*戦場へ
後部座席で、ケイトは2人の後ろ姿を交互に眺める。
本当は気付いている──私の身を案じて、厳しい態度を取っていることに。私のしている事が間違っていないこと、そして彼らもまた、私とは違う方法で戦いの中にいる人々を守っていることを……。
私には、彼らのような“牙”は持てない。代わりに言葉がある、文字がある。
「ごめんなさい」
ぼそりとつぶやいた言葉に、ベリルとノインは笑みを浮かべた。
「今抱えている依頼は村人の救出だ」
「!」
それにノインが付け加える。
「勘違いしないでね。ついてくるなら、内容を知ってもらってないと困るからよ」
場所は中東──内戦が激化し、広がった戦場に取り残された村人たちを救って欲しいと国から正式に依頼された。
「全ての編成、遂行を行う」
「! 全ての?」
ケイトはそれに、怪訝な表情を浮かべた。
国からの要請なら、普通は国の正規軍が数人、作戦に付き添うものなんじゃないの?
「言ったでしょ、ベリルは特別だって」
「その準備の最中でね」
「準備が出来たから、現地に飛ぶの」
「ど、どこから?」
「軍の輸送機で向かう」
「!?」
じゃあ……いま向かってるのは、空軍基地?
「仲間たちとは現地集合だ」
ケイトは、ベリルの持つ力に少しの恐怖を覚える。
一介の傭兵に、全てを任せるなんて普通ならあり得ない。傭兵はその名の通り、ただ雇われるだけの兵士に過ぎないはず。
この若さで、どうやってそこまでの信頼を得たのだろう──
基地に到着すると、輸送機の用意はすでに出来ていた。
「すまんが1人追加だ」
ベリルはエンジンの音に負けないように声を張り上げ、責任者とみられる男が手を挙げて応えた。
「ひゃ~……」
ケイトが、輸送機を眺めて感嘆の声をこぼす。
乗員は3人(プラス、予備の副操縦士1人)なので小型の輸送機だが、形からして最新鋭であると窺えた。
輸送機に乗り込むと、準備中の男2人がベリルたちに笑みを向ける。
「大事な客に何かあったら、いち大事だからな」
ガタイの良い男が、ベリルの背中をバンバン叩いて発した。ベリルは、苦笑いを返しながら叩かれたヶ所に手を添える。
「向こうの軍とも話はついてる。気兼ねなく乗ってくれ」
そう言って、飛行機から出て行く。
ノインがちょこんとシートに座りベルトを締めるのを見たケイトも、慌てて席に着いてベルトを締める。
そして、ベリルがコクピットに向かう姿にケイトは首をかしげた。
「ベリルは副操縦士を務めるの」
「! 飛行機の操縦出来るの?」
「戦闘機も動かせるよ」
ノインの言葉に驚愕するばかりだ。
「ほんの8数時間ほどの我慢だね」
ノインがケイトにニコリと微笑む。
輸送機がノインたちを乗せて飛び立った──安定飛行に入ると、ベリルがコクピットから顔を出す。
そんなベリルに、帰りの副操縦士が握手を求めた。それに気さくに応える。
その副操縦士は40歳を越え、あごひげを蓄えた無骨な男だ。その男が、ベリルを羨望の眼差しで見つめている。
『素晴らしき傭兵』と呼ばれている事は聞いていたが、ここまでの影響力を持つ人物だとは思わなかった──ケイトは、ますますベリルに興味をそそられた。
要請を受けた国の空軍基地に到着する──出てきたベリルたちを、軍の人間がどこかに案内する。
それは、基地の敷地内の端に設置されたいくつもの深草色をしたテントの一つ。
中に入ると、そこにいた20人ほどの視線が3人に向けられる。
「やっと来たか!」
その中の男が1人、ベリルに近付き握手を求めた。
「スティーブ、よろしく頼む」
それにベリルが応える。
ケイトは、テントから少し顔を出し辺りを窺った。
簡易のテントがいくつか張ってあり、傭兵たちの仮の寝床らしい。今日はここで泊り、明日の朝、救出に向かうようだ。
一際大きな側面の無いテントにベリルは足を向けた。
ケイトもその後を追う──ベリルは、ケイトに小型のヘッドセットと保存食、そしてハンドガンを手渡した。
「撃つつもりが無いのは解っている。それは自身だけではなく仲間も守る意味が込められている」
「ありがとう」
ケイトは素直に受け取った。
一同が集まり、落ち着いた処で中央のデスクに村の周辺マップを広げる。ベリルは、中心の村を指して険しい表情を浮かべて語り始めた。
「ポイントの北、およそ2km地点にゲリラのキャンプがあるという情報が2日前に入った。南から接近し、村人たちの安全を確保したのち、輸送ヘリの誘導を行う」
マップに指示を差していく。
「移動は明朝7時、それまでに最終チェックを済ませてくれ」
男たちは一斉に動き出す。
何もする事の無いケイトは、チェックしている傭兵たちを見て回った。
「……へえ」
軍と行動を共にする事はよくあるが、こんなにじっくりと眺めた事は無かったな。
「!?」
右から突然、にゅっと出てきた手に握られていたのは防弾ベスト──手の主に目をやると、仏頂面をした男がベストを差し出したまま動かない。
「あ、ありがとう」
受け取ると、また無言で去っていった。
「なんなの?」
「記者さん」
「はい?」
声に振り返ると、30代の男が何かを投げつけてきた。無意識にその小さな塊を受け取ると、それはガムだった。
「いつもの仕事とは空気が違うだろ。それ噛んでリラックスしな」
「ありがと」
ピリピリしてるのかと思えば、みんなどこか気楽で──不思議な雰囲気だ。
「どうした」
「え、ううん。不思議だなって」
ふいに声をかけられて、ケイトはおぼろげに応えた。
「心に余裕が無いと自分すら見失う」
張り詰めた心だけじゃ何も出来ないぜ、とその男はウインクした。
そんな男に小さく笑い、去っていく背中を見つめて手の中のガムに視線を移す。
「……」
戦いに関わる、全ての人間を見ていないといけないのね。解っていたことなのに、それが出来ていると思っていたのに……私は未熟だった。
心に、何かが染み通る気がして、ケイトは目を閉じた。
翌朝、準備を済ませた傭兵たちは各々ジープに乗り込む。ケイトは、ベリルとノインのいるジープに飛び乗った。
村はうっそうとした密林の中にある──大勢で移動しても仕方のない環境に、ベリルは18人の傭兵に声をかけた。
そのうちの2人から、それぞれ1人ずつ「連れていきたい奴がいる」との声に2人追加されている。
その2人はまだ初々しく、弟子なのだと紹介された。
「どうして傭兵になったの?」
ケイトのその質問に、
「自分の力を、人を助けることに使いたかったから」
1人がそう答え、もう1人は、
「戦争で家族を失った。兵士としてでなく、自分の意思で、そんな人たちを救っていきたい」
互いにそう答えた。
命令に縛られない、傭兵としての道──自らの意思で依頼を受けて動く。そんな彼らの目には、やはりベリルの姿が映る。
「そんなに彼は凄いの?」
ケイトは、若い傭兵見習いたちに訊いてみた。
「当然です。『素晴らしき傭兵』と謳われる彼と仕事が出来るなんて、夢のようです」
「そう」
まるで心酔しているかのようなイメージも受けてしまうが、その瞳は純粋だ。ケイトは、改めてベリルを見つめた。
傭兵だけでは食べてはいけない。ましてや、ベリルのように限られた依頼のみで生活していく事は困難だ。
そのため、ベリルや彼に倣っている傭兵たちは、それ以外の仕事も請け負う事が多い。金持ちの護衛だったり、警察の協力だったりだ。
ケイトの知る傭兵は、おおよそベリルとは異なっていた。むしろベリルが珍しいのかもしれない。
村までは、舗装された道路など有るはずもなく──途中まではジープで移動出来るが、昨日の雨で村から数百メートルの地点に崖崩れがあったらしく、そこからは歩きとなる。
「!」
ケイトはふと、ベリルの不自然さに気が付いた。他の傭兵と比べると、かなりの軽装だ。
「ベリルは近接が得意なの。軽装でないと動きづらいでしょ」
いぶかしげにベリルを見つめるケイトにノインが説明した。
車を走らせること2時間──崖崩れの地点に到着する。ここからは徒歩だ。
たった数百メートルを歩くだけなのに、密林の植物と気温に阻まれて思うように進めない。
ケイトはカメラを握りしめて、ベリルたちの後を必死に追った。