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姫様の側近殿  作者: 七夕
側近殿と日常
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側近殿と王子様


 それは朝食を終えて姫と共に部屋に戻ってから直ぐのことであった。


「失礼するよ」


 姫の部屋の扉が叩かれ、現れたのはフォルモンド王子だ。朝からの王子の登場に驚きながらも、ステラは嬉しそうにその顔を綻ばせた。


「お兄様!」

「おはようステラ。今日も可愛らしいね」


 駆け寄って来た妹を見て微笑む王子は今日も美しい。給仕の女性など王子に魅了されて頬を赤らませている。朝からお目に掛れるとは思っていなかったのだろう、騎士たちも驚きながらも姿勢を正した。


「アイリスもおはよう」

「おはようございます。殿下」


 王子の高貴な雰囲気やその美貌に宛てられても普段通り誠実に振る舞うことが出来るのは、もう慣れてしまったアイリスのみである。彼女の変わらない態度を彼は気に入っており、満足そうに微笑む王子であった。


「お兄様、その花束はどうしたのです?」


 彼の手元に気付いたステラが、不思議そうにそれを覗き込んだ。見ると、ピンク色の可憐な花で作られた可愛らしい花束と、淡い黄色の花で作られた花束の二つが彼の腕の中にある。


「ああ。こないだの茶会の礼にと思ってね。急に飛入り参加したから」

「まあ!」

「可愛い君との時間は有意義だったよ。ありがとうステラ」


 にこりと微笑んでピンクの花束を姫に差し出し、それから小さな彼女の手の甲に口づけた。礼を示すそのやりとりは一般的であるが、姫と王子が取り行うとなんとも神聖で、画になる光景だった。給仕も騎士たちも二人のやり取りに見惚れている。


「ありがとうお兄様!うれしいわ!」

「どういたしまして」


 受け取った姫は目を輝かせ、頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。

 花も良いが、やはり姫の笑顔が一番だ。どんな花の前でも霞んでしまいそうな満面の笑顔を見てそう思ってしまうのは、微笑ましくその光景を見守っている側近の彼女だけではないだろう。


「アイリス」


 微笑ましい光景に和んでいる中呼ばれてはっと我に返る。すぐさま姿勢を正して王子に向き直ると、彼はもう一つの花束を彼女に向けて差し出していた。


「君にはこれを」


 目の前の広がる優しい黄色に驚きながら、慌てて側近の彼女は頭を振る。


「そんな、私などにそのような、い、戴けません」

「そんなことはない。無理を言ったにも拘わらず、君は場を整えてくれただろう」

「使える者としては当然のことでございます」

「それでも私は君に受け取ってもらいたい」


 にっこりとした笑顔はとても美しく素敵なのだが、何故だかどこか断れない圧力を感じる。しかし、側近の彼女は受け取るわけにはいかなかった。

 王子からの贈り物を女性が受け取ることは、それなりに意味をもたらす。姫は王子にとって妹だからいいが、アイリスはそうではない。そして、王子には伴侶がいない。ともすれば、贈り物の意味は普通よりも深いものになるというのに。

 王子もそのことについては重々理解しているはず。なのになぜ、自分に贈り物をして下さるのか。アイリスにはわからなかった。


「君に似合う色の花を選んできた。日頃の礼も含めて、君には感謝しているんだ。受け取ってはくれないだろうか」


 今度は寂しげな笑みを浮かべて、彼女を見つめる。なんとも儚げで憂いを帯びた微笑みなのかと、給仕たちはほう、と溜め息を吐いた。騎士たちもごくりと息を吞む。

 これは絶対に受け取らねばならない雰囲気だ。逆に考えて、王子からの、しかも手渡しの贈り物を受け取らないのも不敬と取られるのではないか。

 追い込まれた側近の彼女は、暫しの間の後、おそるおそる両手で花束を受け取るに至った。


「……勿体無きお言葉です。誠に光栄で御座います」


 深々と頭を下げた彼女を見て、ふっと笑みをこぼすと、何を思ったか王子は彼女の片手を掬いあげるように手に取った。

 その動きに気を取られているうちに手の甲に柔らかい感触が宿る。思わず、目を見開いた。

 彼女の手の甲に王子が口づけている。


「どういたしまして」


 唇を離された瞬間上目遣いの王子と眼が合った。どこか色気を感じるとろける様なその視線に、流石のアイリスも頬を染めた。

 ただの貴族のやり取りなのだが、今まで側近として剣を振ってきり、むしろやり取りを見守る様な立場だった彼女は、女性として扱われた経験が少ない。そのために、こうした慣れていないやり取りには機微に反応してしまう。


 王子の手が離れ、その温もりが離れた時はっと我に返る。扉を見れば王子の側近であるオルトレンが立っていた。迎えに来たのだろう。


「それでは、時間を取らせたね。これで失礼するよ」

「お仕事しっかりね!お兄様!」

「ああ。アイリスも、またね」

「は、はい。いってらっしゃいませ」


 花束を抱えながら礼を取り、その背を見送る。

 王子たちが去り、扉が閉じられた音を聞いて、側近の彼女はようやく頭を上げた。


「よかったですね、アイリス!」

「……よろしかったのでしょうか。私などが、このようなものを戴いてしまって」

「日頃のお礼って言ってたじゃない。貰っておきなさいよ。お部屋に飾ったら、きっと素敵になるわ!」

「……はい。そうですね」


 姫に説得されて、ようやく側近の彼女は花束を受け取ることを受け入れた。腕の中を見やれば、優しい淡い色の黄色が、派手すぎず、穏やかに咲き誇っている。


 ――君に似合う色の花を選んできた。


 そう言った王子の言葉がよみがえってくる。


(こんな私に、花を贈ってくれる方がいたなんて……)


 しかも相手はあの王子だ。感謝の気持ちが込められた花束は彼女にとってとても貴重なものだ。ありがたい、という思いが溢れて、自然と笑みが浮かぶ。


 部屋に戻ったら早速飾ろうと思い、丁度いい花瓶はあったか、自室の棚の中身を思い出すアイリスであった。



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