側近殿と姫様
城の中庭は、美しい花達で彩られている。天気のいい今日のような日には、人々が休むにはもってこいの癒しの場所とされている。
「アイリス」
凛とした声に呼び寄せられる。それは側近である彼女にとって聞き間違えることのない、唯一の声であった。
ふわりと揺れる黄金の髪は今日も美しい。同じ色の長い睫毛に縁取られた目は青い宝石のようだ。ほんのりと紅く染まる頬は柔らかそうでまだ幼さが伺えるものの、纏う雰囲気は王族として相応しいとも言える程荘厳である。
彼女こそこのラザフォード王国唯一の姫君。その名をステラ。側近の彼女の主である。
「姫様。如何致しましたか」
「見て下さい、アイリス。可愛いでしょう?」
にこりと微笑む彼女が手に持つそれは、白い花で作られた冠であった。丁寧な造りのそれはとても綺麗で、思わず目を細める。その反応に姫は満足そうに笑みを深めた。
「姫様がお作りになられたのですか?」
「ええ。あなたに似合うと思って」
これには側近の彼女も目を瞠った。まさか、自分のために拵えたものだとは露にも思わなかったからである。「私に、ですか?」と無礼ながら聞き返してしまうが、姫はそれを気にも留めず、無垢な笑顔で「はい」と頷いたのである。
「かがんで下さい」
姫よりも背の高い彼女はおそるおそる膝を折った。そうすると、ぱさりと頭に冠が乗せられる。ふわりと香ったのは白い花の香りなのだろう。花の香りなどあまり馴染みのなかったものだが、悪くない、と側近の彼女は密かに感じた。
目の前では姫が両手を合わせ、目を輝かせてこちらをじっと見つめている。頬を赤く染め満足そうに微笑む彼女に笑いかければ、嬉しそうに笑みをこぼした。
「やっぱり、アイリスには白い花が似合うわ!この花を見つけた時、絶対に貴方に冠を作ろうと思ったのです。正解だったわ。とっても可愛い。素敵ですよアイリス!」
褒め倒す勢いの彼女の言葉に、側近の彼女は照れ臭そうに頬を染めた。褒められることに慣れていないようで、どう反応すればよいのか戸惑っているようにも見える。
「私なぞ……姫様の方が可愛らしいでしょう。花と共にあるお姿は、とても画になります」
「もう!あなたはまたそうやって。自分の魅力に気付いてないのですか?」
「はあ」
「アイリスはとても可愛いのに!」
両手を腰に当ててぷりぷりと怒る彼女の言い分がいまいちピンとこなくて、側近の彼女は眉尻を下げた。
忠誠を誓ったあの日から姫をお護りするために剣を奮って来ただけの自分を、可愛いなどとはとても思えなかったのである。手は豆だらけであり、普通の令嬢よりも腕や足には筋肉が身についている。そんな自分は、妙齢の女性としてあるべき姿から程遠いというのに。
「皆、アイリスの魅力に惹き寄せられてくの。そして、きっとそのうち素敵な殿方が現れて、貴女を捕まえて攫ってしまうのだわ」
「まさか……そのようなこと有り得ません」
「有り得ます!だって、貴女のことよ?放っておく殿方が居ないわけないわ!」
きゃんきゃんと仔犬宜しく可愛らしく騒ぐ彼女を下から覗き込むように見上げる。側近の彼女は、どこか困ったように姫の顔色を伺った。そして、真っ直ぐに見つめる。
「私の命は姫様のものでございます。生涯かけて、貴女様をお護りするためだけに生きてまいりました。これからもずっと、姫様のお側に居させて下さい。……それではいけませんか?」
側近の彼女の言葉を受けて、姫の顔が真っ赤に染まる。
まるで愛を告げるかのような言葉に他意はない。昔からの付き合いで、姫もそれはわかっている。しかし、美しい顔立ちの彼女に上目遣いでそう言われてしまっては、釣りあがっていた眉は落ち着き、表情は困り果てたものになる。
「……そこら辺の騎士より素敵なのが困りものね」
「姫様?」
「な、なんでもないの!」
姫は頭を振る。そして気を取り直し、側近の彼女の手を取りその顔を覗き込んだ。
「と、とにかく!勿論、これからもアイリスには側に居てもらうわ。私も、側にいて欲しいと思ってます」
「姫様……」
「これからもよろしくお願いしますね?アイリス」
真摯な言葉に感銘を受け胸を震わせた側近の彼女は、至極嬉しそうに、頬を染めてふわりと微笑んだ。 珍しい彼女の笑顔に、姫の胸はきゅんと鳴る。皆は凛々しいと彼女のことを一目置くが、姫はそうは思わない。彼女は可愛らしい。今の笑顔だって、なんと愛らしいのか。彼女の魅力に気付いた者は瞬く間に魅了されてしまうだろう。
「絶対に、良い殿方でないと渡さないんだから……!」
恋愛においては純粋な側近の彼女を、姫はとても大切にしている。過保護とも言えるその想いを更に強め、姫は今日も側近の彼女の幸せについて考えるのであった。