側近殿と魔術師、夜明けの星 3
時間を空けて連続更新しております。御面倒お掛けしますが宜しくお願い致します。
六つ目の花束が届いたその日の朝。
届いたのは、花束だけではなかった。
朝、目を覚ましてベッドの上で伸びをしてから降り、寝起きの眼をこすりながらカーテンを開けたところでアイリスは絶句した。
「……」
視界に飛び込んできたのは朝陽に照らされて少し明るさを帯びている青い髪と、こちらを見つめる金色の瞳。それから、手元にある橙色の小さな花束だった。
『おはようございます』
「……お、はよう、ございます」
驚きで固まる口をやっとのことで動かして返すアイリスを、魔術師は上から下へ視線を巡らせて眺めた。きっちりした身なりの彼女しか見た事が無かった彼からしたら、寝間着姿は珍しく映ったので、たとえ失礼な行動であってもそれは素直な反応だった。
対してアイリスは我に返るとかっと頬を赤く染め上げ、慌てて一気にカーテンを閉めた。こういう時ほど驚きすぎて悲鳴は引っ込むもので、無言でクローゼットから羽織り物を引っ張り出す。顔を洗い、急いで寝癖の付いた髪を梳かした。その拍子にベッドに足の小指をぶつけたり、転びそうになったりと、カーテンを閉めていなければ非常に間の抜けた光景が彼の眼に映った事だろう。しかしとんだドタバタ劇である。
『アイリスさん』
「ひゃい!」
おまけに変な声が出る始末。姫付き側近の面目丸潰れである。元々、魔術師の彼にはみっともないところしか見せていないのだが。
『すみません。突然で慌てさせてしまいました』
「い、いえ、気にしないで下さい……」
『そうですか。では、入りますよ』
すると、閉じていた筈のカーテンがシャッと音を立てて勝手に開いた。おまけに窓の鍵も勝手に外れ、彼が部屋の中へと入って来たのである。
なんという不法侵入だろうか。またもやアイリスは絶句した。
そういえば彼は魔法というものが使えたのであった。有事にその力を発揮するのだとばかり想像していたので、こんな使い方をするところなど見たくなかったのが本音である。
(魔術師というのは、私たちとは多少価値観が違うものなのかしら)
思えば彼に関わる人物は王と王妃、それから次期後継者くらいなのだ。すると、人としてのまともな価値観など露にもないのかもしれない。
ぐるぐるとアイリスが思考を巡らせている間、魔術師はきょろきょろと室内を見渡していた。起き抜けのベッドがひとつ。クローゼットがひとつ。小さな椅子の付いたテーブルがひとつ。簡易のキッチンがひとつ。派手なものは置いておらず、非常にシンプルなインテリアばかりではあるが、彩と言えばテーブルの上の花瓶に挿してある花くらいであった。昨日の朝に、自分が送った花だ。
それを見つけて思わず目を細めた。きちんと活けてくれているのだとわかって、温かいものが込み上げてくる。それは、とても心地よいものであった。
『捨てられているかもしれないと、思っていました』
「え……?」
『今日は、この花を』
手に持っていた橙色の小さな花束を差し出される。アイリスにしたら、六つ目の花束だった。毎朝の花束の差出人が、彼であった事がそこでようやく判明した。
『それから、』
そう言うと、魔術師は目を閉じて両掌に魔力を集中させた。途端、淡い光が手に宿り、だんだんと強くなっていく。アイリスは思わず目を閉じた。
しゃらり、と胸元に何かがかけられた感触がした。
そっと目を開けると、先程より近くに魔術師の顔があって思わず顔をのけぞった。そんなアイリスに構わず、すっと鎖骨辺りに指を伸ばして魔術師はそれに触れた。
『これを、貴女に』
アイリスの首に掛けられたのは、小さな石の付いたネックレスだった。
花と同じ淡い橙色に光る石は透き通っており、窓から差し込んでくる朝陽に照らされてきらりと輝いていた。それはどこか金色にも見えるくらいよく映えていて、不思議な光を放っていた。
『私の魔力を込めた石です』
「あ、りがとう、ございます。ですが、何故このようなものを?」
それに、今までの花束も。
そう問われ、魔術師は直ぐに答える事が出来なかった。
『……確かに、何故でしょう?』
首を傾げる魔術師に虚を突かれ、アイリスの目が点になる。
暫く沈黙が続いた。
その間、徐々に冷静になったアイリスが、これまた至極冷静に分析すると、ネックレスを贈った理由は何なのか魔術師本人もよくわかっていない様子だということが判明した。
魔術師もまた、同じ答えに辿りついた。だからこそ、正直に心のままを彼女に伝えることにした。
『夜明け頃に会ったあの日から、離れませんでした。……貴女が、苦しそうに笑っていた姿が』
「!」
『どうしたら、苦しくなくなるだろうと。貴女を苦しめるものが何なのか分からない私が考え、思いついたのが花を贈る事でした。苦しめるものが何かある時は、その石が貴女を守るように、と』
浅はかな考えだったかもしれないが、彼なりに必死に考えた結果であった。
『なんだか』
ぽつりと言った後、すっと手が伸びて彼女の頭を撫で始めた。先日の夜明けの時に既にされたことがあるからか、それとも寝起きの時間で上手く頭が働いていないからか、アイリスは自然とそれを受け入れてしまう。
じっと、互いを見つめあった。
『……そう、なんだか』
ぽん、ぽん、と。非常にゆっくりとしたリズムで撫で続ける手をそのままに、彼は言う。
『貴女のことが、とても気になるのです』
――それから直ぐ、「部屋に戻る」と言って魔術師は姿を消した。
しれっと口にした彼の言葉に呆気にとられたアイリスは、彼の一言がどういう意味だったのか、一日悩まされることになる。
翌日からも、朝の花束のプレゼントは毎日続いた。おかげでアイリスの部屋には毎日様々な彩りが添えられることとなった。ちなみにネックレスは、不思議なことに外れない仕組みになっているようで、それを目ざとく見つけた姫に問い詰められ、からかわれる事になったのはまた別の話である。
やがて少しずつアイリスの心は穏やかになっていき、少なくなりがちであった笑顔も増えていった。それを喜ぶかのように胸元の石が微かに光った事には、誰も気付かなかった。
魔術師のターンはこれで一旦終了です。
一般常識なんて彼には通用せんので、突拍子もない事をたまにしちゃうらしいです。アイリスさんの無防備さも問題ですけど(朝限定)
魔術師とのお話は、ゆったりしたものにしたいと思っています。




