第八話・ムラクモVS漆黒の少女
さて、ムラクモを見ていた少女だが、少女は気付かれていることに気付いていた。そんな状況を少女は楽しんでいる。
いや、
「ハァア……」
悶えている。
悩ましげな吐息を吐き、頬を赤らめ自分の体を抱きしめ、くねくねと動かす少女は色々な意味で目立っているが、少女は何も気にしている様子はなく、ムラクモが次はどんな対応を取るのか楽しみにしていた。
少女が何故さっき見たばかりで一言も話していないムラクモにここまで興味を持っているのかと言うと、それはムラクモの力にある。知っての通り、ムラクモの力であるノアは、意思に従ってその形を様々な物に変えることが出来る。
先の戦闘でその力をムラクモは使っていなかったが、この少女は少々特別であるため、その力を感じ取ることが出来た。
「早く出てこないかしら?」
そんなムラクモを待つ少女に近づく男が二人。
「なあ、そこの姉ちゃん」
「ちいと、僕たちに付き合ってくれない? すぐに終わるからさ」
「遅いわね……何してるのかしら?」
しかし、少女の耳にはまるで入っていないらしい。見事なまでに二人を無視している。そうされると当然、人としては良い気分はしない。
「おい、聞いてんのか?」
「私も行く? いやいや、待ってるからこそ良いのよ。あ~、でも早く見たい」
少女は完全に自分の世界に入っている様で、まるで聞いていない。自分たちが完全に無視されていることに男二人は余程気が短いのかすぐに切れ少女の手を掴もうとしたが、
『――――――――――――――――――――――』
「そうね。この後どうする? 何か依頼でも受けてみる?」
そこで少女の待ち人が武器屋から出てきた。
(今、何を言ったの? 彼)
少女には、ムラクモが只口を動かした様にしか写っていないが、隣にいるキャシーは、なんと言ったか分かるように言葉を返している。そのことに疑問を感じていると、ムラクモが少女の方を一瞬チラリと見て、何か面倒くさそうな顔をしたのを少女も見た。
その後、ムラクモはキャシーに何か言うと少女の方へと向かってきた。
(あら、もう終わり? ん? 後ろ?)
ムラクモは少女に近づきながら、「後ろを見ろ」と言う様に指指した。それに従い後ろを見た少女は、そこで漸く男二人の存在に気付いた。
(どこに行っても変わらないのね?)
少女は自分に手を伸ばそうとしている男を見て心底嫌そうな顔をした。少女は正しく絶世の美女と言っても過言では無い美しさを持っており、そんな少女が街を歩いていれば、邪な考えを浮かべる者は当然出てくる。これまでに何度も、少女はその経験をしてきた。だからうんざりしているのである。
「あ? なんだ、その目?」
「生意気な奴だな」
「はあ……」
溜息を付いた少女は背中の大太刀に手を掛、引き抜くと同時に男達を斬ろうとしたが、
「っ」
それは他でもないムラクモによって止められた。
「なに?」
『…………』
「なんだ、テメエ?」
ムラクモは何も言わずノアを出現させ、少女の前に文字列を作り、少女はそれを読んだ。
「『こんな所で流血沙汰を起こすな』? どうして貴方にそんなこと言われないといけないのかしら? 私がどこで何をしようと勝手よ?」
(「目の前で人を殺そうとしている奴がいたら、普通は止めると思うぞ?」)
「お「だからなに? 言ったでしょ? 『どこで何をしようと私の勝手』だって」
完全に無視されている男の一人が何か言おうとしたが、少女の言葉によって遮られ、しかもそれは男では無くムラクモに向けての発言だった。
(「確かにそうだな。なら、今回は運が悪かったってことで見逃してやってくれ」)
「『運が悪かった』……ね。じゃあ、代わりに貴方が相手してくれない? 一度抜きそうになった所を止められて、こっちはスッキリしないの。それに――」
少女はそこで言葉を区切り、背中の大太刀を一気に抜くと同時にムラクモに斬り掛かった。
それを、ムラクモはバックステップで躱すと同時に刀を取った。
抜刀が速すぎた為か、後ろにいた男の前髪がバッサリと切られ、触れてもいないのに切られたことに恐怖したのか、二人は顔を真っ青にして退散していった。
どうでもいいことだが……。
「貴方には興味があるの。その力、見せて頂戴?」
「ムラクモ! 大丈夫!?」
『――』
様子を見ていたキャシーは、少女が抜刀した所でムラクモの危険を感じ、駆け寄って来た。
「貴方、さっきも、今みたいに声を出さずに喋っていたわね? どうして声を出さないの?」
(「『出さない』んじゃなくて、『出せない』の。ま、原因は分からんが、声が出なくなってな……と、んなことはどうでもいいな。さて、始めようぜ?」)
「(声が出せなくなる? 精神的なショックか何かが原因かしら?)そうね。でも、その前聞きたいことがあるのだけど、いい?」
少女は自分なりに声が出せなくなる原因を考え、そのことについて何か心当たりがあるのかムラクモに質問することにした。
(「なんだ?」)
「声が出せなくなったのは、いつから? それと、その時何かショッキングなことが起きたりした?」
(「声が出なくなったのは十年前。ショッキングなことっつったら、目の前で親父とお袋が殺されたことかな? それがどうかしたか?」)
後ろで見ているキャシーは、ムラクモの体に隠れていることもありその文字を読むことは出来なかったが、今はそれで良かったのかも知れない。
「『どうかしたか?』って……まあ、いいわ。誰に殺されたのか、それも教えてもらえるかしら? もちろん無理にとは言わないわ」
少女は初対面の人間にそこまで教えないだろうと思いながらも聞いたが、ムラクモはあっさり、「魔物だよ」と答えた。
「魔物?」
多少驚きながら、少女は復唱する。
(「そ。夜、いきなり魔物が押し寄せてきてな? そいつらにガブリと。俺はノアのおかげで生き残ることが出来たんだよ」)
「…………」
(「どうした?」)
急に黙った少女にムラクモは問いかけた。だが、下を向いているのでその文字列は見えていない。
ムラクモもキャシーも、黙り込む少女を暫く何もせず見ていた。
やがて少女は顔を上げた。
「いいわ。始めましょう」
そして、大太刀・ドラゴンキラーを構えた。
ムラクモはキャシーに下がる様に言い、ノアを構えた。
お互いの準備が整ったことを確認した二人は、示し合わせたかの様に同時に踏み込み、中央でぶつかり合った。甲高い音が辺りに響き、それによって周りの者は二人に注目し始め、その中には先程のムラクモの戦いを見ている者もいた。
瞬く間にその者等の口から広がっていき、野次馬は湧くようにどこからとも無く現れ、終いには街の殆どの人間がギルド前に集まってしまった。
「ちょ! どいて! 見えない!」
その人波に、小柄なキャシーはあっさり飲み込まれてしまい、ムラクモと少女の姿はすぐに見えなくなってしまった。
「フッ! ハアッ!」
牙突から勢いを利用した回転斬りを放ち、それをどちらも躱したムラクモは一気に少女の懐に入り込み下からの斬り上げを繰り出した。顔を真上に向けて躱した少女は、そのまま体を後ろに回転させながら蹴りを放ち、ムラクモは顔を右に逸らして躱した。
綺麗にバク転をした少女は、右足が地に着くと同時に大太刀を構え、前傾姿勢のまま力強く地を蹴った。急接近した少女は横凪に一閃し、ムラクモは屈んで躱したが、少女は空中にも関わらず、また勢いを利用した回転から一撃を繰り出した。
ノアで防御したムラクモは、右手を堅く握り立ち上がる勢いをそのままに少女の鳩尾に向けて拳を放ったが、
「甘いわよ!」
大太刀から手を離し、少女はそれを受け止めた。
だが、完全に威力を殺すことは出来なかったのか、受け止めた瞬間痛みに顔を顰めた。
二人の戦いはそこから一時肉弾戦に移行した。
ムラクモはノアを使えば問題無いのだが、当たってしまえば間違いなく殺してしまうことは分かっている為、今は引っ込ませている。
至近距離での拳の繰り出し合いの中、一瞬の隙をお互い見つけられず大きな動きは出来ずにいるが、拳を繰り出す早さはどちらも尋常では無く、その動きを目で追うことが出来る者はこの場には二人を除いて存在していない。
「貴方、戦闘経験はどれくらいなの?」
(「十年位だよ」)
今はノアを出す余裕を持っている様で、ムラクモは動きを止めず文字列を作った。
器用な人間である。
「対人戦は?」
(「お前が二人目。そんなこと聞いてどうするんだ?」)
「いえ、なんとなく、よ!」
話している間に優勢に運ぼうとしたのかどうかは分からないが、少女は拳を屈んで避けながらムラクモに足払いをかけた。躱されることが分かっていた少女は、その隙に地面に刺したままにしていた大太刀を取り、距離を取る。そしてギルドの屋根に飛び移った。
「場所を変えましょう! 人が多すぎて動きにくいわ!」
そう言うや否や、少女は街の南口に向かって屋根伝いに走って行き、すぐに見えなくなった。かなりの速さで走っている様だ。
(あれだけ動いておいてよく言うよ)
心の中で悪態をついたムラクモは、自分の後ろに出来ている人だかりに突っ込み、
「あ、ムラクモ! って、きゃっ!」
キャシーを抱きかかえて屋根に跳び少女の後を追った。
『舌噛むからな。追いつくまでは喋らない方が良いぜ』
キャシーはおとなしく頷いた。
「この辺で良いかしらね」
街を出た後も少女は止まることなく走り続け、やがて街道と森以外何もない平原に出た所で止まり振り向いた。
『大丈夫だったか?』
「……うん」
お姫様抱っこが恥ずかしかったのか、やや間を置いて答えたキャシーを降ろし、ムラクモは再度ノアを出現させると、少女を見据える。言われることが分かっていたキャシーは、戦いの邪魔にならないようにムラクモから十分な距離を取った。
「ハッ!」
「はやっ――」
キャシーが離れたことを戦闘準備が整ったと解釈した少女は、十メートルはあった距離を一足飛びで詰め、先程までとは比べものにならない速さで大太刀を下から振り上げ、その余りの速さに、キャシーは驚きを隠せなかったが、ムラクモは慌てることなく綺麗に躱し、結果一瞬前までムラクモが立っていた場所から数十メートル後方まで大きな傷痕が残った。
相手がやっと本気を出したことにムラクモも気分が昂まり、少女の追撃が来る前に刀を振り下ろした。
「ッ!」
それを見た少女は、「殺される」と言う明確な未来が視え、生物的本能に従い大太刀を離し一気に距離を取った。荒くなった息を整えながら、体中に嫌な汗を掻いていることを実感しつつ瞬きを忘れムラクモを見ている。
(何よ、今の……心臓を直接握られた様な……嫌な感覚は?)
目の前に突き刺さっている大太刀を取ったムラクモは、それを少女の近くに向けて放り投げ、見事少女の目の前に刺さった。それを抜き少女はまた構えるが、まだ恐怖が残っておりその手は震え、大太刀はカタカタと音を鳴らしている。
たった一回の、それもほんの少しの本気の一撃に込められた殺気を受けた少女はすっかり萎縮してしまい、さっきまで威勢はどこへやらと言った感じで、その場から一歩も動けずにいる。
遠目から見ていたキャシーも、少女の様子がおかしいことに気付き、一度ムラクモを見たが、当のムラクモは未だ刀を構えていることからこのまま続行することが分かり、結局何も言えないままだった。
少しして、次はムラクモが先に動きゆっくりと一歩ずつ少女に向かって歩き始めた。
「ぁ……」
恐怖の余りか、まともに声を出すことも出来ず少女はただただ怯えその場に立ち尽くしていた。
一歩一歩確実に近づいてくるムラクモに、恐怖心は膨らんでいき、やがて手の震えは腕を伝って上半身に、そこから更に下半身に伝い、結果少女の体はガクガクと揺れ始めた。何も出来ず、近づいてくるムラクモを眺め、遂にムラクモは少女との間合いを拳一つ分程までに詰めた。
大太刀を右手で退かし、少女の目を正面から見据えるムラクモに、少女はまた怯える。
この距離ならば、例えたった今剣を握った者でも外すことはない。
目の前の人間がそんなヘマをしないことを、さっきまで戦っていた少女はよく理解している。
そして、ムラクモはゆっくりと刀を握っている左手を上げた。
「あ……ああ……」
――――殺される
そう確信した少女は堅く目を瞑り、その瞳から涙を流した。
「――――ぇ?」
だが、少女の体に刀が振り下ろされることは無く、代わりに感じたのは頭にポンと軽く何かが乗せられる感覚。
おそるおそる目を開くと、目の前には穏やかな笑みを浮かべたムラクモがおり、刀が握られていた左手は少女の頭に伸びている。
そのことに、少女は自分でも分からないがひどく安心し、ペタリと座り込んで声を上げながら泣いた。
ムラクモもそのまま腰を下ろし、泣きじゃくる少女の頭をそっと撫でる。
その様子を見ていたキャシーは、戦いが終わったことを理解し走ってムラクモの元に向かい、隣に腰を下ろす。それを確認したムラクモは、少女に伝えたいことをキャシーに伝えて貰った。
「『殺される。そう思った時お前は怖かっただろう? お前が今まで人を殺したことがあるのかは知らねえけど、殺したとしたら、そいつらも同じ気持ちを味わったんだぞ? だからな、これからは人相手に剣を抜くことは余りするな。抜く時は自分も殺される覚悟を持て』、だってさ」
未だ泣きじゃくっている少女にその言葉がどこまで通じたのか二人には分からなかったが、とりあえず泣きやむまでは一緒にいることにした。
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