第十五話・マッシャー討伐、ついでにグリフォン
翌朝、キャシーは隣にあった温もりがないことに気付き目を覚ました。見てみると、そこにメルシアは居なかったが、彼女の声は聞こえていた為どこかに行ったりした訳では無かったと安心し、起きようと思った所で隣に誰かがいることに気付いた。
「…………だれ?」
「あ、キャシー。おはよう」
「めるしあ。うん、おはよう。ねえ、この人だれ?」
後で説明するからとりあえず顔を洗いなさいとメルシアに言われたキャシーは、言われた通り水玉を使い洗顔と歯磨きを済ませた。その後、眠っているニーナとガトレアについて、ムラクモとメルシアから説明を受けたキャシーは簡単に自己紹介をした。
「わたし、キャシーって言います。えと、少しの間ですが、よろしくお願いします」
「ああ。こちらこそよろしく頼む。それと済まなかったな? 勝手に君の隣に潜り込んだコイツに代わって謝罪する」
「いえ、確かに少し驚きましたけど、そんな謝られる程のことではありませんから」
胡座を掻いた膝に両手を付け深々と頭を下げるガトレアにキャシーが言うと、彼は頭を上げた。
その後、ニーナも目を覚まし、改めてこの後のことを話し合う五人。
五人はこの森に居る間だけ行動を共にすることにし、お互いの装備などを確認した後奥に向けて出発した。
∞
「っ! ハッ!」
「ギュワア!」
現在森の中央部にいる五人は、マッシャーの大群と戦闘を行っていた。ムラクモ達はその殆どを自分たちが引き受け、残りの数体をキャシーが相手にしており、たった今彼女は伸びてきた腕を躱し斬り付けた所だ。
その一撃によって怯んだマッシャーにキャシーは駆けより、振り上げたシュヴァイスを真っ直ぐ振り下ろし、マッシャーを縦に斬り裂いた。断末魔の叫びを残し、マッシャーはマナとなって世界に還った。
それを見送ったキャシーは、拳を小さくガッツポーズを決め、次のマッシャーを倒す為再び剣を構えた。
(目は決して閉じない。相手の動きをしっかり見て)
メルシアから教わったことを脳内で反芻しながらマッシャーに突貫していき、伸びてきた腕を最小限の動きで躱しながら接近し振り下ろすが、間一髪の所で躱される。だが、キャシーは慌てること無く、そこから更にもう一歩踏み込んで突きを繰り出した。
「ギュワ!」
それは見事マッシャーの心臓部を捉え、引き抜くと同時にマッシャーは光の粒子となって散った。
キャシーが次のマッシャーを倒そうと、振り返ろうとすると、彼女は明確な殺気を上空から感じ反射的にその場から後方に跳躍した。次の瞬間、キャシーが立っていた場所に連続して何かが打たれ、土煙を巻き上がらせた。
上空を見たキャシーの目に写ったのは、樹の上から自分を見ている十体程のマッシャーの群れだった。
「うわぁ……」
一瞬嫌そうな顔をしたキャシーだが、直ぐに気を引き締めシュヴァイスを構えた。
(どうしよう。簡単な魔術なら出来るけど、外すと…………あ、別に外れても良いのか。あそこから落とせば良いんだし)
そう結論づけた彼女は、剣を地面に突き立てた。両足を肩幅より少し広く開き、両手を開いた上体でくっつけて正面に突き出し、中央にマナを集中させ、それを今正に攻撃を仕掛けようとしているマッシャーの群れに向けて拡散させながら放った。放たれたソレは、小さな光の槍となり、四体程のマッシャーをマナに還し、三体を地面に落とすことに成功したが、残り三体は上手く躱し未だ樹の上にいる。
しかし、その三体は、
「良い判断よ! キャシー!」
「全部当たっていれば文句なしだったけどね!」
「これからが楽しみだな」
メルシア、ニーナ、ガトレアの三人による一撃で散った。
「ほら、残り三体よ。頑張りなさい?」
「うん! ありがとう!」
着地したメルシアの言葉にキャシーは元気な頷きと礼を返し、立ち上がった三体のマッシャーに向けて突貫した。
後方では、隣に立ったムラクモと共に、その背を見送るメルシアの姿があった。
「ガトレアに言われたけど――これからが楽しみね?」
『ああ』
扇状に広がった三体のマッシャーから一斉に攻撃が放たれ、計六本の腕が伸びてくる。だが、その全てが直線的な攻撃だった為、キャシーは姿勢を低くすることで躱し、そのまま正面のマッシャーの脳天に突きを繰り出し、引き抜くと同時に方向を変え右側のマッシャーに向かった。先程の攻撃で絡まった腕を解くことに意識がいっていたマッシャーは、近づいてくる気配に気付かず、呆気なく両断された。
絡まっていた腕を引き抜こうと、重心を後ろに向けていた最後のマッシャーは、もう一体の腕がマナに還ると同時に後ろに倒れ、起き上がった時には既に目前まで迫っていたキャシーが剣を振り下ろしていた。
「ふう……」
「キャシー、ナイスファイト」
「えへへ……ありがとう、ニーナ」
血を払い、鞘に剣を収めながら一息ついた彼女にニーナが片手を上げながら近付き、キャシーは照れ笑いを浮かべながらハイタッチをした。
「そのうち私達よりも強くなっちゃったりして」
『それは一向に構わんが、お前みたいなマゾヒストにはなって欲しくないな』
「あら? 私が虐められたいと思うのは貴方だけよ?」
人差し指を唇に当てたメルシアは、フフ、と笑いながら言いキャシー、ニーナの元に向かった。
(俺が言ったこと完全に分かってる返し方だったな……あれか? 罵倒とかなら何でも分かるのか? まあ、いいが)
「子どもの成長と言うのは、早いものだぞ?」
「(そうかもな)」
∞
「『グリフォン』?」
「うん。今の時期になるとこの辺りに渡ってくるんだって」
「へぇ~」
移動中、余りに暇だったニーナは隣を歩いていたキャシーを巻き添えにしておしゃべりに興じており、その中で出て来たある魔物の名をキャシーが復唱するとニーナが簡単に言った。
翡翠色の体毛に、鳥の頭部と大きな翼。二本足で立ち、強靱な腕と風の魔術で敵を倒し捕食する。
それがニーナの説明である。
――ピィイイイイイイイイ!!
突然薄暗い森の中に他の魔物とは明らかに違う鳴き声が木霊し、それに驚いたキャシーは隣にいるニーナではなく前を歩いているムラクモの背中に抱きついた。そんなキャシーの頭をメルシアが撫で、ムラクモは辺りの気配を探る。
ガトレアも大剣を抜いて構え、隣に立ったニーナもいつでも魔術を発動できるように杖にマナを込め始める。
「どう?」
『大丈夫だ。この近くには居ない』
「大丈夫だけは分かったわ。とりあえず危険はないみたいよ? キャシー」
「ホント?」
(やっぱ罵倒なら分かんのか?)
少し涙の滲んだ目で見上げられ、一瞬クラッと来たメルシアだったが、すぐに気を取り直し「ええ」と返事を返した。
危険は無いと分かったガトレアとニーナも警戒態勢を解き、肩の力を抜いた。
「今の鳴き声、間違いなくグリフォンだよ。多分、最奥部に居ると思うけど……このまま行く?」
「俺はそれでも構わんが、ムラクモ達はどうだ?」
『俺も賛成だ。グリフォンにも少し興味がある』
「グリフォンに興味があるから、賛成だって。わたしも大丈夫」
「私も良いわよ? ただ、そうなると戦うのは避けられないのよね……グリフォンは気性が荒いから」
「加えて、奴は翼を持っているからな。空に逃げられると、その時点でこちらが不利になってしまう」
『その辺は任せろ。少し試したいこともあるからな』
「試したいこと?」
『ああ』
とりあえず奥に進むことに決めた五人は、道中サンドライガの手がかりが無いか辺りを確認しながら進んでいたが、結局何も見つけることは出来ず、約三時間後、最奥部手前に到着した。
「……寝ているわね」
「ぐっすりだね」
「ちょっと可愛いかも」
キャシーが漏らしたその言葉に同意を示す者は居なかった。
ちなみに彼女は、まだムラクモにくっついている。戦闘もあるにはあったが、全てノアによる遠距離攻撃によって片が付いた為、離れる必要は無かった、と言うのが理由の一つとしてあるが、他には単に彼女が離れたくなかっただけである。
「して、どうする? 戦わずして済むのならば、それに超したことは無いと思うが?」
「(俺は見たかっただけだからな、別にこのまま帰っても構わねえぞ?)」
「あたしも~」
「私も構わないわ」
「もう少し見たかったな……」
ショボン、と言う擬音が付きそうな気配を滲ませながら落ち込むキャシー。と言っても、このままずっと此処に居て、結果起きたグリフォンに襲撃されては意味が無い為、五人は大人しく帰ることにした。
だが、ありがちと言えばいいのか、こういう時は大抵事態は良くない方に動く。今回は正しくそれに該当し、帰ろうと振り返った時、キャシーが躓きムラクモ諸共地面に倒れた。
『おっと』
倒れる寸前に、背中を地面に向けキャシーを抱え込んだムラクモ。少々倒れた時の衝撃により息を詰まらせたが、それ以外にはどちらも外傷は無く、無事に済んだ。
「キャシー、大丈夫? 貴女昨日も転けたけど」
「あはは……大丈夫、大丈夫。ごめんね? ムラクモ、何ともない?」
『ああ。とりあえず、足下には気を付けておけよ?』
「うん」
キャシーに続いて起き上がったムラクモは、ノアに背中の汚れを払って貰い、体をグリフォンの方に向けた。そして、徐に刀を形成し、正眼に構えた。ニーナ、ガトレアも既に武器を構えており、メルシアもたった今大太刀を抜こうとしている所だった。
「今の音で、奴が目を覚ました」
ガトレアがそう言った直後、グリフォンが鳴き声を上げ、次いで翼の羽ばたく音が五人の耳に届いた。
メルシアに早く構えるよう言われたキャシーは、慌てながらシュヴァイスを抜き正眼に構え、グリフォンを見る。
その姿を見た彼女は場違いながらも「やっぱり可愛いなぁ……」と思っていた。
勿論そんなことをグリフォンが知る由も無く、睡眠を妨げられたことで少々ご機嫌斜めな彼又は彼女は、目下睡眠を邪魔したであろう五人に敵対心を多大に込めた目を向けた。
「もしかして……怒ってる?」
「だろうねぇ……睡眠邪魔されるのって、かなりムカツクし」
「それは分かるけど、今はアイツをどうにかする方が先よ。ムラクモ、貴方さっき試したいことがあるって言ったわね? それは直ぐに出来るの?」
『出来るには出来るが、確証はないぞ?』
「確証は無いって」
それでもやる様言われたムラクモは、ひらひらと手を振って一歩前に出た。その行為をを縄張りへの侵入と見なしたグリフォンは怒りの声を上げながら翼を一度後方に反らせ、勢いよく振り暴風と羽による二段攻撃をムラクモに向けて繰り出したが、彼はそんな攻撃どこふく風と言わんばかりに悠々と歩き、時折跳んでくる羽は全てスカイブルーを使うことで打ち落とした。
そして、攻撃が止んだ一瞬の間に地を蹴り、グリフォンとの間合いを一気に詰めたムラクモは、下から刀を振り上げた。
「ギャア!」
しかしグリフォンも、ランクの高い魔物であることに間違いは無く、何とかその攻撃を上昇することで躱した。だが、完全に躱すことは叶わず、脛の辺りを斬られ苦悶の声を上げる。
ムラクモの攻撃に早くも危機感を感じたグリフォンは、標的を彼から後方の四人に変えることにしたらしく、ムラクモの頭上を通り越して行った。いや、正確には行こうとした。が、それは他ならぬムラクモによって妨害され、グリフォンは地面に嘴が刺さると言う面白い状況になってしまった。
そうなった理由は単純に、グリフォンの上空に跳躍したムラクモが脳天に踵落としを決めたと言うだけである。
太い両腕を地面に付き、嘴を抜いたグリフォンはまるで、いや、間違いなく怒りを滲ませた鳴き声を上げ、眼前で余裕の表情を浮かべているムラクモに、頭上で組んだ両手を力一杯振り下ろした。その衝撃によって、先程ムラクモとキャシーが倒れた時は比べものにならない土煙が巻き上げられる。
「ムラクモ!」
「大丈夫よ、キャシー。グリフォンに負ける様な人じゃないから、彼は」
「おお、なんか今の発言奥さんっぽい」
「巫山戯ている場合か?」
「いや~、つい」
慌てたキャシーが駆け出そうとするが、メルシアが制止しながら言った言葉にニーナがそんな反応を示し、ガトレアが溜息混じりにそう言うと、舌を出しながらそう言った。ちなみに「奥さんっぽい」に付いては、メルシアもキャシーもスルーした。
ドガ、と大きな音が聞こえ、四人がそちらに視線をやると、そこではグリフォンとそのグリフォンに蹴りをかましたムラクモが宙を舞っていた。
『は?』
四人の声が見事ハモり、間抜けな声が発せられる。
後方で、四人が訳の分からない状況に面食らっていることも知らず、ムラクモはそこから更に体を捻りもう一発蹴りをかました、どてっ腹に蹴りを食らったグリフォンは体をくの字にしたまま真っ直ぐ吹っ飛び、まるで壁の様な太さを持つ巨大な樹の幹に激突した。
「うわあ……魔物ってあんなに軽々吹っ飛ぶ物なんだね」
呆れを多分に含みながら呟かれたその言葉に、三人は内心で何度も頷いた。
ムラクモは着地と同時に駆けだし、グリフォンは幹から抜け出そうと必死になっており、彼が刀を振り下ろす直前でなんとかそれに成功し、上空に逃走を図った。
(ノア、頼むぜ)
ムラクモは急停止を駆けながら上を仰ぎ見、ノアに頼んだ。出て来たノアも頷くように数回縦に首らしき部位を振る。足下から伸びたノアはそのまま上空に伸びていき、その上をムラクモは駆け上がっていった。
「おー……ムラクモが空を走ってるよ」
「貴女……はあ、子どもって素直よね」
「え、二人ともリアクションそれだけ? もっとないの?」
「あの人と付き合ってたら、大抵のことじゃ驚かなくなるわよ」
「そうそう」
「興味深いな、あの力」
「あれ? ガトレアまでそれくらいの反応?」
等と言う、問答が後方であったことも気付かず、ムラクモは空を駆け上がっていき、やがてグリフォンを追い抜き頭上を取った。
ついでにどのようにして上空へ登ったのかと言うと、刀の形をしているノアが、彼の足の動きに合わせて足場を作り、走る、という単純な方法を使ってのことである。
「ギャア!?」
突然上空に現れたムラクモに驚くグリフォンだが、直ぐに思考を切り替え翼による攻撃で迎撃しようと試みる。
『喰らうかよ!』
「ギャガ!」
と、脳天に踵落としを喰らったグリフォンはおかしな鳴き声を上げ、自身が飛んできた空を真っ直ぐ地上に向かって落下していき、盛大な土煙を巻き上げた。
追撃するべく、ムラクモはノアを蹴り自身も勢いよく地上に向けて降下した。そして、未だ起き上がれず額を抑えているグリフォンの鳩尾に全体重を乗せた膝蹴りをお見舞いし、軽々とした動きでそこから降りた。
念の為、確認すると、グリフォンは白目をむいて気絶しており当分は起きそうに無かった為、彼は「ふう」と息を吐いた。
(あ、結局刀のお前、出番なかったな……ワリい)
謝られたノアは、「構わない」と言う様に首を横に振り、元の靄の様な状態に戻り足下に消えていった。
今度は礼を言ったムラクモは、後ろでのびているグリフォンを放置し、キャシー達の元へと戻った。
「ムラクモ、さっきの凄いね! 試したかったことってあれ?」
『ああ』
戻ると、瞳をキラキラと輝かせているキャシーがムラクモに聞き、彼は彼女の頭にポンと手を置きながら頷いた。
「えへへ」
ふにゃりと笑う少女を見て、ムラクモは胸の内が温かくなるのを感じながら、暫くなで続け、それはメルシアに止められるまで続き、灰色の剣の初依頼は穏やかに幕を閉じた。