側近殿と騎士様
ラザフォード王国騎士団の朝は早い。日の出と共に目を覚まし、訓練が始まる。毎日の精進が国民の命を守ることに繋がる、という団訓を胸に、騎士たちは剣を奮うのだ。もちろん、その中の一人である若き騎士、フレントールも同じく、日夜剣を振っていた。
「今日は姫様の護衛任務か」
フレント―ルの今日の任務だった。この国において唯一の姫君である、ステラ姫の護衛任務である。騎士として王族の護衛に着く機会は光栄なことだ。少なくとも、フレント―ルはそう思っている。
「オヒメサマのお守か……暇そうだな」
「お守って……大切な任務じゃないか。姫様を御護りさせて頂けるなんて光栄なことだぞ」
同じ任務を言い渡された騎士が面倒そうに愚痴をこぼしたのに対して、フレント―ルはすかさず反応した。正論の意見に相手の騎士は「あ、ああ、そうだな……」と歯切れの悪い返事をしたが、その表情はなんとも言えない。
フレント―ルの欠点は真面目すぎるところであった。確かに姫の護衛は騎士として誇れる任務の一つである。しかし、その実際は姫から少し離れたところで、その行動を見守るだけという決して能動的ではないものだ。姫が一日中本を読むと言うのであれば、それをじっと見守るだけなのである。正直、退屈だと感じても仕方がない。どんな任務であろうと全うしようと意気込むフレント―ルに至っては例外であるが。
「姫様に何かあったらこの国の未来にかかわることだ。心して任務にあたろう」
「そ、そうだな」
笑顔のフレント―ルの言葉に頷くものの、相手の騎士はまだ任務が始まってもいないのに疲れた表情を見せた。
真面目でお堅いことで有名なフレント―ルは、一部の者からは煙たがられている。融通の利かない性格から、一緒にいると疲れるなど影で言われていたりもする。しかし本人は至って真剣に任務にあたるものだからあまり文句は言えない。実力もあり、強い信念を持っているため上からの評価は高い。文字通り、騎士の鑑のような男だった。
***
「ラザフォード王国騎士団第一部隊、二名。本日は、姫様の護衛の任に就かせて頂きます」
「はい。話は聞いております。どうぞお顔を上げて下さい」
片膝を着くフレント―ルたちの頭上から、ふんわりとした声が降り注ぐ。ゆっくりと顔を上げその顔を伺えば、小さい顔に大きな青色の瞳、金色の御髪と、まるで人形のような少女が笑顔でソファに腰かけていた。彼女がステラ姫か、とフレント―ルは認識を深める。
「本日はよろしくお願いしますね」
「「はっ!」」
随分と可愛らしい少女だ、と思ったが、この方はこの国唯一の姫君であることを再度思い出す。気を引き締め、背筋を伸ばして返事をした。
その時、視界に別の人影が映りこんできて、思わずそちらに目を向ける。
(あれは――)
黒髪を丸くまとめた一人の女性がそこに膝をついていた。
ドレスではなく、動きやすそうな剣士の服装を身に纏っている。腰には一振りの剣が据えられていた。女性にしては珍しい姿である。
伏せられた長いまつげがその頬に影を落としている。美しいその横顔に、フレント―ルは短い時ながらも見惚れていた。
「ああ、紹介します。彼女は私の側近である、アイリスです」
フレント―ルの視線に気づいた姫は彼女をそう紹介した。側近の彼女はこちらに目を向けると、すっと頭を垂れた。流れるような所作であった。
「本日はどうぞ、よろしくお願い致します」
たった一言。しかしその一言を奏でた彼女の澄んだ声が、フレント―ルの耳から離れなかった。