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姫様の側近殿  作者: 七夕
側近殿と日常
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側近殿と伝令役、木の上と通路にて

前の話の続きです。


 今回わざわざ姫の部屋で茶会などに誘ったのは、これが理由か。通路を歩きながら先程の王子とのやりとりを思い返し、アーサーは一本取られたとばかりに溜め息を吐く。


(あれだけ仕事を大量に寄越した揚句、あの王子は……!)


 まったく性質が悪い。あそこまでしなくてもいいじゃないかと内心で文句をぶつける。よりにもよって、彼女の前で。きっと聡い彼女なら、王子と自分の会話が意味する内容を悟ったにちがいない。

 何より心の奥底で一番感じていたことにむしゃくしゃして、アーサーは思いっきり頭を掻き毟りたい思いでいっぱいだった。


(ああ、もう)


 憂さ晴らしに通路の手すりに足をかけ、外の木の枝に飛び移る。

 アーサーの部屋は四階にある。ここは五階だが、階段まではここからだと随分遠い。身軽なアーサーは面倒を省くため、木に飛び移って移動することが多いのだ。


 だが、下の階に移ろうと枝に手をかけ、足を下に降ろそうとしたその時。思わぬ声がかかった。


「伝令殿、何をしてらっしゃるのですか」


 この澄んだ声が耳に届くと、どうしても身体は反応してしまう。動きを止め枝の上から声のした方へと顔を向ければ、先程まで姫の部屋にいた筈の彼女が、手すりから身を出してこちらを覗っている姿が目に飛び込む。


「ああ?お前こそどうしてここに。姫さんの給仕はどうした」

「湯が無くなったので、厨房まで取りにいくところです」


 彼女の背後にはポットを積んだ台車がある。なるほど、と思っていると「それで、何故木の枝にいらっしゃるのですか」と話を元に戻された。


「部屋に戻るのに、こっちの方が早いからだよ」

「はあ。危なくはないのでしょうか」

「俺は平気なんだよ。お前だって出来なくはねーだろ」


 アーサーの言葉に彼女は「やったことなどありません」と短く返すのみだった。ということは、彼女もやろうと思えば出来るということだ。否定しないところがなんとも素直である。


 それに、城内で働く者にとって「品がない」と怒られるような行動だ。木を飛び移るなど野蛮な猿と罵られてもおかしくない。

 しかし、彼女はアーサーの身を案じるだけでそれを咎めない。こないだの屋根上での昼寝だって、王子に呼ばれているとアーサーを起こしに来ただけでその行動を非難することもなかった。

 不思議な人間だ。城内に居る者にしては。


(――しまった。そうだった)


 そこまで考えると、アーサーはこないだの別れ際、彼女に悪い態度をとったことを思い出した。一瞬だが触れられて動揺したために、おざなりな態度をとってしまった。今まで王子への不満で忘れていたが、あれからしばらく気まずい思いを抱いていたのだ。

 謝るにも自分の気にしすぎなだけかもしれない。しかし彼女があの時不快に思ったのなら、申し訳ないことをしたと謝りたい。幸いこの場に王子はいないのだ。行動に移すなら今しかないだろう。


「アイリス」


 切羽詰まったように名を呼ぶと、とても驚いたように目を丸くした。しかし、気まずさを解消したい思いで頭がいっぱいの彼の中に、彼女のそんな様子に気付く余裕は存在していなかった。


「あの時は、悪かった。その、変な態度をとって」

「……伝令殿」


 あの時、というのがいつなのか彼女には伝わったようだ。


「私こそ、失礼な態度を取ってしまいました。申し訳ありません」

「いや……」


 頭を下げた彼女は顔を上げて、そして、ほっとしたように微笑んだ。その反応を見て気付く。どうやら彼女はあの時の事を気にしていたのだと。


(……正解だったな)


 謝罪を口にしてよかった、とアーサーも内心で安堵した。彼女との関係を悪くしたくないからだ。そう思うのは何故なのか、うっすらと理解しているようで、彼はまだ気付かない。


「……俺はもう行く」

「はい」


 ぺこりと頭を下げた彼女を背に、再び枝に足をかけた。


「お怪我なさいませんよう」


 そう声を掛けられて「ああ」と短く答えるのみに留め、アーサーは枝を蹴った。

 やはり彼女は、その行動を咎めなかった。





 人影のなくなった木の枝の揺れる様を見ながら、彼女は思う。


(名前で呼ばれたのは、初めてだわ)


 じんわりと胸に残る温かさを感じながら、彼女は踵を返し、厨房へと向かったのであった。




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