第十六話・燦々と
コマナシに帰ってきた五人は、宿に着いた所から別行動を取ることにし、三人はギルドにて報酬を受け取った後、アクア・ドラゴンの情報を得るため、ガトレア達が情報を得た情報人の店を訪ねていた。
「アクア・ドラゴン? なんだ、お前さん達、アイツに挑もうってのか?」
「ええ。なにか、分かることはあるかしら?」
眼鏡を掛けたおじさんの言葉にメルシアが頷くと、おじさんは「まあ、いいがな」と言ってアクア・ドラゴンのことを話し始めた。
現在、アクア・ドラゴンはマクトウェイ大陸近海を泳いでおり、約二ヶ月後には、スレイジア大陸、東端に位置する〈ワトウトワ〉の港付近を通るであろうと予測されるらしい。幸い、と言って良いのか分からないが、ワトウトワに着くまでに通る街は無く、あるのは既に滅んだムラクモの故郷、ハイス村だけだ。
現在、アクア・ドラゴンが近海を泳いでいるマクトウェイ大陸では、「アクア・ドラゴン討伐依頼」が出されているが、恐らくそれをクリアする者は出ないだろう。このおじさんはそれも含めて話している。
「どうしてそう思うの?」
「アクア・ドラゴンはな、アイツ自体が再生魔術の様なもんなんだ……だから、どれだけダメージを与えたとしても、ほんの数秒でモノの見事に完治しちまう。例え大きなダメージを与えても、海中に逃げられたら手の出しようが無い。雷属性の魔術を使えば、何とかなるだろうが、そんな海中深くまで届かせることは出来ない。色々言ったが、まあ、簡単に言えば、『倒す手段が無い』ってことだ」
「それは――」
「そう。事実上、アクア・ドラゴンは最強の魔物ってことになる」
「…………ありがとう」
何か手段は無いか、問おうとしたメルシアだったが、そんなことをしてもおじさんを困らせるだけだと判断し、何も聞かないことにした。
「――だがな」
「え?」
ムラクモ、キャシーの元に戻ろうと振り返ったメルシアの背中におじさんは声を掛け、彼女は振り向いた。
「『一撃』で倒すだけの威力を持っている者がいるなら、話は別だ。例えば――アンタとかな?」
後半、おじさんは眼鏡の奥にある眼を鋭くさせ、声を低く落としながらそう言い、その言葉を受けたメルシアは、
「……フフッ。面白いわね? そうね、そんな力があれば良いわね? それじゃ、情報、ありがたく受け取っておくわ、おじさま」
笑いながらそう言って、二人の元に向かった。
「あ、終わった?」
「ええ。行きましょう」
「うん。おじさん、ありがとうございました」
「ああ。また、知りたいことがあったらいつでも来なよ?」
「はい」
隣に立っているムラクモも、一度礼をすることで感謝の意を示し、三人は情報屋を後にした。
「何だったんだ? 今の三人は……やれやれ、この前の二人もそうだが、いくら力を抑えているとは言え、老体にはちと堪えるわ」
誰もいなくなった空間で、おじさんは溜息混じりに呟き、その場から姿を消した。
∞
情報屋から出た三人は、アクア・ドラゴンとどう戦うかを検討していたが、結局ウーティの加護を受けたスカイブルーを持っているムラクモが水中で戦い、引っ張り上げた所でキャシーとメルシアが攻撃を加えると言うことになった。
ムラクモとしては、別に倒すことを考えている訳ではなく、角をもぎ取ることが出来れば良いだけなのだが、実力の離れすぎている相手と戦うことも重要だと思い、そういうことになった。
「アクア・ドラゴンについては、それで良いとして……約二ヶ月、どうする? ワトウトワに行くには、〈ワトウ峡谷〉を抜けないと行けないし、そこから更に二週間くらい掛かるから、早く出発して備える?」
「あ~……あったわね、峡谷」
「メルシア、そこも越えたの?」
「いいえ、麓までは行ったけど、特に用事がある訳でも無かったから入らなかったわ」
『用事が無いなら、なんで行ったんだ?』
キャシーから通訳して貰ったメルシアは、少しの間黙り、「何となくよ」とそっぽを向きながら言った。
(面倒だったんだな)
「それで? 結局、これからどうするの?」
「う~ん……峡谷に行くにしても、まずはディロウアに行かなきゃだからね、まずはそこに向けて出発する? 一ヶ月後には、大会も開かれるし」
『大会?』
「うん。ディロウアには、冒険者や腕に覚えのある人が多くてね? 年に何度か大会が開かれてるの。二人なら、優勝も狙えるんじゃない?」
『「興味ない(わ)」』
「おお、ピッタリ」
バッサリ斬り捨てた二人に、薄々そうじゃないかと思っていたキャシーは、笑顔で言った。
その後、宿に着くまで色々な露天などをめぐりながら話を続けた結果、ディロウアには行くが大会には出ず、そこでもアクア・ドラゴンの情報を出来るだけ得ようということになった。
宿に着き、キャシーとメルシアの二人は風呂に入ることにした。入る際メルシアが妖艶な笑みを浮かべながら「覗きたいなら覗いても良いわよ?」と言うと、キャシーは火を噴いた様に赤くなり、ムラクモはメルシアに軽いチョップを降ろした。
二人の後で、風呂に入ろうと思っているムラクモは、二人が出るまでとりあえず寝ておこうと思い、三つ並んでいるベッドの真ん中に寝転がった。帯に差しているスカイブルーを枕のノアの中に収納し、眼を瞑り、闇の中へ意識を落とした。
「柔らかい……メルシアも触ってみてよ、ムラクモのほっぺた、ぷにぷにしてるよ?」
「(これ、普通逆じゃないかしら?)私は良いわ。どうせなら、するよりされたいもの」
「そう? こんなに柔らかいのに……へへ、ぷにぷに~」
ムラクモが寝ているベッドの隣に、膝立ちをし、頬杖を突いていない方の手で彼の頬を突くキャシー。メルシアにも参加を促すキャシーだが、彼女はそれを断り、髪を拭きながら窓の外を見た。
上気してほんのり紅くなった彼女の頬を、水滴が伝い膝の上に落ちる。
(夕陽って……こんなに綺麗なモノだったかしら?)
飽きずにムラクモの頬を笑顔で突いているキャシーを視界の端に収めながら、外の夕陽を見つめたメルシアに、ふとそんな疑問が生じる。
(今まで、夕陽を見たからと言って、何かを感じたりしたことは無かったけど……何かしらね? キャシーが笑っていて……ムラクモが…………そう言えば、ムラクモってどんな人間なのかしら? キャシーは、見ての通り可愛くて、表情がころころ変わって、素直で、戦闘センスがあって)
「ぷにぷに~」
メルシアは、窓からキャシーに視線を移した。未だ飽きずに突いているキャシーに対してもそうだが、起きないムラクモにも若干呆れつつ、しかし見ていると自然と頬が緩んでしまう光景に、メルシアは考えることを放棄した。
「これから知っていけばいいわね」
「? 何か言った?」
「いいえ……あら、ホントにぷにぷにしてるわね」
ポツリと呟いた言葉に反応したキャシーにそう答え、彼女はキャシーとは反対側からムラクモの頬を突き始め、少し悔しそうな顔をしながら感想を口にした。
「でしょ?」
「なんだから、女として負けた気分だわ」
「あはは」
それから数分、二人はムラクモの頬を両側から突き、彼が起きそうになった所で止め、寝顔を見ることにした。
その寝顔を見ながら、メルシアがキャシーにある質問をする。
「笑わない?」
「笑わないわよ(赤くなりながらモジモジするなんて、可愛すぎる)」
確認したキャシーは、一度深呼吸し、彼女の問いに答えた。メルシアは、その答えを聞き、笑わないと言ったにも関わらず、小さく、くすりと笑った、と言うよりは頬笑んだ。
「あぅ……笑わないって言ったのに……」
「ふふ、ごめんなさい。貴女は本当に素直な娘だな、と思ってね」
立ち上がり、キャシーの隣に座り直したメルシアは、少女の小さな頭を抱き、そっと撫でた。その途端、キャシーは得も言われぬ安心感に包まれ、ほう、と息を吐きながら彼女に全体重を預け、目を閉じた。
彼女に耳に、心地の良いメロディが聞こえ、閉じていた目を薄く開き隣を見ると、目を閉じながら、歌を歌っているメルシアが写り、密着している所からじんわりと広がる温かさに、キャシーはもう一度目を閉じ、やがて眠りの中へ落ちていった。
∞
肩に寄りかかって眠っていた少女を、首が痛くならないようにベッドに移し、布団を掛ける。とても安らかに眠っていて、当分は起きそうに無いけれど、夕食の時間を過ぎても起きなかったら、その時は起こした方が良いかも知れない。
後ろのベッドに目を移すと、彼は目を覚ましていたようで、ベッドに上に胡座を掻いて座っていた。寝ている間に凝り固まった体を伸ばしたり曲げたりして解していて、偶に関節のなる音が聞こえる。
「起きたのね?」
そう言うと、彼はこちらに眠そうな顔を向けて、おそらく「おはよう」と口を動かした。目はまだ閉じられていて、相当な眠気が残っているみたいだ。それから、ふらりと立ち上がり洗面所へ向かっていった。
念の為ついていくと、案の定彼は水を出した所で動きが止まっており、立ったまま器用に寝息を立てていた。体をこちらに向けさせた後、両手を水で濡らして、彼の両頬に軽く打ち付ける。
一瞬ビクッ、と体を強張らせた彼は、少ししてうっすらと目を開き、やっとこちらと視線を交錯させた。
「ほら、早く顔洗いなさい」
ゆっくりとした動作で頷いた彼は、数回水を顔に打ち付け、眠気を飛ばした。多分、それでも彼の眠気は飛ばないだろうから、この後もうたた寝するかも知れないけど、その時はまた水を掛けるなり、頬を抓るなりしよう。
洗面所から出て、彼のベッドのシワを伸ばして整えると、終わってすぐ彼はベッドに座った。少しは礼なりなんなりをして欲しいと思うのは、おかしなことでは無いと思う。と、思っていると、彼がなにやら手招きをしていた。
疑問に思いながら近寄ると、彼は徐に手を伸ばして来て、私の頭を撫でた。
「…………っ! な、なにを!?」
顔に血が上ってくるのを確かに感じながら言うと、彼は一度ポンと軽く叩いて手を退かした。それから、一度大きな欠伸をして、窓の外に目を遣った。
夕陽は、もうすぐ完全に沈む所まで来ていて、既に窓から見える所は殆どを紫が占めている。
窓側のベッドではついさっき眠ったばかりのキャシーが、寝返りを打ち少し右側に寄った。それを見た彼が、なんとなくだけど笑った様な気配がして、見ると口角が少し上がっていて、目元も緩んでいた。
――彼は、キャシーのことをどう思っているんだろう?
そんな疑問が不意に浮かんできて、聞こうかと思ったけど、やっぱり止めておいた。その内、彼女自身が聞くかも知れないし。
「お風呂、入ってきたら? その服も、結構汚れちゃってるし」
振り返った彼が口を開き何か言ったけど、ハッキリとは分からなかった。多分肯定の言葉を口にしたのだろう。彼はベッドから降りて、眠っているキャシーの頭をそっと撫で、浴場へ向かい始めた。
「なんだか、父親みたいね? 貴方」
その背中にそう言うと、彼は立ち止まって振り返り、
『じゃあ、お前はお袋だな?』
と言った。
「それも良いかも知れないわね」
どうしてか分からないけれど、彼の言ったことが全て分かった私はそんなことを言っていた。
∞
ムラクモが浴場から出て、まず目にしたのはキャシーの側で子守歌を歌っているメルシアの姿だった。ベッドに腰掛け、肩の所を一定のリズムで優しく叩きながら歌っているその姿は、本当に母親の様に見え、ムラクモは頬笑む。
彼女は歌うことに集中している様で、ムラクモに気付いておらず、彼は暫く壁に背中を預け、彼女の歌に耳を傾けていた。
歌い終わったメルシアは、最後に布団をかけ直して立ち上がり、壁に寄りかかっているムラクモを見て一瞬驚いたが、すぐに「いたなら声を掛けなさい」と言った。ムラクモは、笑いながら手で謝る仕草をする。それと同時に、彼の腹の虫が鳴き、メルシアは溜息を付きながら、夕食を取る為に一度下に降りていこうとしたが、ムラクモが引き止め、彼が行くと言った。
「そう? それじゃ、よろしくお願いするわ」
『ああ』
頷いたムラクモは夕食を取りに行き、戻ってくると目を覚ましたらしいキャシーがベッドの上で座って目を擦っていた。目の端に涙が堪っていたのは、欠伸をしたからだろう。その隣では、メルシアが彼女の髪を手櫛で整えている。
「あ、おはよう……ムラクモ」
(おはようっつても、今は夜だけどな)
目が薄くしか開いていないキャシーに、唇の動きを読むのは無理だろうと判断し、ムラクモは思うだけにして、ベッドに腰掛けた。盆に乗せられている三人分の料理から、自分の分を取り、盆ごと二人の分をメルシアに渡した。
「ありがと」
『おう』
「う? ごはん?」
「ええ。ちゃんと食べられる?」
「だいじょうぶ。いただきます」
『「いただきます」』
夕食を食べ始め、そろそろ終わりそうな時になり、三人の部屋の扉をノックする音が聞こえ、ムラクモが扉を開けた。
「やっほー! さっきぶり!」
「もう少し静かにできんのか、お前は?」
「別に良いでしょ? ね?」
「(いいんじゃね? とりあえず入れよ)」
ノックしたのは、マイト大森林で一時的に行動を共にした二人、ガトレアとニーナだった。部屋に招き入れ、ムラクモが座っていた場所に二人が座り、ムラクモはメルシアの隣に腰を下ろし、三人と二人は向かい合った。
「(お前等、もう飯は食ったのか?)」
「うん、さっき済ませて、部屋が隣だから突撃しちゃおう~、と思ってね」
「(そうかい。それで? サンドライガのことは、何か有益な情報を得られたりしたのか?)」
「あ、そうそう! それがね、今アイツ、ワトウトワ方面に居るらしいんだ! なんか、そっちから来た人が、途中で見かけたって言ってたの!」
「落ち着け、ニーナ」
ガトレアに首根っこを掴まれ、ベッドに座り直させられたニーナは咳払いをして、話の続きを始めた。
「それで、あたし達は明日出発して、早速ワトウトワに行こうと思ってるの。だから、来たのはお別れの挨拶も兼ねてるんだ」
「え? わたしたちもワトウトワに行くよ?」
「む、そうなのか?」
「ええ。今の私たちの旅の目的が、その付近にあるのよ。だから、あと五日ここに滞在したら、まずディロウアに向かうわ」
「そう言えばさ、メルシア達の目的ってなんなの?」
「ああ、言ってなかったわね。アクア・ドラゴンを倒すことよ」
「「は?」」
頓狂な声を上げ、メルシアを見る二人。その目は「本気?」と言っているかの様に疑いの色を滲ませており、それを読み取ったメルシアは空になった器を盆に置きながら「本気よ」と答えた。
「確認するけど、『アクア・ドラゴン』って、あの『アクア・ドラゴン』だよね?」
「『あの』が『どの』か分からないけど、アクア・ドラゴンは一体しか居ないわよ」
「だよね……」
がくりと頭を垂れるニーナは、しかし直ぐに顔を上げ
「ねえ、暫く一緒に動かない?」
と提案を出した。
「何を言っているんだ?」と、彼女を咎めようとしたガトレアだったが、それは三人の
「いいよ」
「構わないわ」
「(いいぜ)」
この肯定の言葉により発せられることは無かった。
「(じゃ、俺等も明日出発するか?)」
「私は良いわよ? キャシーは?」
「わたしもいいよ。でも、わたし達と一緒に動いてて、サンドライガに逃げられたりしないの?」
「ああ、そう言えばそうね……サンドライガって、そんなにのんびりしてる魔物?」
「のんびりしてるかどうかは分からないけど、多分一ヶ月位なら今いる所の周辺をうろついてると思うよ。それに、もし逃げられてもハッキリと痕跡が残っていれば、ソレを元に魔術で追うこともできるから」
「そっか。じゃあ、大丈夫だね。改めて、これからよろしく、ニーナ、ガトレアさん」
手を差し出すキャシーに、ニーナは「よろしく~」と言いながら手を握り、ガトレアは「呼び捨てで構わない」と言いながら手を握った。
その後、メルシア、ムラクモとも同様に握手を交わし、話もそこそこに二人は部屋に戻った。
食器を返しに行った、ムラクモはついでに明日宿を出ることになったから、残り五日分の宿泊費を返してもらえるか尋ね、問題無いとのことだったので、五日分の宿泊費を返却して貰い、部屋に戻った。
ノアを出した際、ちょっとした騒ぎになったのは別の話。
「(もう寝たのか?)」
「ええ。さっきも結構寝てたんだけどね……やっぱり、まだ子どもだからかしら、よく眠ってるわ」
「ぅ……おとう……さん、お……かあ……さん」
あれだけ眠ったキャシーは、既に就寝しており、腰掛けたメルシアが子守歌を歌っていた時の様に肩を優しく叩いていた。それが、今は離れている両親を思い出させたのか、キャシーは小さな声で呟いた。
ムラクモとメルシアは顔を見合わせ、小さく、くすりと笑った。
「お父さんとお母さんじゃないけど……私とムラクモは、貴方の側に居るわよ?」
「…………」
恐らく聞こえては居ないだろう。だが、メルシアがそう言い、少女の頬に手を添えると、少女は確かに笑った。
手を離そうとしたメルシアだったが、キャシーに掴まれたことで出来ず、その日は同じベッドに並んで眠ることとなった。その際ムラクモもどうかと彼女は誘ったが、彼は断り軽くメルシアの額にチョップを入れた。
(この子も喜ぶと思うのだけれど。……それ以上に羞恥の方が大きいかしら?)
「(じゃ、灯り消すからな?)」
「ええ、お休みなさい」
『お休み』
照明を消して数分後、隣のベッドからもう一つの寝息が聞こえたことで、メルシアが眠ったことを確認したムラクモは、窓の外に目を向けた。
月は出ていないが、星々が煌めく夜空を暫く見つめた後、彼はベッドで抱き合って眠っている二人にもう一度「お休み」と言って目を閉じた。
翌朝、五人は食堂で朝食を食べた後早速出発し、早速面倒なことが起こった。
「ギュワワワワワワワ!」
普段は殆ど地上に顔を出さない昆虫型の魔物〈ワーム〉が、街道の真ん中に出現し、行商人や他の冒険者はそのたった一体のワームによって進行を妨げられていた。ワームは五メートル程を地上に出し、口から粘性のある糸や、毒性のあるブレスなどを辺りに撒き散らし、冒険者達を苦しめている。
「丁度良い。昨日はお前達の力を見せて貰ったからな、俺とニーナの力も見せておこう」
「だね」
先日、グリフォンをムラクモ一人が倒したことにより、二人は結局出番がなく自分達の力を見せることが出来なかったので、今後の為にも知って貰っておいた方が良いだろうと思い、武器を構えながら前に出た。
「(それは良いが、終わったらさっさと離れるぞ? 絶対面倒なことになるからな)」
「分かっている」
簡潔に答え、二人はワームと戦闘中の集団の中に歩いて行った。
「ウィンド」
たった一言放ち、それだけで二人の周りに風の防壁を発生させるニーナ。それにより目前まで迫っていたブレスは流され、二人に届くことは無かった。
現れた新たな得物に、ワームは鳴き声を上げ他の者達は無視して二人に突進した。地面を抉りながら向かってくるその様は、見る者が見れば恐怖に足が竦みそうだが、二人は全く動じず、それどころかガトレアは自ら突っ込むことを選んだ。
大剣を地面と水平に構えながらワームに向かっていく。
「ギュワアアア!」
「ヌウン!」
見た目がいくら屈強なガトレアとは言え、ワームが相手ではその攻撃は弾かれる。
見ていた者達はそう思っていただろうが、ニーナ、そしてムラクモとメルシアの三人はそんなことは思っていなかった。寧ろニーナに至っては、相手のワームを哀れんでいるくらいだ。
その証拠に、次の瞬間彼女達の耳に届いたのは「ギュルアアアア!」と言う、ワームの苦悶の叫び。下から振り上げた彼の攻撃はワームの突進を防ぐだけでなく、地中に埋まっていた腹部から下までをも引っ張り出し、数メートル先に吹っ飛ばした。
誰もが唖然として、その光景を見ている中、後方で見ていたムラクモとメルシアは頼もしい仲間が増えたことに喜びを感じていた。
「おー! 凄い!」
そう言ってはしゃいでいるのは、ワームを見て直ぐにムラクモに抱きついた赤髪の少女、キャシーである。さっきまでワームに怖がっていたが、飛ばされるワームを見た途端目を輝かせた。
もはや恒例と言っても良い具合に、ムラクモ、それにメルシアもそんな彼女の頭を撫でる。三人の周りは、場の喧騒から切り離されたかの様に平穏な空気に包まれており、それを見た者は今が戦闘中であることを一瞬だが忘れてしまった。
「いっそ、ホントに家族になったらいいんじゃないかなぁ?」
ニーナはそう独りごちて、杖の先端に魔力を集中させた。
「ガトレア」
「ああ」
一つ返事をして、ガトレアはジタバタと暴れているワームに向けて突貫し、後ろではニーナが杖を正眼に構え、
「ファイア」
一言呪文を唱えた。
「ギュワアアアアアアアアア!!」
たったそれだけで、ワームの全身を炎が包み、ガトレアの剣も紅く染まる。攻撃と属性付加の二つを同時に行い、そこで彼女は杖を降ろした。
ワームはもがきながらもなんとか体を起こし、もう一度地中に逃げようと試みたが、それはガトレアが振り上げた剣によって妨げられた。今度は後方にではなく、真上に吹っ飛ばされ地上から数メートル離される。
打ち上げた本人はそれを追うように跳躍し、頭上を越えた所で
「ハアッ!」
真上から真っ直ぐ剣を振り下ろし、ワームの巨体を見事両断した。
「ギュル…………」
断末魔の叫びもまともに上げられぬ内に、ワームはマナとなって世界に還り、辺りは一時、静寂に包まれた。
「ひゃっ!?」
「ヌお!?」
と、突然黒い何かに持ち上げられ、驚きの声を上げる二人。下を見ると、黒衣に身を包んだ長髪の男、ムラクモがかなりの速度で走っていた。
何事かと思い、辺りを見ると、そこには「おつかれさま~」「お疲れ様」と、二人に労いの声を掛ける二人の少女、キャシーとメルシアがいた。ガトレア、ニーナと違う点と言えば、少女二人は「座っている」という点だ。
「とりあえず、俺たちもそうしてくれないか?」
「あれ、この状況はスルー?」
半ば呆れながら言ったガトレアの言葉に、ムラクモの意思を感じ取ったノアは、二人も座れる様に楕円に広がり、丁寧に背もたれも形成した。
「それで? 一体これは何事だ?」
「(終わったら直ぐに離れるって言ったろ? とりあえずガトレア、お前は降りて自分の足で走れ。キャシーもだ)」
「うむ、それもそうだな」
「え? なんでわたしも?」
ガトレアは直ぐに降り、ムラクモに並走し始めたが、何故自分もなのか分からないキャシーは疑問の声を上げた。
「「(体力作り)」」
ムラクモだけでなくメルシアにも言われ、「ああ」と納得したキャシーは、ガトレアの様に飛び降りるのではなく、ノアによって少し先に降ろされそこから走り始めた。が、直ぐに二人に追い越された。断じてキャシーが遅いのではなく、ムラクモとガトレア速いだけだ。
「キャシー、頑張れー!」
「貴方たち、分かっていると思うけど速度は落としなさい? もう十分あの集団からは離れているから」
「(分かってるって)」
「ああ」
言われた二人は一気に減速し、なんとかキャシーが追いつくことが出来る速度で走った。その少し後ろをキャシーが紅い髪を靡かせながら追い掛ける。
「ファイト、ファイト」
「貴女、それどこから出したの?」
走るキャシーに向かって、「キャシー、ファイト!」とでかでかと書かれた旗を振りながら応援するニーナに黒髪の少女、メルシアは溜息混じりに尋ねた。
「(平和なモンだな)」
「そうだな」
「みんな待って~」
五人の上空では、太陽が燦々と輝き、ガルシデアの大地を照らしていた。