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姫様の側近殿  作者: 七夕
側近殿と日常
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側近殿、王子様と姫様と伝令役と茶会


 昼下がり。城内を歩いていると、向こうの方から歩く人影が目についた。数人を引き連れるその姿と身に纏う服装、彼女の主と同じ色をした金の髪を見ればそれが誰なのかすぐにわかる。アイリスは歩みを止め、通路の脇に頭を垂れて控えた。

 その人物は彼女に気付くなり、目の前まで歩み寄ると足を止めた。


「やあ、アイリス」

「御公務お疲れ様でございます。殿下」


 許可をもらい面を上げると目に入るのは、ステラ姫と同じ色をした髪と瞳。高貴な服に身を包み、美しい顔立ちをした品のある青年の姿。その微笑みは慈しみに溢れている。

 彼はステラの兄であり、そして、ラザフォード王国の次期王位後継者のフォルモンド王子である。


「伝令殿も、お勤め御苦労様でございます」

「ああ。お前もな」


 後ろに控えていたアーサーにももちろん気付いていた彼女はぺこりと頭を下げた。アーサーがどこか気まずそうにしているのは、先日サボりの現場を発見されたことを思い出しているからだろうか。

 そのことについてあえて触れようとは思っていないが、彼女からしたら、あの時の別れ際における彼の様子の方が気になっていた。


(声を掛けずに触れてしまったこと、怒ってらっしゃるのだろうか)


 髪に付いていた落ち葉を取ろうと咄嗟に触れたのがいけなかったのだろう。王子付きの伝令役の彼に簡単に触れるなど、失礼にもほどがあったに違いない。

 あとで謝らなければ、と彼女が心に決めた時、不思議そうにしていた王子が彼女に問いかけた。


「ステラはどうしたんだい?」

「はっ。只今は国史学の授業を受けておられます。もうすぐ休憩のお時間ですので騎士の方に護衛をお任せし、私は一時お傍を離れさせて頂き、これから準備をして参るところです」


 厨房にいけば休憩用の茶と菓子が既に用意されているはずだ、と今朝給仕と打ち合わせていた内容を思い出す。姫の授業の間は、給仕たちも他の仕事があるとのことで、休憩の茶の用意は側近である彼女が行っていた。本来であればこれも給仕がすべき仕事なのだが、彼女たちの仕事の多さを理解しているアイリスは快く引き受けたのである。


「そうか……なら、私もご一緒させてもらおうかな」

「殿下もご一緒に?では、少々お時間を頂けますでしょうか。十分に準備を整えて」

「構わないよ。久しぶりに妹との会話を楽しめればそれでいいんだ。それに」


 王子はチラリと背後に控えるアーサーを見やる。


「あまり堅苦しいのは苦手でね」


 どこがだ、と内心で悪態を吐くアーサーだが、こないだのサボりの件を暗に言われているのがわかると何も言えない。どこか楽しそうな笑顔を浮かべる王子の姿に、ばつの悪そうな表情を返すしかできなかった。




***




「暫く見ないうちに美しくなったね、ステラ。勉強の方も頑張っているみたいだし、大きくなったら聡明で可憐な淑女になるだろう」

「お兄様こそ、逞しくなられたわ。これならお父様も安心なさるでしょう。国の未来もきっと明るいに違いありません」


 姫の部屋で、穏やかで可愛らしい笑い声の中、王子と姫の茶会は和やかに行われている。

 しかしそこに漂う雰囲気は高貴で優雅、非常に品がある。護衛の騎士もまさかフォルモンド王子がやってくるとは思っていなかったのか、緊張した面持ちで護衛にあたっている。その様子を見て、彼女はお茶のおかわりの用意をしながら内心で苦笑した。


「アイリス。おかわりなんて私たち自分でやるわ。それよりも、貴女もこっちに座って下さいな」

「いえ、私はここで」

「そうだよアイリス。こちらへおいで。アーサーもどうだい?」

「私も結構です。お構いなく」


 深々と頭を下げる二人に、姫と王子は同じ反応を示した。流石は血のつながった兄妹である。


「つれない従者だなあ。私は寂しいよ、アーサー。君とは仲良くなれると思っているのだが」

「私も寂しいです。アイリスは真面目すぎます。たまには私たちと仲良くお喋りしてほしいのに!」

「お互い苦労するね、ステラ」

「心を開いてくれるまで頑張りましょうね、お兄様」


 目を合わせて頷き合うこの兄妹は、とにかく仲が良い。気が合うというか、同じ思いをしているというか。なんにせよ良いことだと側近の彼女は思う。それに、二人とも立場に拘わらず誰とでも親しく接して下さるのだ。

 ただ、心を砕きすぎて立場や身分が曖昧になってはならないと、こちらが距離を測るよう側近の彼女は努めている。彼女は王国の姫。彼は王位継承者なのだから。


「殿下、私は仕事があるのでこれで。後でオルトレンを寄越します」


 その時、突然アーサーが立ち上がる。彼はそう言葉を残し、姫と殿下に一礼してこの場を去ろうと踵を返した。

彼の突然の行動に姫と側近の彼女は驚いて暫し反応できないが、王子の声が彼の動きを止める。


「アーサー。私は時に息抜きも必要だと思うから、折角こうして教えてあげているのに」

「……それは厭味にしか聞こえませんが」

「なら、次から君を探す時にはアイリスに頼もうか。彼女は私が知らない君の事を知っているようだから」


 不敵な笑みを浮かべる王子の言葉に、一瞬アーサーの肩がぴくりと震えた。それから思わずアイリスの方を見ると、彼女と眼が合ってしまった。さっと視線を逸らす。


「関係ないでしょう。それに、側近殿は姫の護衛がある」

「余計な手間を取らせたくないと?」

「わかっているのなら……」

「仕事を抜け出すような事はあまりしないように、だろう?」


 まるで自分を戒めるような王子の物言いであるが、その言葉の真の意味はアーサーだけに伝わる。サボり癖のある彼に対して、そのままそっくり返す、ということだろう。


「とにかく、これで私は失礼します」


 唸るような声色でそう言うと、アーサーは心なしか荒々しい歩調で部屋を出て行った。




***




 彼を見送った後、くっくっくと笑みをこぼしたのは王子であった。


「いじめすぎたかな。ああ、面白い」

「お兄様。趣味が悪いです」


 何があったのかは知らないが、姫の咎める言葉に「ごめんごめん」と返しながらも王子は笑い続けている。そんな光景はもう見慣れたものであった。

 フォルモンド王子は実に頭が切れる。その半面、少し意地わる好きなところがあるのだ。よく従者や騎士をからかっては反応を楽しんでいる。まるで手のひらの上で転がすことを好んでいるかのように。


「アーサーは少し変わっているだけあって、からかうのは楽しいんだ」


 おまけに変わり者好きときている。彼の周りは人としての道理を外さずとも、一風変わった人間が多いのだ。そんな変わり者たちも、なんだかんだで王子の下に就いているのだから凄い。それだけフォルモンド王子は人を惹きつける才能がある、ということなのだろう。


「アイリスも。あの時、よくアーサーを僕のところへ連れ戻すことが出来たよね。大したもんだよ。他の者だったら逃げだしているのに」

「そうなのですか?」

「ああ。言うことを素直に聞くような男じゃないんだ。アイリスの事は認めているのかな?」


 一体何をしたんだい?と問われるが、何か特別なことをした記憶は無い。アイリスは首を傾げて「心当たりがございません」としか返せなかった。それを聞いて「そうなのか。面白いね」と含んだ笑みで王子は呟く。


 そこで、ポットの中の湯が足りなくなってきたことに気付いた側近の彼女は、お代わりを用意するために二人に声をかけた。


「殿下、姫様。湯が無くなりましたので、厨房へ取って参ります」


 そう許可を取り、護衛は騎士たちにお願いすることにして、部屋を出た。部屋を出る際に騎士たちの表情が強張ったことに申し訳なく感じたが、任務を全うしてもらうしかない。




「参ったな」

「どうしたのです?お兄様」


 アイリスが部屋を出た後、王子がぽつりと呟いた。


「アイリスの魅力に気付いた男が増えてしまったなと、思ってね」


 うかうかしていられないな、と。そう口にした王子の笑顔は、どこか楽しそうであった。




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