*恋人未満恋人以上
「あたしね……両親を革命で失って、そのあと変な組織に入って暗殺者として育てられたの」
「!」
突然の告白に、ケイトは驚いてノインを見やった。
「でね、その国の正規軍があたしを助けてくれて、そのまま軍にいたの」
ケイトは無言で相づちを打ち、話に聞き入る。
「ちゃんと教育を受けさせてくれて、軍を抜ける時にも何も言わずに抜けさせてくれたの」
ノインは、自分を落ち着かせるようにひと呼吸置いた。
「軍を抜けようと思ったのは、カレンて子に出会ったから。その子と大学に行きたかったから」
言葉を詰まらせる。
「でも、殺されちゃった」
「!」
愁いを帯びた微笑みをケイトに向けた。
「あたしを組織に引き戻すために、カレンを殺したの。ベリルの動きを真似た奴が、ベリルになりすましてあたしの復讐心をかき立てた」
あまりの事に、ケイトは言葉も出なかった。
「でも、あたしはすでにその組織が必要としない感情を持ってしまってた。だから、最後にベリルに利用しようとしたの」
ノインは深い溜息を吐き出した。
それを見たケイトは、コップに水を注ぎノインに手渡す。
「! ありがと」
一口飲んでひと息つくと、再び口を開いた。
「あたしはベリルに助けられたんだ」
「そうだったの」
「ベリルってああいう人でしょ、だからあたしは気が抜けないっていうか」
「彼って誰にでもああなの?」
「そうよ、誰にでも優しいの」
ケイトは眉をひそめた。
「男女の区別なく?」
「恋人の区別だって無いわよ」
それにケイトは目を丸くする。
「だって……あなたは恋人なんでしょう?」
ノインは、その言葉に頭を少し抱えた。
「う~ん、そうね。あたしが恋人だって認めてくれたっていうか」
「どういう意味?」
「ベリルね、恋愛感情が無いの」
「えっ!? 何それ、ホント?」
「ホント」
「信じられない」
それじゃあ、両思いには絶対にならないってことよね……ケイトは呆然とした。
「! 待って」
「なに?」
小首をかしげたノインに複雑な表情を浮かべる。
「それだと、彼は結婚しないってこと?」
「ああ……するハズないでしょ」
不老不死なんだから表の法律なんて意味無いし……ノインが思っていると、ケイトが声を張り上げた。
「そんな! それじゃあ、あなたが可哀想だわ」
「え、いや……。別にいいのよ」
「よくないわよ! 私が行って言ってやるわ!」
鼻息荒く立ち上がる。
「! ちょっ!? 待って、待ってってば!」
慌ててケイトの腕を掴んで止める。
「いいから、余計なコトはしなくて」
「でもっ」
「嬉しいけど、これはあたしとベリルの問題だから」
「そう、そうね」
落ち着いたケイトがベッドに戻ると、ノインはほっと胸をなで下ろした。
「別に今に不満は無いよ。抱いてって言えば抱いてくれるし」
「!」
ケイトは、いきなりの言葉に顔を赤くした。
「でも、彼から求められることは無いんでしょう?」
「ま、ね。甘えてもくれないから、あたしが思いっきり甘えてやるけど」
言って、ペロリと舌を出す。
「ね、昼間に言った恋人。ホントはいないんでしょ?」
「! バレてた?」
「うん、あたしを安心させるために言ったんだってベリルが言ってた」
「!」
彼にはお見通しだったのか。
「ベリルの取材、止めてくれないかな」
「え」
か細く発したノインをのぞき込む。
「どうして、そこまで拒否するの?」
「ベリルだからだよ」
「?」
「他の傭兵なら、いくらでも紹介するから彼をそっとしておいて」
あたしたちの邪魔をしないで……ノインは潤んだ瞳をケイトに向けた。
「邪魔だなんて、そんなことするつもりは──」
「邪魔してるのよ、あなたがいるだけで」
黄昏色の瞳がケイトを見つめる。
「お願い」
あたしの時間を奪わないで、ベリルといられる大切な時間を……。
「ノイン」
彼女の表情に胸が痛む。
ノインは感極まったのか、涙を見せたくないのか、すっと立ち上がり部屋をあとにした。
そうしてベリルの部屋に戻ったノインは、ソファでブランデーのグラスを傾けているベリルの隣に座り、その腰に腕を巻き付かせた。
ベリルは何も言わずに、彼女の頭を優しくなでる。
ノインは、彼の正体がケイトにバレる事を危惧している。
ベリルが不死だと気付かれて、彼女がそれを公表してしまったら? その後の想像が怖くて、強くと目を閉じる。
ベリルは優しい人だから、きっと人を傷つけてまで逃げようとは思わない。だから、お願い。ベリルに触れないで、彼を連れて行かないで──
「心配ない」
「!」
静かな声に顔を上げる。
そこには、いつもの綺麗な微笑みが自分を見下ろしていた。ノインは、顔を近づけて唇を重ねる。
翌朝──いつものようにベリルとノインの2人がエレベータから降りてくる。
昨日の事があるにせよ、ケイトはジャーナリストとして彼を諦める訳にはいかなかった。チェックアウトを済ませる様子を見て、ケイトも慌ててチェックアウトの手続きをとる。
ノインは、そんなケイトに近づき険しい表情で発した。
「あたしを取材して」
「! ノイン」
彼女の言葉に、さすがのベリルも驚いた様子だ。
「あたしになら、いくらでもしていいから」
必死にベリルを守ろうとしている──それは、彼女の精一杯の言葉だった。
「それなら……」
「だめだ」
ベリルが口を挟んだ。
「どうして?」
ケイトはいぶかしげにベリルを見つめる。
「守りきれない」
「私のことは気にしなくてい──」
「邪魔だ」
ケイトの言葉を切って、吐き捨てるように告げた。無表情にケイトに視線を合わせたあと、外に足を向ける。
「何よ、あの態度」
「あんたたちは、自分たちの特権で戦場に行くんだろうけど……あたしたちはそれ、たまったもんじゃないのよ」
ケイトはハッとした。
ジャーナリストというだけで、自分たちは狙われないと高をくくっている──だが、彼ら傭兵にそんなものがあるはずもない。
自分たちが守られているのとは逆に、彼らにはいつ死が訪れても不思議ではない。自分が軽率だったと、ケイトは唇を噛みしめた。
「来るなって言っても、調べて来るんでしょ? でも、ベリルの依頼は他の傭兵たちより厳しいコトが多いから、あんたを守りきれないのは本当なの」
ケイトは、ベリルという人物にさらに興味が湧いた。あの若さで厳しい依頼が来る事に、どれほどの手腕なのかと期待に口元が自然に緩む。
「だったら尚のこと、彼に張り付いてなきゃじゃない」
ノインは小さく溜息を漏らした。
「ホントはね、あんたのために仲間が死ぬコトの方が嫌なの」
「!」
「共に戦ってきた仲間が、戦い方も逃げ方も知らないシロウトが付いてきて、危険にさらされるコトが我慢ならない」
助けなければならない者のために向かうなかで、戦いの経験も無い者をわざわざ守らなければならない。
ベリルは、彼らのような職業がいる事の大切さもノインに言って聞かせたが、それでもやはり納得がいかない。
ケイトは、しばらくノインの目を見つめたあと──
「それでも行くって言ったら?」
ノインは、諦めたように再び深い溜息を吐き出した。
すでに車に乗り込んでいたベリルは、ケイトを連れて来たノインに眉をひそめた。
「説得は失敗かね」
助手席に乗り込んだノインに発すると、後部座席に座っているケイトを一瞥して肩をすくめた。
よく考えれば、ベリルが言っても無駄なのにあたしが説得出来るワケないじゃない……ノインは、くたびれもうけした事にどっと疲れた。