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記す者  作者: 河野 る宇
◆第1章~厄介な訪問者
3/11

*ノイン

 そうだ、彼はとても魅力的なのだ──身長は予想する限り170㎝は超えている。さほど高くないとはいえ、細身でしなやかな物腰に短くても風になびく柔らかな金の髪。

 そして何より、そのエメラルドの瞳にケイトは心を奪われそうになった。

「用は済んだな」

「!」

 ベリルの声にハッとする。

「そんな訳な──っ」

 慌てて体を乗り出し、目の前のカップを指で弾いてしまった。

 こぼれる!? と思った瞬間、ベリルが素早く受け止めてケイトはホッとした。

「ありがとう」

「気をつけろ」

 今頃、良く通るベリルの声にドキドキする。

 だめだ、仕事しなくちゃ──

「無自覚に女たらしてんじゃないわよ」

 ふいに女の声が聞こえた。

 ケイトが目を上げると、ベリルの後ろに自分を睨み付ける女性がいる。

「ノインか」

「あたしと来てるコト、忘れてないでしょうね」

 もしかして恋人? ケイトはピクリと方眉を上げ、少しがっかりした。

「お前が待っていろと言ったのだろう」

「欲しい服があったんだもん。この人だれ?」

 ノインは大きなバッグを抱えて、ケイトを見つめた。


「へえ~ジャーナリストねぇ」

 ベリルの右側の席につき、ノインはオレンジジュースを口に運んだ。

 青みがかった金色の髪は肩まであり、緩やかなウェーブを描いている。そして、その瞳は夕暮れを思わせるオレンジ。

 その黄昏色の瞳を、挑戦的にケイトに向けていた。

 彼に近づいた事を怒っているようだ。しかしすぐ小さく溜息を漏らし、諦めたような表情を浮かべる。

 ベリルの恋人だと名乗ったノインという女性は、彼がモテる事を仕方なく思っているようだ。

 同じ傭兵だと聞いたケイトは、こんな子まで戦いに赴いている事に驚きを隠せない。

「どうするの?」

 ノインが問いかけると、ベリルは肩をすくめて頭を横に振った。取材は受けないってコトか。

 絶対、取材してやる……ケイトは、半ば意地になった。

 そんな意思が見て取れて、ベリルは小さく溜息を吐き出す。


 ひとまず、2人はホテルに戻った──ケイトはその後ろからついていくが、

「あいにく満室でございます」

「そこをなんとか」

 部屋を取ろうとしたケイトだが、どうやら満室らしくフロントに断られていた。

 ノインは、必死に頼み込むケイトをしばらく見つめる。

 そしてフロントに歩み寄り、

「あたしの部屋を貸していいわよ」

「! しかしノイン様……」

「あたしはベリルの部屋に移るから」

「かしこまりました」

「!」

 ケイトにウインクしたあと、不敵な笑みを見せた。

「ベリルは私のものよ」という、無言の圧力がノインの微笑みから見て取れる。

 とにかく部屋は確保出来たのだ、有り難い。


「何故あのような事を」

「あんまり冷たくするのもなんでしょ?」

 エレベータの中でベリルに尋ねられ、ノインは肩をすくめた。

 本当はベリルと同じ部屋になるため……なんて言えない。恋人と認めてくれたくせに、どうして別々の部屋なのかノインは眉をひそめていた。

「女性だから」という彼の自然の気配りなのだろうが、恋愛感情の無い彼らしい気配りだとも思う。

 どうせベリルの部屋に行って寝るんだから、別の部屋なんか借りなくてもいいのにさ……ノインは思いながら、ケイトの事を考えた。

 戦場ジャーナリストねぇ……その瞳には、険しい光が灯されていた。


 朝──ホテルのレストランに向かうとケイトがすでに朝食を食べていた。

 それを見たノインが隣の席にあえて座り、ベリルは仕方なくそれに従う。

「ねえあんた」

 ノインがおもむろにケイトに話しかけた。

「どこの国の人?」

「え、どうして?」

 聞き返したケイトに、

「別に。自分の国の中のコトはいいんだ。って思ってさ」

「それって、どういう意味?」

 ケイトはそれにピクリと眉を上げた。

「あんたの国って、1人も死人が出ないくらい平和なの?」

「何が言いたいのよ」

「よせ」

 ベリルはその会話を制止する。

 しかし、ノインはそれを無視するように話し続けた。

「自分の国の犯罪には知らんぷりなんでしょ? 人が殺されても平気なんだ」

「やめろと言っている」

「でもベリル……っ」

 ベリルは小さく溜息をつくと立ち上がり、

「向こうに」

 エントランスに行くように促して、ノインにキスをする。

 ぶつくさ言いながら部屋に戻っていくノインを一瞥して、ケイトの隣に腰掛けた。

「すまなかった」

「なんなのよ、あの子」

 腹立ち紛れに乱暴に水を飲む。

「許してやってくれ。以前、私が言った事に反応しているのだ」

「! あなたの言ったこと?」

 ベリルは背もたれに体を預けた。

「人が死ぬのは戦争だけではない」

「!」

「己の国に目を向けず、より多くの死を追い求める事が、はたして正しいのか」

「そうね。その意見は正しいかもしれない。でも──っ」

「解っている。より多くの死が横たわっている事に怒りを感じ、それを公表せずにはいられない感情も」

 ベリルは、持っているブランデーのグラスを傾ける。

「ノインの両親は内戦で命を落とした」

「! だったら……」

「本来なら戦争を憎み、お前の言葉に賛同したかもしれん」

 だが──

「彼女にとっては戦争で人が死ぬよりも、たった数ドルのために人が殺される事の方が現実的なのだよ」

「!」

 平和の中にあって、人が殺されなければならない状況──それはむしろ、とても生々しく彼女の心にのし掛かったのだろう。

「……」

 その言葉に、ケイトは胸を詰まらせた。

「そういう訳だ」

 ベリルは、ケイトの伝票を手に取りレジに向かう。その後ろ姿を、ケイトはしばらく見つめていた。


 朝食を済ませた1時間後──ベリルとノインがホテルのフロントに顔を出した。エントランスで彼らを張り込んでいたケイトは、さっそくその背中を追いかける。

 オレンジレッドの大型ピックアップトラックが目に入り、ケイトは慌ててタクシーに乗り込んだ。

「まったく、しつこいなぁ」

 助手席でバックミラー越しにタクシーを見たノインが、溜息混じりにつぶやいた。ベリルはそれに苦笑いを浮かべる。

 しばらく走ったベリルのピックアップトラックが止まった場所は、小さなビル。

 入り口には2人の男がいて、彼らの顔を見ると無言で男がドアを開いた。ケイトもそれに続こうとするが、

「!」

 男たちは彼女の前に立ちはだかり、何も言わずに威圧した。

 これは、入れてくれそうにないわね……仕方なくタクシーの中で待つ事にした。


 30分後──建物から出てきたベリルたちを見たケイトは慌てて、寝ているドライバーを起こす。

 2人が向かった先は雑貨店。いつ出てくるか解らないため、ケイトはタクシーから降りずに待っていた。

 すると、ベリルがこちらに向かってくるではないか──開かれた窓から顔を覗かせて、

「降りろ」

 ぶっきらぼうに言い放つ。

 しぶしぶタクシーから降りると、ベリルがドライバーに金を渡し彼女を自分の車に促した。

 驚く彼女に、

「後はホテルに戻るだけだ、乗っていくと良い」

「あ、ありがと」

 後部座席に座ると、助手席にいるノインが当然ケイトを睨み付ける。

 睨み付けたあと、プイとそっぽを向く。ベリルはそれに肩をすくめ、車を走らせた。


 終始、無言の車内──ベリルは元々、無口な方だが、こういう重たい雰囲気は苦手だ。

 溜息を漏らし、ラジオを付ける。軽快な音楽が車内に満たされた。

 次の瞬間──ブチッ! とノインがラジオを切った。

「……」

 ベリルは一瞬、目を丸くしたが彼女が怒っている理由は他にある。ケイト自身にではなく、ベリルが女性を車に乗せた事だ。

「そう怒るな」

「怒るわよ。女たらし」

「!」

 それに、ようやくケイトも本当の理由に気が付いた。

 この子は本当に彼のことが好きなのね……クスッと笑い、ほほえましく感じてノインの後ろ姿を見つめた。

 こんな光景を見せられては、彼を奪おうなんて考える事も出来ない。

「安心して、私には彼氏がいるから」

「!」

 そんなウソも吐ける。

 しかし、それを聞いた彼女の表情は一向に明るくはならなかった。

 何かしら、この空気……異様に重圧感のある車内に、ケイトは生ぬるい笑みを浮かべる。

 ケイトの言葉を信用出来ないというより、彼氏がいてもベリルに乗り換えるかもしれない。という感情の方が大きいらしい。

 だめだこりゃ……ケイトは、呆れて窓の外を眺めた。


「まだ怒っているのか」

 部屋に戻ったノインは、無言で服を着替えを続ける。ベリルは深い溜息を吐くと、ノインの前に立ち、

「私の時間をお前に与えると言ったろう」

 ノインは視線を外し、ベリルを抱きしめた。

「そんなの、わからないもん」

「信じてもらいたいものだ」

 目を細めてキスを与える。

「言い過ぎたと思っているのだろう?」

「……」

「私がお前を嫌うかもしれないと恐れているのか」

 抱きしめるノインの腕に力がこもる。

 ベリルは優しくノインを抱きしめて、

「心配しなくとも良い」

「ごめんなさい」

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