*疑問符
仕事を終えたベリルたちは、近くの街のホテルにチェックインしケイトもそれに続いた。
「う~ん」
ケイトはベッドで寝ころびながら、今回の戦いについて反芻する。
「どう考えても変よね!」
勢いよく起き上がった。
あのとき、どうして彼は1人で戦ったの? それだけ接近戦に自信があったから?
ううん、何か違う。彼が怪我をして、みんな心配していたけれど……。なんだろう、何か引っかかるのよ。
「あ、そうだ。怪我は大丈夫かしら」
ふと思い出し、ベリルの部屋に向かった。
ごく一般的なホテルの通路を通り、ワインレッドのドアをノックする。しばらくして、ゆっくりとドアが開かれベリルが顔を出す。
「お前か」
ケイトを見て、少し驚いた表情を浮かべた。
「どういう意──」
言い切る前に、ベリルが上半身裸だという事に気がつく。
「シャワーを浴びていた」
「ああ」
そういえば髪が濡れてるわ。
「何か用かね」
「いえ、特には無いわ」
男の裸などで恥ずかしがる歳でもないが、ベリルの整った体型に見とれてしまい当初の目的を忘れた。
「そうか。おやすみ」
「おやすみなさい」
扉が閉じられる。
ん? ちょっと待って!?──ケイトは何かを思い出し、ドアを強く叩いた。
「なんだ」
眉をひそめ、鬱陶しそうに再びドアを開くと、ケイトはすぐにベリルの体に顔を寄せた。
「?」
それに怪訝な表情を浮かべたが、見上げたケイトの顔はベリル以上に不思議そうな顔をしていた。
「傷は? 確か撃たれたわよね」
「!」
数秒の沈黙のあと、ベリルが目を細める。
「治りが速い。傷も浅かったのでね」
「そうなの?」
「ノインが戻ってきたら卒倒する」
まだ疑問の解けないような顔をしているケイトに、ベリルは苦笑いを浮かべて発した。その言葉にハッとする。
「あ、ごめんなさい」
「おやすみ」
「あっ……」
ドアを閉められ、仕方なく部屋に戻っていった。
ベリルは、遠ざかるケイトの足音をドア越しに聞き入る。
「参ったな」
注意していたはずなのに油断した。
てっきりノインが戻ってきたものだと思い、ドアを開けてしまったのだ。
ノインがわざわざ自分の部屋にノックして入ってくる訳が無い、考えればすぐに気づきそうなものなのに。
左肩を押える──すでに完治はしているが不死の体とはいえ、一瞬で治るほど万能という訳じゃない。
完全に失われた方が、完治が速い事もある。
痛みは不死になる前と何ら変わる事は無いし、消えゆく命に哀しみを覚える事も変わらない。
この体が世の役に立つならば、いくらでも使って構わないが──
「気付かれるのも時間の問題か」
ベリルは、壁に背中を預け天井を見上げた。
ケイトは、部屋に戻る間もずっと考えていた。
「やっぱり変よね」
ベリルの体をじっくりと思い出す。
カードキーを滑らせて、ドアを開いた。焦点を合わせずにライトを付け、ベッドに体を投げる。
頭の後ろで両手を組んで、天井のライトを見つめた。
「綺麗すぎるのよ」
そう、ベリルの体は綺麗すぎた。
傷跡の一つも、ケイトは思い出せなかったのだ──有名な傭兵で、他の傭兵よりも厳しい依頼を受ける事が多いのに、どうして傷が一つも見あたらないの?
もしかして、背中には沢山ある? いいえ、それでもおかしいわ。
いくら傷が浅くても、1日も経たずに完治するなんてあり得る?
「ええっ!? そのまま出ちゃったの?」
戻ってきたノインが、素っ頓狂 (すっとんきょう)な声を上げた。
「あたしと間違えたワケね……」
ちょっと外の空気を吸ってくると出ていた間に、随分とヤバイ状況に陥っている。
ベリルが間違えるなんてコトもあるのか、と驚きつつも半ば呆れて右手で顔を覆った。バレるのは時間の問題かもしれない……ノインは冷や汗を垂らす。
当の本人は、他人事のようにブランデーのグラスを傾けている。
「あんたは相変わらず図太いわね」
溜息混じりに発したノインに、ベリルは小さく笑って軽くグラスを掲げた。