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カラフル森

 ドアの向こうは空だった。ゆめは目をぱちくりとさせる。

「わあ、すごくきれい!」

 赤や青や緑や白、たくさんの色がもこもこと集まって広がったような森が、どこまでもどこまでも、地平線の果てまでも続いている。空は淡い水色であるだけに、この色の爆発は圧巻だった。

「絵の具を全部テキトーに塗ったみたいな森ね」

 チイがゆめの肩で独り言を言う。容赦ないな、とゆめは苦笑する。モルグはティラノの舌の上、ゆめの足元でぼんやり黙っている。カブトはティラノの前歯のてっぺんに留まり、感心したように下界を見ている。

「きれいだね」

 ティラノの声。とんとんとん、とティラノは歩き、この面白い森の木を潰さないように慎重に開けた場所を探した。どこまでも続くかのように思えた森は、しばらく行くと大河の手前で途切れていた。とんとんとん。ティラノが降りていく。上手なヘリコプターの運転手が運転する車のように、ゆめたちは心地よく地面にたどり着くことができた。

 ティラノがぐぐっと顔を下げる。ゆめたちはティラノのピンク色の歯を越え、さくさくした草の地面に降り立った。

 ひそひそ。

 誰かの声がした。

 ひそひそひそ。

 ゆめは周りを見渡す。大河の向こうにはカラフルな森。大河のこちら側にもカラフルな森。森は、上空から見たときと違って何だか暗くて気味が悪い。

「誰かいるのだろうか」

 ティラノがつぶやく。ゆめは久々にティラノの顔を見た嬉しさで、思わずその太い足に抱きついた。甘い匂いが鼻をつく。目を閉じて、すー、はー、と呼吸をする。目を開く。

「ん?」

 ピンク色の子猿のぬいぐるみが目の前にいた。顔がビニール製で、点みたいな目、一直線の切れ目みたいな大きな口。毛はふわふわしていて色はベビーピンク。と思ったら、子猿のぬいぐるみは目をぱちくりした。どうやら生きているらしい。

「あの、ここの住人?」

 ゆめが恐る恐る訊くと、子猿はぱちぱちとまばたきをした。そして、ティラノの足をぺろんと舐める。

「わっ」

 ティラノの驚いたような声。

「ゆめ、おれの足舐めた?」

 心底不気味そうな声。ゆめが違うと答えようとすると、子猿が甲高く叫んだ。

「ママ! こいつすっごく甘いよ! おいしい!」

 ぎょっとしたゆめたちは、カラフルな森を見た。葉っぱが、うねっている。大きな音を立てて、動いている。まさか。

 次の瞬間、木が一斉に崩れた。と思ったら灰色の幹と枝だけを残して葉っぱたちが一斉にティラノのほうに向かってきた。よく見ると、それらは全てぬいぐるみのようなカラフルな猿なのである。ゆめは恐怖のあまり叫んだ。しかし何千何万という猿たちはゆめをふわふわの毛で撫でていくばかりで何もしない。その代わりティラノの体に殺到する。ぺろぺろと勢いよく舐め始めた。

「わわっ、何? 誰がおれの体を舐めてるんだ?」

 ティラノはやっと首を足元に向けた。途端に凍りつく。当然だ。自分の足か尻尾から猿たちに覆われ、次第に自分の体全体が消えていくようにも見えるからだ。

 ゆめはティラノから離れて、猿たちの奔流から逃れたあとに、叫んだ。

「やーめーてー!」

 しかし猿たちは聞かない。懸命に舐めている。まるで飢えの最中であるかのように。

「ティラノを舐めないで!」

 チイも叫ぶ。モルグは呆然とし、カブトは無言で飛んでいる。

 いつの間にか猿たちはティラノの顔を覆い始めた。口の中にも容赦なく入っていく。ゆめは恐くなってきた。ティラノが食べられてしまう、と思ったのだ。と、そのとき。

 おえっ。

 カラフルな猿たちが勢いよくティラノの口から飛び出してきた。面白いほどに次々と。ティラノは嘔吐を始めたのだ。苦しそうに顔をしかめて。それでも体についたカラフル猿たちはティラノの体を舐めている。ティラノは身震いをした。凄い勢いで。それと同時にカラフル猿たちは飛ばされて行った。反射神経がいいのか、飛ばされてもうまく木の枝などに掴まる猿たちに、ゆめは何だか憎らしい気分になった。ティラノは尻尾と足を振り回し、最後の猿を追い出した。森は一瞬にして静かになり、ゆめはほっと息を吐いた。

「ティラノー!」

 ゆめが泣きそうな声でティラノの足にしがみつく。

「もう大丈夫だよ」

 ティラノが首を向けて微笑む。ゆめは本当に涙が出てきた。

「こりゃ大変だ」

 カブトがつぶやくと、ティラノはうなずいた。こりゃ大変、じゃないよとゆめはカブトをにらむ。ティラノにしがみついたまま。

「この世界は、あんまりよくないみたいだな」

 ティラノは何かをにらんでいた。その方向をゆめが見る。再び猿でカラフルになった森の奥の暗い場所から、白い猿が表れた。やっぱりぬいぐるみみたいな単純な顔。ゆめの顔を見て、おや、という顔をする。不安になるゆめ。

「おおい、あれを持て」

 猿が初めてしゃべった。びっくりした一同は、カラフル森の奥を見る。白い猿の後ろから、後ろ足で飛び跳ねるようにして黄色い猿がやってきた。何かを持っている。

「お嬢ちゃん、これに見覚えはないかな」

 白い猿が差し出すそれを、ゆめは遠目に見た。写真が一葉に、煙管。何が何だかわからない。写真には白い猿が写っているだけなのだ。煙管にも見覚えはない。

「わからんか。じゃあ違うかな」

 白い猿はしげしげと写真を見た。

「この間ニンゲンという奴がやって来て、わしをシャシンに収めてくれたんだ。キセルとやらもくれた。誰か他のニンゲンが迎えに来るのを待っていたのになあ」

 ゆめは訳がわからなかった。猿は人間全てが知り合いであるかのように思っているのだろう。その人は気の毒だが、ゆめには関係のない人だった。

「『扉』を見つけて、行ってしまったよ」

 猿は後ろで控えている黄色い猿に写真と煙管を渡し、ティラノを見た。ゆめはぞっとした。だって、白い猿はとても不気味な細い目でティラノを見ていたからだ。

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