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2:ミステリアスキャラの悲しき実態

 部屋中に鳴り響く目覚まし時計のアラームに起こされて、私はベッドから抜け出した。カーテンを開ければ、薄暗かった室内が外から朝日に照らされる。いつも通りの清々しい朝を迎えた私に吸血鬼の血が流れているとは、肉親以外は夢にも思うまい。吸血鬼の血筋のおかげで健康を保っている私は、低血圧ではないのでこうして毎朝気分良く目覚める事が出来るのだ。朗らかな気持ちで、私は顔を洗って制服に着替えた。そして部屋に備わっている簡易キッチンに置いてある冷蔵庫からヨーグルトと新品のジャムの瓶、牛乳を取り出してテーブルに置き、棚からプレーンのシリアルと食器とスプーンを取り出して、適当に食材を混ぜて朝食を作る。料理なんて調理実習の際にしか経験のない健全な男子高校生である私にとっては、これでも充分な『調理』のつもりだ。失敗していないならこれでいいじゃないか。私が今居る百合森学園の男子寮からは少々距離がある食堂まで、朝食の為だけに出向くのも面倒なのだから。

 テーブルの上のリモコンに手を伸ばしてテレビの電源を点けると、丁度天気予報のコーナーが画面に映った。皿の中に溢れるフレークとジャムとヨーグルトの混合物をスプーンで掬い上げて口元に運びながら、テレビの中の女性が今日は一日快晴でしょうと笑顔で喋っている姿を眺める。ヨーグルトとシリアルに絡まる赤いローズジャムは、購買部にて何となく目に留まったので購入したものだが、正直私の口には合わなかった。普段、薔薇から精気を吸い取っているので、ローズジャムを食べる事で同様の事が出来るのではないかとも密かに思っていたが、残念ながら加工品では駄目だったようだ。これで私が一人部屋ではなく誰かと相部屋であったならばその相手に微妙な味のジャムの残りを押し付けていたかもしれないけれど、実家の自室と比べると手狭なこの部屋に居るのは、私一人だけだ。今からジャムを押し付けに行ける程親しい知人は思い浮かばない。こんな事ならば、普通にイチゴジャムを買えば良かったか。

 溜息を吐き出しながら朝食を食べ終えて、食器の汚れを軽く水で流してから食器乾燥機に押し込む。この簡易キッチンに置いてある電化製品の多くは、私が外から持ち込んだものではなく、元からこの部屋に備え付けられていたものだ。おかげさまで、入寮の際には持ち込む荷物が思っていたより少なく済んだ。また、各部屋にトイレだけではなくシャワー室もあるので、共同浴場へ足を運んで、他の寮生達から注目を浴びてしまう事も余りない。『緋空樹』の容姿は他の『攻略対象』達と同じく、良くも悪くも非常に目立ってしまうと言う事実を知っている身としては、この寮での生活はなかなかに快適だ。その代わり、寮内ですら友人はいまだに一人も出来ていないが。


 ……百合森学園に入学してから1年と1ヶ月経つと言うのに、特別親しい相手が出来ていないと言う現実を思い出し、私は洗面所で歯磨きをしながら眉を顰めた。別に、私が周囲を避けている訳ではない。寧ろ避けられているのはこっちの方だ。そしてその理由が悪意や敵意からではなく、好意のようなものから来るとなれば、反応に困ってしまって私としてはどうしようもない。

 鏡に映る、人形のように整った――或いは整い過ぎている己の白い顔を見詰め、私は息を吐く代わりに口内を水で濯いだ。祖父譲りの、日本人離れしたこの顔立ちと髪の色は必要以上に人目を引くものの、周囲からは距離を取って観賞されるだけで近付いて来る人物は滅多にいない。女子は遠巻きに私を見ては恍惚とした様子で騒ぐだけだし、同性からは一目置かれているらしいが輪に入れては貰えない。近付くと逃げられる。私の親衛隊とやらは気付けば勝手に作られていたが、そこに所属する少女達も相変わらず私と距離を取って、稀にしか接触して来ない。


 要するに、私はぼっちだ。『ゲームの主人公(ヒロイン)』から見た『ゲームの緋空樹』はミステリアスな孤高の人と言うイメージだった気もするが、当人からしてみればただのぼっちだ。『攻略対象としての緋空樹』が運動面だけではなく成績も学年上位に入る程優秀な文武両道キャラなのは、単純にぼっちで遊ぶ相手がおらず、暇潰しに勉強でもしているしかないからではないかと自身の現状と重ねて考えるレベルでぼっちだ。もう、ぼっちは『攻略対象』の宿命なのだろうかと疑問に感じる程だ。

 ――いや、王子様のような容姿と振る舞いで皆から慕われている生徒会長の『蒼海(あおみ)千歳(ちとせ)』や、ナンパな性格で常に女の子に囲まれている『桃辺(ももべ)悠樹(ゆうき)』、小柄で可愛らしい容姿で年上に人気のある『黄木(おおき)(すばる)』と言った『攻略対象』達は、常に多くの人に囲まれ親しげにやり取りをしている。『知識』だけではなく、幾度か校内で実際に目撃した光景を思い出しながら、私は歯ブラシを洗った。……やはり、単純に私がぼっちなだけなのか。気付かぬ間に、話し掛けるなオーラでも出しているのかも知れない。

 確か、『ゲームの緋空樹』は人間不信の気があった上に人あらざるものに近い美しさも手伝って他者を寄せ付けない雰囲気を放っていたが、今の私も、傍から見ればそんな風に見えているかもしれない。そして、もしもその通りだとしたら、『ヒロイン』のように物怖じしない上に分け隔てない性格の人物くらいしか、私に話し掛ける気になってくれない可能性がある。


 登場人物やシナリオ、各キャラの攻略方法に関する『知識』はあるのに、何故かタイトルだけがどうにも思い出せない『乙女ゲーム』――緋空樹である私が、それなりに楽しく生きているこの世界とそっくりなその『前世の私がプレイしたかもしれないゲーム』において、プレイヤーの分身である『主人公(ヒロイン)』の『色李(いろり)(あや)』。5月と言う中途半端な時期に百合森学園の2年C組へと編入して来た彼女は、愛らしい顔立ちの、守ってあげたくなるような清楚で可憐で、心優しい美少女だ。そんな彼女の髪と目の色は焦げ茶色だが、確か、『ゲームのキャラクター』としてのイメージカラーは『白』だった。学園での運命の出会いによってどんな色にも染まるまっさらなキャンバスのようなキャラクター性と、パッケージイラストで手にしていた白い花ばかりの花束がその事を示していた気がする。

 そんな彼女とは、私は一言も話した事はない。――廊下や中庭にて幾人かの『攻略対象』達と仲睦ましげに会話している様子をたまたま遠くから目撃したり、クラスメイトの女子達が周囲に聞こえる程の大きな声で口にする噂の内容によって彼女が色んな『攻略対象』達とよく会っているらしいと言う事が判明したりはしたが、それ以上の事は何もない。『ゲーム』とそっくりなこの現実で、色李彩が『攻略対象』達と何らかの接点や接触を持つのは「まあ『彼女(ヒロイン)』が『色李彩(ヒロイン)』ならば自然とそうなるだろう」と何となく受け入れてしまえるけど、その割に『ヒロイン』にとって一応は『攻略対象』である筈の私は、遠くから偶然見かける程度の接点しかないのが不思議だ。教室で姦しく騒いでいた女子グループによれば、彼女は私を除いた6人の『攻略対象』全員と出会っているらしいのに。正直、彼女が百合森学園に来たと聞いた時はどんな風にこっちに会いに来るのだろうかと楽しみにしていたのにな。やはり、私が『隠れキャラ』だから会えないと勘違いして、来ないのか?

 だが、私は『ゲーム』では『隠しキャラ』のポジションであったとは言え、現実(この世界)では会うのに苦労する存在ではないと思う。私に会いたいのならば、授業の前後にでも私が所属する2年B組の教室に来れば、そこに私はいる。仮に学年とクラスが分からなくとも、私には親衛隊もいるのでそれなりに学内では有名人だろうし、その辺の誰かに「銀髪赤目の人が居るのはどこですか?」とでも尋ねれば、多分正しい答えが得られるだろう。アルビノっぽい外見は、それだけでも十分目立ってしまうし他人の印象に残るらしいから。


 ――正直、学校で一人だとちょっと寂しい時があるので、可愛くて優しい彼女がこっそり話し掛けてくれたら嬉しいのに。でも、そんな風に思っていたら簡単に攻略されてしまいそうで、ちょっと怖い。


 我侭な思考に耽りながら、戸締りをチェックする。窓はちゃんと閉まっていた。教科書やノートの入ったバッグを手に、扉を開けて廊下に出る。私以外の寮生達も、登校するべく廊下を歩いていたり、部屋から出て来たりしている姿が見えた。鍵が閉まっているかをしっかり確認してから、私は廊下を歩き始めた。たまに挨拶をしてくれる人はいるけれど、一緒に教室へ行こうと誘ってくれる人は今日も居なかった。――いつも通りの朝が来た。







 放課後の教室は、授業から開放されて少しばかり緩んだ空気が流れていた。友人同士で喋ったり、颯爽と部活に向かったり、他のクラスの教室へ行ってしまったり、さっさと下校したりと、各々がこの時間を自由に満喫しているように見える。特別教室が集まる東校舎の方からは、吹奏楽部が早速音出しをしているらしい物音が聞こえて来た。グラウンドや体育館へ向かっているのは、殆どが運動部に所属している生徒だろう。帰宅部の私には、青春に勤しむ彼らは眩しく見える。

 自分の席から立ち上がって廊下の方へ移動する私に突き刺さる視線の熱さは年中変わらないなと思いつつ、足を進める。廊下に出れば、それまで廊下の中心で騒いでいた幾つかのグループが慌てて道を空けているのが見えた。制服のラインの色からして、他学年らしき女生徒の集団が、廊下の端で私の顔を見上げて頬を染めている。階段を降りている最中には、フラッシュが背後から焚かれた気配がしたが、後姿なんて撮影して楽しいのだろうか。――ああ、そういえば。人間の血が半分以上を占めている私や父はともかく、純血の吸血鬼である祖父は写真にも鏡にも映らないから、家族写真にはいつも祖父だけ不在と言う寂しい事になっていたなと、実家の家族の事を思い出して口元が少し緩んだ。周囲から黄色い悲鳴が聞こえると共に、カメラのフラッシュが大量に焚かれる。眩しい。保健室の前を通り過ぎようとした際に聞き覚えがある声が聞こえて来たので横目で確認してみると、開いた扉の向こうで『攻略対象』と色李彩が睨み合っていた。多分、そのうちお互い認め合って和解する事になるのだろう。雨降って地固まる。先週の時点で既に似たような光景を数回目撃していたし、『ゲームの知識』が教えてくれる『イベント』にそっくりだったので、余り気にせずにそのまま下駄箱へ向かった。本当は自習の為に図書室へ行くつもりだったが、今日の貸し出し当番の図書委員が『攻略対象』だった気がしたので止めた。確実に人口密度が高まる場所へ足を運んでも、精神的に疲れるし蒸し暑くなりそうで嫌だ。私が行く事でそれを加速させるとなれば、尚更。



 ――そして結局、私は昼休みにも訪れた薔薇園へとひっそりやって来た。



 校舎ではあれだけ周りの注目を集めていたのに、裏庭へ向かってこの薔薇園を訪れると、いつも人影が見当たらなくなる。都合が良過ぎる程に、誰もここまで付いて来ようとしない。トイレの出待ちは幾度かされた事はあるが、この薔薇園で同じ事をされた記憶はない。そんなにこの場所が怖いのか。幽霊なんて出て来た事は一度もないと言うのに。――まあ、吸血鬼()は居るが。

 息を付きながら、設置されている木製のベンチに腰掛ける。同じく木目が美しい木製のテーブルの上にバッグを置き、文房具とノート、教科書を取り出す。寮で自習をするのも良いが、この場所の方が個人的に落ち着くし静かに勉強に集中出来るので、私は放課後も大抵薔薇園で時間を過ごしている。園内に満ちる生きている花の香りの芳しさや神聖すら感じる静寂以上に、いつ吸血衝動に襲われても手を伸ばせば簡易食糧のようなものが大量にあると言う状況が、個人的なこの場所の長所だと思う。色んな意味でリラックスして過ごせるここは、ぼっち吸血鬼もどきである私には学園一のお気に入りスポットだ。

 そんな風に考えながら、私は数学の復習に取り掛かった。1学期の中間考査が終わったこの時期、気の緩んでいる生徒が多いが、苦手な教科については普段から復習と予習を軽くでも良いのでしておかないと、後々自分が苦労するのだ。多分。




「……そろそろ、日が落ちるか」


 気付けば、空が橙色に変わっていた。薔薇園もまた、夕焼けで赤く染め上げられている。白い花も黄色い花も、全てが真っ赤に見える黄昏時のこの瞬間は、嫌いではない。私は勉強道具を片付けて、立ち上がった。寮に帰る前に、近くで咲いていた薔薇を一輪手折る。繊細な青紫色の花弁が幾重にも重なっているそれは、一応は青薔薇とされているらしい。幾度見ても青というよりは紫にしか見えないが、この薔薇が美しい色彩を持つ事に変わりはない。夕日によって赤味を強く帯びたそれを、目蓋を伏せて軽く唇に触れさせる。暫くそのままの体勢でいれば、腹の底が少しだけ満たされたかのような感覚が喉の奥から這い上がってきた。――目を開ければ、手の中には枯れ果てた花の残骸が一つ。少し強めに力を込めれば、薔薇だったものはさらさらと砂のように砕けて手の平から零れ落ち、自動的に証拠は隠滅された。手をぶんぶんと振って、まるで日光を浴びた吸血鬼が灰になったかのような残りかすのゴミを全て地面に落とす。

 ……毎回思うが、これって肥料になっていたりするのだろうか。そうならば良いのに。肩を竦めて、テーブルの上のバッグに手を伸ばした。




「――ほ、本当に居た……!?」




 ――突然聞こえて来た誰かの声に驚いて振り返れば、百合森学園の制服を着た少女が、驚愕の表情を顔に貼り付けて私を見ていた。どうしよう。

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