々は如何でしょう?」
「セネリオ陛下の御厚意もあり、多くを学ばせて頂いておりますわ。ヘイガニル様」
にこやかにステラが会話を交わす相手はヘイガニル公爵。先代ヴェルデライト国王の遠い血縁にあたる上階級貴族だ。普段は城下から少し離れた領地を治めているのだが、毎年ステラが遠征で訪れる度に顔を見せに来る。
「いやはや、毎年お顔を見る度に美しくなられて」
「ヘイガニル様も、お元気そうで何よりですわ」
にこやかに口にするものの、ステラは胸の内で本音を呟く。ヘイガニル公爵は元より恰幅の良い男性だが、年を重ねるごとに身幅が増えているのは気のせいではなさそうだ。去年はズボンのベルトからあんなにお腹は出ていなかったもの、と。
「先日の視察は特に問題なく終えられたようですね。先の闘技大会も、観戦を予定されている。我が国自慢の大規模な行事となります。どうぞお楽しみくださいませ」
「ええ、ありがとう」
「それはそうと、セネリオ陛下とは上手くいっていますかな?ああ、これは年寄りの戯言ということで聞き流して頂きたい。ただの雑談故に」
おどけた様に問いかけてくるヘイガニル公爵に苦笑しながら、特に問題は無い事をステラは丁寧に伝える。
すると、ヘイガニル公爵は一拍間を置き、何かを確かめるように辺りを見回すと、少しだけ声量を落とした。
「こんなことを王女殿下にお話しするのは、おかしなことなのかもしれませんが。ここ最近のセネリオ陛下のご様子はいかがでしたか?」
「セネリオ陛下の?」
ステラは目を見開いて、どういうことなのか、ヘイガニル公爵に話の先を促した。何かを迷うように目を一度泳がせると、先ほどよりもさらに声を潜め、「実は」と前置きをして語りだす。
「私の気のせいかもしれませんが、陛下は最近どこか様子がおかしいといいますか。どうにも元気がなさそうに見えるのです」
「まあ」
初耳である。ステラは今までの事を思い返した。
ヴェルデライトを訪れてから毎日のようにセネリオと顔を合わせているが、元気のない日は一度もない。ステラと顔を合わせれば必ず微笑んでくれて、手を伸ばしてエスコートしてくれる。何気ない会話も楽しそうだ。二人の時は身を寄せ合って、心地よさそうに肩の力を抜いてくれる。
元気のないセネリオの姿など一度も見たことがない。しかし、ヘイガニル公爵の言うことが本当かどうかさえ疑うほどに。
「陛下と将来のお約束を去れた王女殿下なら、何かご存知かと思いまして」
ヘイガニルの言う通り、ステラは将来的にもセネリオの隣に立ちたいと望んでいる。現在は婚約者候補という立場とはいえ、本人同士では既に将来共にいると約束した。それなのに。
ステラの心に一瞬、影が落とされた。
「いいえ、何も知らないわ。私の前では元気そうでしたから」
「そうですか。王女殿下がそう仰るのであれば、私の取り越し苦労だったようですね」
安堵して胸を抑えるヘイガニル公爵に、にこりとだけ笑みを返した。しかし、その小さな背中の後ろで密かに手に力を込めた。
「姫様」
凛とした声が響いて、ステラはハッとする。同時に手からも力を抜いた。
「そろそろお時間です。参りましょう」
振り向けばアイリスが傍に控えていた。彼女の言葉の意を飲み込むのにいつもより時間は掛かったものの、姫は素直に頷いた。
「ヘイガニル様。申し訳ございませんが、私これで失礼致しますわ」
「ああ、随分と話し込んでしまいましたな。どうぞ、残りの滞在もお楽しみください」
「ええ、それでは」
アイリスのエスコートを受けてステラはその場を後にした。
ヘイガニル公爵の視線を背中に受け、建物の中に入りそれが途絶えると自然と溜息を吐いていた。頭の中は、先ほどの話の内容でいっぱいだった。
セネリオの様子がおかしいとは本当だろうか。
そうだとしたら、何かあったのかもしれない。次顔を合わせた時に様子を伺い、折を見て話を聞いてみようか。しかし、何かあったとしても隠しているようであるならば、むしろ自分は触れない方が良いことなのかもしれない。だが、もし。
先王が急逝した後の、突然の戴冠式。あの時のセネリオの姿が蘇る。あの時のように、彼がもし、辛いことや苦しいこと、何かを隠しているのなら。もし自分が気付いていないだけだとするならば。
そう考えると、ステラの心にちくりと何かが刺さった。
「姫様」
「あ、はい。なんでしょう?」
巡る思考はアイリスに呼ばれて一時的に停止する。ステラは明らかに動揺していた。
「あまり考え過ぎませんように」
そうアイリスに優しく諭されて、少し冷静になる。ステラは一度深呼吸をして、毅然とした足取りで歩を進めた。しかし、その表情は少し硬いままであった。
*
闘技場には多くの人が集った。その全てはヴェルデライト国民だけでなく、異国からの観光客が多勢。国の異なる人間がこれほどまでに集まってくるとは、それだけこの闘技大会は他国からも注目されていることが伺える。
しかし、来ているのはただの観光客だけではない。見定めるような眼をしているのは傭兵団や自警団の人間だ。戦力補充のためのスカウティング目的で来ているのだろう。毎年、腕の立つ者には個別に声をかけてやり取りしている様子を見かける。同じ目的で来ているのは、来賓席に腰かけている各国の騎士団の代表達だ。セネリオ陛下はこの大会において、参加者への自由交渉を許可している。要は、目に留まった人間は交渉が成立すれば戦力として持ち帰ってよい、ということである。勿論、ヴェルデライト国にも自由交渉の権利はある。
結果を残せば賞品を得られ、尚且つ目に留まればその腕を生かした職にもありつける。参加者にとっても良いことだらけのこの大会なだけに、その応募数は毎年数百万を超える。さすがに多すぎるので、ある程度審査を通らなければ参加できない。つまり、審査を通った選りすぐりの兵達が戦うのだ。どの試合も熱い戦いが繰り広げられる。大会自体も見ものである。
「いよいよですね。姫様」
「ええ」
国賓席に座するステラ。傍にいるアイリスの言葉に頷きながらも、なんとなく落ち着かない。少し離れた場所にいるセネリオへ視線をやれば、彼は笑みを携え闘技大会の始まりを待ち構えている。特に体調が悪い様子は見られない。
気にし過ぎだろうか。
先日のヘイガニルの言葉を受けてから数日、注意深くセネリオの様子を伺っていたものの、気になる点は特に見当たらなかった。ひとつ息を吐いて、ステラは気を取り直した。
力強く華やかなトランペットの音が鳴り響く。人々の目が期待で煌めく中、拡声器を通して司会が高らかに宣言する。
「これより、闘技大会の開催を宣言する!」
地に響くような大歓声が沸き起こった。待ち望んでいた、国を挙げての大行事だ。




