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姫様の側近殿  作者: 七夕
側近殿、遠征に行く
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「滞在期間の延長、ですか」

「殿下の指示だ。まあ、今回については俺も賛成している」


 夜。城の厨房を借りた二人、アイリスとアーサーは姫から視察のお土産として賜った果物を切りながら話をする。ちなみに、この果物はタルトにして明日のお茶の時間に姫に食べてもらう予定だ。


「遠征の今後の予定を見ると、そっちの方が問題が起こりそうだ」


 アーサーは、予定されていた一週間を過ぎてもヴェルデライト王国を去ることは無かった。

 滞在延長の理由は、一週間後に迫った闘技大会の開催である。


 国を挙げての大規模な行事だ。各国からも多くの人が集まる。何もないとはもちろん言い切れないので、ステラの身の安全を考慮して守りを固めたいというフォルモンドの意向だった。

 フォルモンドより送られた書簡内容を見てセネリオもそれを了承した。結局アーサーは、姫の遠征終了まで護衛としての滞在が決定された。


「心強いです。よろしくお願いします、アーサー」

「ああ。あと、言っとくけどな」


 果物を切り終わると、アーサーは寝かせていたタルト生地を取り出して、片手の中で遊ばせる。ぽん、ぽんと軽く投げて感触を確かめ、生地がいい具合だと見てまな板へ置いた。生地伸ばし用の棒を手に取ると、その先をびし、とアイリスに向けて口を開く。


「殿下から、『またお前が無茶しないように見張っておけ』っていう指示も出てるんだからな」


 その言葉に、アイリスの目が点になる。


「で、殿下がそんなことを……」

「お前を知る奴全員、お前が無茶しすぎることをよく知ってるからな。自覚がないのはお前だけだ」


 ふん、と鼻を鳴らして呆れたような視線を寄こしてくるアーサーに、アイリスは思わずたじろぐ。前科があるとはいえ、随分な印象を持たれたものだ。アイリスは胸の内で嘆いた。


「もう無茶はしません。大丈夫です」

「間違いなく嘘だな」

「私、そこまで信用無いでしょうか?」

「無いな。この件に限っては、まるで無い」


 生地を伸ばしながらアーサーは断言する。


「お前は姫さんのためなら何でもやるだろ」


 こんなところで寝る間を惜しんで菓子を仕込んだり、髪を切って男装したり、その程度の話をしてるんじゃない。万が一、姫が危険な時にはその身を滅ぼすことも厭わない。側近としてはある意味あるべき姿なのかもしれないが、周りはそれを望んでいない。アイリス本人以外は。


「それについては譲れません」


 案の定、アイリスはきっぱりと言い放った。曇り無き瞳。迷いがない。こういうところが心配なのだ。アーサーはげんなりする。


「馬鹿野郎」

「むぐ」


 げんなりついでに、切った果物の一片を彼女の口に突っ込んだ。突然の事に驚きながらアイリスがアーサーを見やると、どこか諦めたような表情の彼が居た。いいか、と彼が前置きしたので、果物を咀嚼しながらアイリスは静かに言葉を待つ。


「無茶するんなら、そん時は俺も付き合わせろ」


 アイリスは目を見開いた。


「いいな。絶対だぞ」


 そう念を押し、そのまま作業に戻ったアーサーを、しばらくの間ぽかんと見つめる。やがて、小さく笑みをこぼした。理解してくれて尚、心配してくれていることが、アイリスは素直に嬉しかったのである。



 ***



 城下から少し外れたところにある、海の見える小さな丘。そこには小さな教会が建っていて、その大きさに相応しく、裏にはこれまた小さな墓地がある。墓石は指で数える程しかないが、それでも毎日大切に手入れされていることがわかる。

 教会のシスターはすっかり年を重ねている。初めて出会った時よりも細く小さくなった背中に声をかければ、シスターは振り向いてその姿を認めると、それはそれは嬉しそうに破顔した。


「おやおや、お久しぶりですね」

「元気そうだね、シスター」


 銀髪の青年オーウェンは、挨拶もそこそこに、教会の裏の墓地へと歩を進める。手に花を持ち暫く歩くと、とある墓石の前で立ち止まった。


「久しぶり、母さん」


 声をかけて微笑みかける。心地よい風が一瞬通り抜けた。オーウェンは満足そうに目を細めた。

 花を添え、膝をついて静かに祈りを捧げる。



「体の調子はどうですか?」


 墓参りを済ませたところでシスターに声をかけられ、オーウェンは教会でお茶をご馳走になっていた。手作りのクッキーは素朴な味がして懐かしく、昔を少し思い出した。


「相変わらず。薬があれば、何とか平気」

「無理をしてはいけませんよ。貴方のお母様も、心配なさるでしょうからね」

「うん。わかってる」


 オーウェンは幼い頃、訳あってこの教会で過ごしていた。すでに母は死んでしまったので、母の墓と残された息子である彼の面倒を見てもらっていたのもこのシスターだ。心臓の発作は幼い頃から度々発症していたので、それについても彼女はよく知っている。ある程度体が成長して働けるようになったころ、シスターの伝手で町医者の元へ転がり込んだ。オーウェンが健康で過ごせる薬を与えて欲しかった。シスターの願いである。


「俺、今度闘技大会に出るんだ。大丈夫、ちゃんと薬も飲むから」

「でも、万が一胸に一撃でも受けてしまえば、身体は辛いのでは?」

「そこは上手くやるよ。俺、こう見えて結構強いんだぜ?」


 筋肉質の自らの腕を見せてくる。確かに、昔と比べてかなり逞しい体つきになっている。病気を患っているとは思えないほど表情も明るい。


「それに、今回は簡単に負けられないんだ」

「あら、何か理由が?」

「知り合いが見に来るかもしれなくて」


 知り合い、という言葉を彼は使ったが、鋭いシスターはすぐにぴんときた。


「気になる相手が出来たのですね」


 ほほほ、と口元を抑えて笑うシスターを見て、オーウェンは慌てて否定した。しかしその顔はほんのり赤く染まっている。生暖かい視線を受けて、それを誤魔化す様に彼は口を開いた。


「ああ、そうだ!もし優勝して賞金を貰ったら、シスターにやるよ。教会の修繕に充ててくれ。大分ボロくなってきてるだろ?ドアとか、さっき軋んでたぞ」

「まあ、それは頼もしいこと」


 ふふ、と笑みをこぼすシスターは、オーウェンが城下でも元気にやっていることに随分と安心した。闘技大会については少し心配だが、本人なりに上手くやるだろう。幼い頃から手を焼いたが、咄嗟の判断は的確で、頭の回転の良い子供だったのを思い出す。


 教会の建物自体は古くなっていくが、それに伴い少年はすっかり立派な青年へと成長したようだ。シスターは心の中で、彼の母親に伝える。貴女の息子さんは、元気に成長しているようですよ、と。



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