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姫様の側近殿  作者: 七夕
側近殿、遠征に行く
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 ラザフォードを出発してから早二日。ステラ姫一行は今、ヴェルデライトへ向かう船の上にいる。

 出発した頃には厚手のコートに革のブーツ等といった冬の装いをしていたが、今の姫は半袖で膝丈まである白いワンピースにショートブーツといった、風通しの良い装いへと着替えていた。ヴェルデライトに近づくにつれて気候は変動し、今いる海上の気温は潮風はあれど初夏ほどの暑さといえよう。


「海というものは、いつ見ても綺麗ね」


 船の甲板にて、吹き抜ける潮風に髪を揺らされ気持ちよさそうに姫が目を細めた。見つめる先の海と同じ色をした瞳は、輝きを発する水面と同じくらい煌めきに満ちている。少し前までは幼い少女の印象が強かったが、今の姫はどこか落ち着いた大人の魅力があって、側近のアイリスは思わず見惚れてしまった。


「海も綺麗ですが、姫様もお美しいです」


 思った事を素直に述べれば、姫が呆気にとられた様な表情でアイリスを見た。その後、頬を赤く染めて俯いた姫が困った様に言う。


「今の貴女にそれを言われると、勘違いしそうでとても困るわ。アイリス」


 はて、と不思議そうに首を傾げるアイリスの格好を今一度姫は眺めた。

 白いシャツに包まれた身体に女性らしい起伏は見られない。帯剣をした腰は細いが、下肢はズボンとブーツを纏っている。細身の体を隠す様に羽織られた大振りのショールは男性向きのデザインだ。おまけにさらりと揺れる髪は毛先が頬を掠めるほどの短さしかなく、元々中性寄りの顔立ちなため、彼女を女性と断定することは既知の者でなければ難しいだろう。

 何が言いたいかというと、つまりアイリスは今、世間の男性と同じ装いをしている。いうところの男装・・である。


「そこらの騎士より素敵よ。複雑だけれど」

「どんな姿であろうと、姫様を御守り出来る事はとても光栄です」

「……本当に、複雑だわ」


 頬杖を吐いて溜息を零した姫の気持ちに、周りについていた侍女たちも密かに同情していた。彼女の言葉は全て本心なのだろうが、口説き文句にも聞こえてくる。性別が違えば、の話だが。

 それにしても様になるのだから、主である姫としては心の底から複雑だ。アイリスがもし男性なら周りの侍女は黙っておらず、なお且つ姫はアイリスと恋に落ち、王道よろしく身分違いの恋愛なんていうものも実在しただろう。そんな事を考えては、小説の読み過ぎだと無理矢理自己嫌悪した。本当に彼女が男性に見えて来て恋に落ちては元も子もないからである。


「護衛のためとはいえ、男装なんて。アイリスにはこの間城下で買ったワンピースを着て欲しかったわ。折角の海なのだし」

「姫様、これは遠征ですよ」


 旅行気分なのではと捉えられる発言を柔らかく咎めれば、姫は「分かっているわ」と眉尻を下げた。ちなみに城下で買ったワンピースというのは、紺の地に白い花を散りばめた、落ち着いた彼女にぴったりの形のものである。白いワンピースを着た自分と並んで海を眺めたかったなと密かに思っていたが、それはまた別の機会になりそうだ。


「たっぷりと勉強したんだもの。今年もきっと、実りある一ヶ月にしてみせます」

「はい、姫様」


 笑みを浮かべた姫の言葉に、アイリスもまた頷いた。

 


 ***



 ヴェルデライト王国の国旗は青と緑が半分ずつ染められた地に、銀のダイヤが中央に描かれている。青は海、緑は自然豊かな大地、そして銀のダイヤはヴェルデライトを建国した古来民族――いわば王族の血統を示している。何故銀色なのかといえば、彼らの髪が銀色だからだ。ダイヤは『失われることのない輝き』を意味しており、国家繁栄の象徴とされている。

 青空にはためく御旗は、まさにヴェルデライトの国旗。

 とうとうステラ姫一行は、遠征先であるヴェルデライト王国へ辿りついたのであった。


「――ラザフォード王国第一王女、ステラ=ルクス=ラザフォードです。昨年に引き続き今年もお招き頂いたことに、国を代表して感謝申し上げます」


 すっと腰を折り、柔らかな声で述べるステラを出迎えたのは、若き青年の明るい声だった。


「遠路はるばる御苦労であった。ようこそ、ヴェルデライトへ。国を挙げて歓迎する」


 謁見の間にて、そう言い終えるなり王座からひょいと飛び降り駆けだす影。その行動は普通なら咎められるべきなのだが、この二人に至っては別である。

 顔を上げたステラ姫の目前まで来ると、彼は腕を広げ笑顔を見せた。


「久しぶり、ステラ。随分と綺麗になったな。会えて嬉しい」


 抱擁を交わし頬と頬を合わせるのがこの国の挨拶。それを嫌がることなく笑顔で受け入れると、ステラ姫も嬉しそうに返した。


「セネリオ陛下も随分と逞しくなられて驚きました。私もお会いできて嬉しいです」

「ちがうだろ、ステラ。よそよそしいのは嫌だ」


 不服そうに眉間に皺を寄せた表情に、ステラ姫はつい笑ってしまった。


「ごめんなさい、セネル。会えて嬉しいわ」


 そう言えば彼の表情は緩み、嬉しそうに微笑んだ。


「うん、俺も嬉しい。ずっと待ってたんだ」


 彼こそ、ヴェルデライト王国の若き王――セネリオ=レジェル=ヴェルデライト。

 ステラ姫の婚約者候補である。



 *



 その晩。ヴェルデライトでは歓迎の宴が開かれた。

 特産物の果実を使った酒や海で獲れた新鮮な魚介を使った料理。流れる音楽は金管楽器ではなく打楽器や木管楽器が主流で、魅惑的なダンスが目の前で披露された。城内の装飾は色鮮やかな刺繍に潮風に当てられても錆びぬ金属や、貝殻や珊瑚を使ったものがあちこちに見られた。来賓や騎士、侍女たちが身に纏う服装はこの地の気候を考えてからか、どれも素肌の見える風通しの良いつくりをしている。人々の肌は全て褐色で、色白なのはラザフォードから来たステラ姫一行だけである。


「やはりヴェルデライトは華やかね。見ていて爽快だわ」

「はい。文化一つとっても、生命力の強さを感じます」

「ステラ」


 傍に控えるアイリスとの会話を楽しんでいる最中、セネリオ陛下が歩み寄って手を差し出してきた。ダンスの誘いである。


「一曲どうだ?」

「はい、セネル。喜んで」


 笑顔でスカートを翻しセネリオ陛下の元へ向かった姫の背中を、微笑ましい気持ちで見送る。しかし、アイリスはすぐに気を引き締めた。


 全てラザフォードとは異なる。ここは異国、海と太陽の地。

 ここで過ごす一ヶ月間、アイリスは姫を守り抜かなければならないのだ。



 

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