第二話・失った物、そして……
ムラクモ一人称です。途中から一人称が変わります。
目の前でお父さんとお母さんが殺された。
次はぼくを殺そうとガルムが襲いかかってきた。
――――そこからの記憶は無い。
翌朝、気が付いた時に見たのは、荒れ果てた家と、ぼくに手を伸ばして死んでいるお父さんとお母さんだった。
喉が引きつるのを感じながら、ぼくは二人に呼びかける。
いや、呼びかけようとした。
「――――」
けれど出来なかった。
声が出なかったから。
その後、何度試しても、ぼくの口から声が出ることは無かった。
原因は分からないけど、ぼくは声を出せなくなり、大切な人たちを失った。
声は出なかったけど、涙だけは止まることなく流れ続けて……でもお父さんとお母さんをこのままにしておくなんてこともできなくて、ぼくはお母さんの冷たくなった体を引きずって家の裏まで行き穴を掘って埋めた。
次にお父さんの体を引きずって、お母さんの隣に埋めた。
その時に見た村は、昨日までの村の面影すらない程めちゃくちゃにされていて、至る所に人が転がっていた。
それを見て、また涙があふれてきたぼくは天井がなくなった家に飛び込み、隅っこで体を丸くした。
それから、何日経ったのか分からない。
けど、じっとしているとお父さんとお母さんが殺された時のことを思い出してしまう。
気が付くと、ぼくは家から飛び出していた。
そのまま走り続けて足を止めた時、ぼくは近くの森にいた。
暴れる心臓が落ち着くのを待っていると、少し遠くに魔物の姿が見えた。
そいつは、二つの長い耳と黒い毛と赤い目を持つ魔物、<ラビ>だった。
見ていると、そいつもぼくに気付いたようで、ぼくを食べようとでも思っているのか、四本の足を使って走ってきた。
「――――!!」
声を出さずに叫び、ぼくもラビに向かって走った。
ただがむしゃらに殴って、体中至る所を噛みつかれたりして、服もボロボロになったけど、それでも手は止めなかった。
止めたら、そこで終わってしまう気がしたから。
仰向けに倒れて、鉛色の空を見上げる。
結果で言えば、ぼくは負けなかった。
でも、勝手もいなかった。
戦っている途中で、ラビの方が諦めたのか帰って行ったから。
この状態で、また魔物が来たら今度こそ死んでしまう。
そう思って、無理矢理体を起こしてぼくは村へと戻って、家に入った途端意識を失った。
翌朝、お父さんとお母さんが殺された時の夢を見て目が覚めた。
「…………っ」
また涙があふれてきて、ぼくは、今度は自分の意思で森を目指して走った。
ラビを見つけて突撃し、無我夢中で拳を振るった。
体を動かしてさえいれば、二人のことを思い出さないから。
夢中で体を動かし続けた。
今度も勝ちも負けもしなかった。
家に戻ってまた眠る。
翌朝、今度は空腹で目が覚めた。
そういえば、ここ数日は何も飲み食いしていなかったことを思い出し、空腹であることを自覚すると、お腹の音が止まなくなった。
でも、もちろん食料なんて家にはない。
あったとしても、とっくに腐っていると思う。
でもここハイス村は、いつか<ききん>というものが訪れた時に備えて、毎年食料を少しずつ村の倉庫に保管していたから、もしかしたら少しくらいは食べられるものが残っているかも知れない。
奥にある倉庫に向かう途中、友達を見つけたけど、もちろん死んでいた。
他の人たちも同じ様に。
破壊された倉庫の破片などを避けながら中に入り、見てみると思った通り殆どがぐちゃぐちゃに潰れていて、とても食べられる状態じゃなかった。
その中を漁り、なんとか食べられるものを探し出し、少しだけ食べてあとは家に持って帰った。
これからは、できるだけ少ない食料で毎日を過ごさないといけない。
ごはんを食べて、また森に向かいぼくはラビと戦った。
相変わらず勝つことはなかったけど、二日前に比べればだいぶマシにはなった。
お腹を叩けば動きを鈍らせることができるのかも分かった。
その後、また家に戻って眠った。
それからは、二日に一回朝にごはんを食べるだけで、後は戦って眠るを繰り返して生活した。
服がもう着ることができなくなってしまったから、落ちていた布を適当に巻き付けた。
戦っている内に、傷の治りが早いことに気付いた。
最初は、ただ夢中だったから気が付かなかったのかも知れない。
ラビに噛まれた程度の傷なら、眠っている間にぜんぶ治っていて、偶に大きな怪我を負っても丸一日眠っていれば完治した。
でも、戦うなら都合の良い体であることは事実だから、特に気にせず戦い続けた。
約一年が経ち、ラビなら勝てる様になった。
お父さんが使っていた短剣を持ち、今度は灰色の毛を持つ魔物、<ガルム>と戦ってみようと思い、一体で行動しているガルムを探して森の中を歩き、見つけた所で周りに仲間がいないかどうかを確認して攻撃を仕掛けた。
ラビとは全く違う動きをするガルムに、最初はもちろん勝つことはできなくて、何度も逃げた。
途中、仲間やラビが来ることもあって本当に危ない時もあった。
それでも、戦うことは止めなかった。
二人のことを思い出して涙を流すことは無くなったけど、やっぱり思い出すのは辛いから……体を動かし続けた。
更に三年が経過した頃には、ラビはもちろんガルムにも負けなくなり、とっくに尽きた食糧を補うためなんとか食べられる様にして食べた。
最初は食べるのが辛かったけど、食べる内になれて、今は普通に食べることができる様になった。
骨を適当な所に埋めて、それに向けて合掌し、今日もオレは森へと向かった。
「グゥウウウウ……」
目の前で四体のガルムが威嚇している。
木を削って作った自前の木刀を構えて、オレも戦闘態勢を整えると、ガルムが一斉に飛び掛かってきた。
上体を捻ったり木刀で防いだりして捌き、一体を木刀で叩き、一体を殴って地面に叩きつける。
残っている二体に、踏み込んで一気に接近し横凪に一閃して吹っ飛ばすと後の木に叩きつけられ、地面に転がった。
木刀を逆手に持ち背中側に振るとガルムの鳴き声が聞こえ、次いで倒れる音が聞こえた。
最初に殴ったガルムが攻撃を仕掛けてきた訳だ。
四体全てを戦闘不能にすると、茂みから一斉に仲間が飛び出してきた。
保険をかけていたらしく、十以上はいる。
改めて戦闘態勢を取り、ガルムに備える
そして、一瞬の静寂の後聞こえたのはガルムの吠える越えではなく、かと言ってもちろんオレの声でもない。
――グオオオオォオオオオオォォオオオオオオ!!!
森全体どころか、大陸全土に響きそうな、正しく天を衝くような咆吼だった。
それを聞き、ガルムたちは仲間を置き去りにして一目散に逃げ出した。
大きな翼が羽ばたいている音が聞こえて上空を見ると、巨大な影が差し、辺り一帯の木々を潰しながら、数メートル先に巨大な四肢を支えとして降り立った。
そいつは、赤黒い鱗に包まれた巨大な体と、同じく巨大な翼を持つ、本来この<スレイジア大陸>にはいない筈の<ブラッド・ドラゴン>だった。
ブラッド・ドラゴンは周辺を見渡し倒れているガルムを見つけると、その大きな口を開き躊躇することなく開きかぶりついた。
ガルムの鳴き声と同時に血が噴き出し地面を汚す。
勝てる訳がないことは分かっていた、けれど逃げることができなかった。
ラビやガルムなんかとは比べるのはおこがましい程の圧倒的な威圧感が、オレの体から自由を奪っていた。
どれだけ動かそうと思っても、足は竦みきってしまい指一本すら動かすことができない。
何も考えられずにいると、目の前に迫ったブラッド・ドラゴンが口を開き、闇が広がった。
親父とお袋、友達、村の人たちの顔。
それらが、次々と浮かんでは消えていった。
死ぬのか?
こんな所で、何も出来ないまま――――オレは死ぬのか?
そんなのはご免だ!
瞬間、ブラッド・ドラゴンの動きが止まり、おかしな動きを始めた。
いや、可笑しいと言うより、「あり得ない」と言った方が正しいか?
首の位置がずれている?
そんな感じだった。
そのことに疑問を抱いていると、何かがブラッド・ドラゴンの体を斬り裂いた。
そして、呆気なく崩れ去ったブラッド・ドラゴンは何か黒い物に呑み込まれ、肉片一つ残さずその場から消え、後にはなぎ倒された木々と、ブラッド・ドラゴンの血が残った。
黒い何かは、ゆっくりとオレに向かってきて、今度こそオレは終わると思い目を閉じた。
だが、どれだけ待っても何の衝撃も来ず、オレはそっと目を開けた。
目に映ったのは、黒い何かがまるでオレのことを心配でもしているかのように、目の前を忙しなく右往左往しているという……どう説明すれば良いのかよく分からない状況だった。
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