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姫様の側近殿  作者: 七夕
側近殿と日常
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側近殿と騎士様、訓練場にて


 夜の訓練場は人気が少ない。特に、皆が床に就くような今の時間は全く人がいなかった。

 その時間帯を狙い、フレントールは素振りを毎晩欠かさず行っている。彼にとって最早それは日課となっていた。


(姫様の護衛、何事も起こらず良かったな)


 今夜もその日課をこなそうと訓練場に足を運んでいる途中、先日の任務を思い出す。ステラ姫の護衛を担ったあの日は特に事故と言う事故も起こらず、無事に一日を終えた。何が起きても対応できるよう常に気を張っていたが、何事もないのが一番である。フレント―ルはほっとして、その日の任務を終えたことを思い起こした。


 だが、思い出したのは任務の事だけではない。フレント―ルの脳裏に浮かぶのは、あの美しい横顔だ。


(姫様の側近殿が、まさか、女性だったとは。驚いたな)


 黒髪を纏めた一人の女性。たしか、名をアイリスといったか。恐らくフレント―ルと同じくらいの年齢だろう。あの若さで姫様の側近を任されているということは、それだけ腕の立つ者だと予想が着く。

 しかし、注目すべきはそこだけではなかった。


(なんというか……とても、美しい女性ひとだった)


 あまり自ら言葉を発しはしないようだが、あの口から零れる澄んだ声には聴く者をはっとさせるものがある。また、特別美人なわけではないが整った顔立ちに落とされる長い睫毛が生み出す影は印象に残っていた。なによりもあの流れるような所作は目を惹く。

 フレント―ルが感じた美しさは、彼女の持つ雰囲気から醸し出されたものである。内から滲み出るように微かで、気付いた者しか感じ取れないような。

 なんにせよ。心に残る人であった。




***




 思いを巡らせているうちに訓練場に到着した。今まで考えていたことを振り払うように表情を引き締める。剣の柄を握りしめ、イメージするのはこの国を脅かす脅威。それらから民を守る。そのための剣である、と。


 しかし、思わぬことが起こった。訓練場から剣を奮う音が聞こえてきたのである。ぶつかり合うような音ではなく、空を切る音だ。誰かが素振りをしているようだ。


「先客か。珍しいな……」


 一体誰なのだろう。自分の知っている騎士だろうか。フレント―ルは静かに中を覗いてみると、月明かりの中で剣を奮う影がひとつだけあったのを見つけた。


(あれは……)


 思わず目を見開いたのも無理は無かった。

 その影の正体は、先程まで彼の脳内に居座っていた、彼女だったのだから。


 一振りの細めの刃をもつ剣を手に、流れるように奮う。その動きに合わせて月明かりの中で影が動く。流れる汗が一筋きらりと輝きを放ち、それでいて空を切る音はどこか厳かで強い。

 まるで、舞を見ているようだ。彼女の剣を奮う姿からフレント―ルは目が離せなかった。


「どなたです?」


 暫しの間見つめていると、澄んだ声がこちらに届いた。それを皮切りに我に返ったフレント―ルに瞳が向けられる。闇の中で煌めくその瞳に射抜かれ、フレント―ルはごくりと喉を鳴らし、さっと片膝を着いた。


「き、騎士団第一部隊の、フレント―ルです!」

「第一部隊……?」

「この度は、か、勝手にこのような……覗き見るようなことをしてしまい、大変失礼を致しました!」


 見惚れていたとはいえ、人の訓練を覗き見るようなことをしてしまい、フレント―ルは内心焦燥した。すぐに謝罪を述べたが、それで済まされる様なことではない。本人は大層気分を害したに違いないのだから。

しかし、その予想を反した言葉がフレントールの耳に届いた。


「騎士様が私などに膝を着かれてはなりません!」


 盗み見について怒られるかと本気で思ったフレントールの予想に反し、咎められたのは全く別の内容であった。

 目の前に影が落ちたかと思えば、それはさっと小さくなった。何事かと顔を上げれば、目に飛び込んできた光景は、彼女が片膝を着き、頭を垂れている姿であった。


「なっ、なにを」

「どうぞ面をお上げ下さい騎士様。それから、勝手に訓練場に入り込んだこと、どうかお許し下さい」


 小さく小さく身を縮め片膝を着く彼女を呆然と見詰めた。どうやら彼女は自分に非があるとばかりに頭を垂れているようで、さらには騎士である自分を上に見ているようだ。無礼であったとばかりの思いが伝わってくる。

 フレント―ルは困惑した。悪いのはどう考えても人の訓練を覗き見ていた自分である。それなのに何故彼女が謝らなければならないのか。それにこの反応。姫の側近である彼女が何故、騎士である自分を上に見ているのか。わからないことばかりである。


「側近殿。悪いのは私です。貴女が訓練しているところを黙って見てしまったのですから。側近殿が謝る様なことは何一つありません。それに私は一介の騎士です。膝を着かれるような立場では……」

「いいえ。騎士様が訓練する場を私などが使って良いはずがありませんでした。直ぐに立ち去ります。二度と使わないと約束します。ですから、どうかお許し下さい」


 何を言っても聞かないようだ。しかし、フレント―ルもここは譲れない。彼は、物事は正しい考えの下進むべきだと、そう考える真面目な青年なのだから。


「謝らないで下さい!貴女が使ってはいけない場所ではありません。ここは強くなりたい者が己を磨く場所です。騎士だけのものというわけでは……」

「いいえ!私が身の程を考えず使って良い場所ではないはずです。直ぐに立ち去ります。ですからどうか……」

「待って下さい!」


 フレント―ルは思わず彼女の手をとり声を張り上げた。「立ち去る」という彼女の言葉に反応して、思わず身体が動いてしまったのだ。

 驚いて顔を上げた彼女の瞳と眼が合う。しかも、お互い片膝を着いている状態なので微妙に距離が近い。整った顔が、すぐ目の前にあった。


「あ……」


 かっと頬が熱くなる。それからはっとして、掴んでしまった彼女の手を咄嗟に離した。気まずさに思わず目を逸らす彼を、彼女は呆然と見詰める。


「そ、その!すいません……」


 女性の身体に勝手に触れるなど、騎士にあるまじき行為である。そのことについて謝罪をするが、目の前の彼女は呆然とするだけで、何も反応が帰って来ない。まるで固まってしまったかのように。頭を垂れながら、今度こそやってしまった、とフレントールは自分の愚かさを深く悔いた。


「どうか、顔を上げて下さい」


 暫くの間の後。降りかかる声は穏やかであった。責められてもおかしくないことを彼はしたのにも拘わらずである。

 ゆっくりと、恐る恐る顔を上げると、彼女はどこか戸惑ったような表情で視線を下に向けていた。フレントールに触れられた手を抱きこむようにして。


「……私に頭を下げてくれた騎士様は、貴方が初めてです」

「え……?」

「他の騎士様は、貴方のようではなく、皆上を志している方ばかりなので」


 曖昧に彼女は言葉にしたが、つまり、フレント―ル以外の騎士たちは、自分のその身分を高く見ているようだ。城の中でもそのように振る舞っている者が一部いるとの噂は耳にしたことはあるが、彼女も騎士に対してそういった印象を抱いていたらしい。

 そうだとしたら彼らが彼女に申し訳ないことをしたのではないかと、そこまで考えが至る。同じ騎士として、失礼なことをしたと。気付けばフレントールは謝罪を述べていた。


「ご無礼を……」

「そんな、謝って欲しくて言ったわけではありません。ただ」

「ただ……?」

「お優しい方であるのだと、感じたもので」


 そこまで言うと、彼女はふわりと微笑みを浮かべた。

心から感動しているのか、どこか嬉しそうなその表情を目の前で見たフレントールの顔は、ぶわっと赤くなる。最も、月明かりの下ではそれはわからないが。

 胸を打ち鳴らす鼓動の早さと頬を染める熱の捌け口が見つからず、思わず俯きながらもフレントールは絞り出すように言葉を紡ぐ。


「こ、光栄です」

「私こそ。気にかけて頂いて、ありがとうございます」


 嬉しそうな調子の声にそろりと顔を上げると、彼女の笑顔が目に映る。まるで花のようだと思った。


「おかしいですね。私たち、二人して膝を着いています」


 思わず口を引き結んだものの、フレントールは楽しそうに笑う彼女の雰囲気に染められて、気付けば顔を綻ばせていた。


「そうですね。これでは、とてもおかしい」


 少しだけ、彼女と打ち解けられたような気がした。

 



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