*その女
「戦場で人々や兵士を見るのだけど、傭兵という人たちが気になったの。どうして戦いの場へ自ら赴くのか」
おもむろに語り始めた彼女にイラつき、片肘をテーブルに乗せて少し身を乗り出した。
「何度、言わせる」
軽く睨みを利かされたケイトは、そんな青年から目を泳がせる。
「OK。解ったわ」
諦めたように肩をすくめた。
「傭兵たちの話を聞いてただけよ。凄い傭兵がいるって」
ベリルはそれに、険しい表情を浮かべた。
「盗み聞きか。感心せんな」
「偶然、耳に入っただけよ」
そんなケイトに目を据わらせる。
「どうやって私の居場所を?」
「普通に」
「嘘はいかんな」
そんな事はあり得ない……という目でケイトを見据える。
どうしてそこまで言い切れるのかケイトには謎だったが、彼の言葉にきっぱり否定出来ないのは事実だ。
「え~と、あれよ。友達なんだけど今どこにいるか解らないから教えてって言っただけよ」
ベリルは深い溜息を吐き出し、女を一瞥して頭を抱えた。
そんなウソをつかない限り、仲間が自分の居場所を『表の人間』に教える訳は無い。
信じられない話だが、彼は現在86歳だ──25歳の時にひょんな事から不死になり、61年が経つ。
裏の世界では『公然の秘密』として皆、普通に接しているが、表の世界でこの事が知れるととんでもない事になる。
今までも何人かの表の人間には話した事のあるベリルだが、ケイトはジャーナリストだ──それを公にするルートも、力も持っている。
彼女と接するのは危険だ。
「話す事は無い」
無表情に視線を外した。
「傭兵って、みんなそうね」
「何がだね」
ケイトは肩をすくめて、
「どこか壁があるっていうか。本心を隠してる」
「相手はジャーナリストだ。警戒するのは当然だろう」
上品にカフェ・ラテを口に運び、視線を合わせず応えた。そんなベリルに、ケイトは怪訝な表情を浮かべる。
「どうして傭兵になったの?」
「それが適正だと判断した」
そっけなく答える。
ケイトは気分を変えるように、ウエイトレスにキャラメルマキアートを注文しベリルに向き直った。
「あなたに会う前に、何人かの傭兵に取材したわ。その中の1人の言葉に驚いたの」
ベリルの反応を待つように、ケイトは言葉を切った。
「なんのために傭兵をしてるの? って聞いたら、“お金のため”って答えたの。信じられる? 金のために人を殺すなんて」
呆れて言葉も出ない……と、いう風にケイトは肩をすくめて大きく頭を振った。
「名前は」
「え?」
「その者の名だ」
「マイケル・ガーシュ」
聞いたベリルは、喉の奥から絞り出すような笑いをこぼした。
「クク……奴らしいな」
「! 知っているの? 彼は酷い人ね」
言ったケイトに、薄い笑みを浮かべる。
「奴の照れ隠しだよ」
「どういうこと?」
怪訝な表情で問いかけるケイトを見やった。
「奴の家族は強盗に殺された」
「!」
「たった数ドルのために、妻と子が命を奪われた。金のために傭兵などをやると思うかね?」
「じゃあ、どうしてあんなことを?」
「照れ隠しだと言ったろう」
小首をかしげるケイトから視線を外し、カフェ・ラテを傾ける。
「内気なミックが本心など言えるハズもない」
どこか納得したような面持ちを上げて、ケイトに視線を合わせた。
「金のため。というのは、ある意味本心だ」
「!」
眉を寄せるケイトに、再び険しい表情を見せる。
「今の時代、金がなければ生きては行けない。どんなに大義名分を並べ立てても、戦争で金を貰っている事に代わりはない」
「!? そ、れは……」
「それが悪いと言っている訳ではない。自身のしたい事のための必要最低限のものだ。しかし、それに目を背けている行為には、いささか賛成しかねる」
「……」
ケイトは彼の言葉に若干、苛つきを覚えた。
「お前はまだ若い」
そう言われている気がした。
私よりも若いくせに! とベリルを睨み付けた。彼女は28歳で、年下に見えるベリルを年上の特権のごとく対応していたのだ。
だが、ベリルの言葉は常に冷静で隙がない。
どうして、ここまで頑な(かたくな)に拒絶するんだろう……ベリルが不老不死だと知らないケイトは、彼をじっと見つめた。
本当に傭兵なのかしら? 今まで見た、どんな人間よりも上品だわ。
どこかの国の王子だと言われても、納得出来るに足る雰囲気を持っている。しかし、それ以上に張り詰めた空気を漂わせ、ケイトを寄せ付けない。
「!」
エメラルドの瞳に見つめられ、ケイトは目をそらした──心臓の高鳴りを抑えるように、胸に手を当てる。