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語ることの出来ない剣士  作者: 大仏さん
~海の支配者~
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第十四話・マイト大森林の出会い

 

 コマナシから東へ半日ほど歩いた場所に位置するマイト大森林。


 見渡す限りに大樹が生い茂り、陽の光は殆ど通らない。加えてこの森に棲息する魔物は暗闇に強い者が多く、地中にも潜んでおり、何も知らない者が踏み入れば良くて中央までしかいけないだろう。


 例え、迷路の様に入り組んでいるこの森の奥まで辿り着いてもそこに待ち受ける者に悉くその命を刈り取られるだろうが……。


 そんな、スレイジア大陸の中でも一二を争う規模を有するこの森を、灰色の剣は歩いている。


 目的は勿論マッシャーの討伐であり、ついでにキャシーの練習も含まれている。先程の特訓中、彼女は確かに目を閉じなかったが、ムラクモの言う様に拳が目の前に迫ってもそれができるかどうかはまだ分からない。


 剣と拳では違う。


 特に今から戦うマッシャーは長い腕を用いて攻撃をしてくる為、メルシアの拳とはリーチが違う。キャシーもそこに注意するように言われ、頭の中ではイメージトレーニングをする様にも言われた。


 勿論、その間に魔物が襲ってこない筈は無く、キャシーは戦闘とイメージトレーニングを繰り返すことになるのでいつもより体力の低下が顕著に表れてしまった。


 膝に手を着いて息をしている。


「今日はここで休みましょう」


 メルシアの言葉に頷き、一行はそこで一夜を明かすことにした。


 陽は既に沈んでいるのか、ムラクモ達が着いた時はまだ十分に視認出来ていたが、今は五メートル先もまともに見えない程の闇に包まれている。


 火をおこし、キャシーを左右から挟む形で座る二人。


 ムラクモはガルムの肉をじっくりと焼いており、香ばしい香りが三人の鼻孔を擽り食欲を煽る。



――くぅ~……。



「っ!」


 腹が鳴る音が聞こえ、二人はお腹を抑えたキャシーを見た。


「ふふ……もうすこしだらかねぇ~」

「メルシア、恥ずかしいよ」


 キャシーの頭をそっと抱き寄せながらメルシアは母が子をあやす様な、優しい口調で言った。

 恥ずかしいとは言うが、キャシーは嬉しそうだ。


(そういや、俺もよくお袋に頭撫でられてたな……飯ン時はいつも。親父も撫でてくれたし)

「ん……ムラクモまで」


 気付けば、ムラクモもキャシーの頭に手を置き、優しく撫でていた。一体これで何度目だろうかと、半ば自分に呆れながら隣に目を遣ると、二人もムラクモを見ていた。


 そのまま三人は、少しの間何も言わず火を見ていた。



「あったかいね」

「ええ」



 目を閉じながら、ポツリと言うキャシーにムラクモとメルシアは頷いた。





 キャシーが眠り、ムラクモが見張りをしているとメルシアが彼の隣に腰を下ろした。


(「眠れないのか?」)

「そういう訳じゃないわ。まだ眠くないだけ」

(「大して変わらねえよ」)

「……そうかもね。ねえ、貴方とキャシーってどんな出会いだったの?」

(「どんなって言われてもな」)


 ムラクモは思い出しながら、一言で表すにはどう言えば良いのかを考えた。一言で表す必要は無いと思われるが、なんとなくそうしようと思ったのだろう。


(「ワイバーンに襲われてた所を助けた」)


 だが、簡潔ではあった。


「ワイバーンが出たの?」

(「ああ。どういう訳から知らんが、始まりの森に居た。で、そのあとはまあ成り行きだ」)

「その成り行きには、私も含まれているのかしら?」

(「ああ」)

「そう……それじゃ、そろそろ寝るわね? お休みなさい」

(「おやすみ」)


 席を立ったメルシアはキャシーの横に静かに体を横たえ、目を閉じた。

やがて規則正しい寝息が聞こえてくる。


(…………)


 ムラクモはそっと首から提げているペンダントに手を触れ、ほんの一週間程の旅のことを思い返す。


 母、ルミナからはペンダントとノア。父、アドルフからは今着ている着物を受け継ぎ、旅に出たムラクモ。いきなりワイバーンに襲われているキャシーを助け、そこからは成り行きで共に旅をすることになった。

 レークナに到着し、新たにメルシアと出会い読唇術をマスターしないと気が済まないと言う理由で旅の仲間に加わった。


(メルシアの旅の目的は、今の段階では読唇術をマスターすること、でいいんだろうな……キャシーは分からんが、何かしたいことでもあんのかね? 俺も特に目的なんかがある訳じゃねえけど……今は、ウーティの為の水を手に入れるのが目的か。それが終わったら次は何を目的に旅をするんだ、俺は?)


 そもそも旅に出た目的はなんだったか、と今更ながら自分のことに疑問を感じ始めたムラクモは暫く考えたが結局答えは出ず、大人しく見張りをすることにした。




そんなムラクモに近づく気配が二つ。


 ガトレアとニーナである。


 街の情報屋から仕入れた情報により、この森に目的の魔物がいることを聞いた二人は他に有力な情報が得られなかったため、この場所に来た。

 その目的の魔物と言うのは、<サンドライガ>と言う雷属性の魔物である。

 雷を纏い、蒼い双眸をたたえ、その姿を見て生き残った者はいないと言われる程の強さを誇る、SSランクの魔物。


 何故、この二人がサンドライガを探しているのか。


 簡単に言えば、仇討ちである。


 ニーナはファイゼン大陸にある魔術師の家系に生まれ、両親の才を受け継いだこともありその成長速度は凄まじい物であった。

 僅か三歳で魔術を発動させ、それからは危険がある為、七歳までは大きすぎる力をコントロールする術を両親から教えて貰い、七歳になった時から本格的な魔術の修練に励み始めた。


 しかし、終焉戦争が勃発し、その時押し寄せた魔物達の中にいたサンドライガによって街の大部分は壊滅まで追い込まれ、両親の張った結界によってニーナは生き残ることが出来た。


 他にも生き残った者はいたが、皆騎士達の救助が来るまでの間に息絶え、結果的に生き残ったのは、ニーナ唯一人。

 

 全てを失ったニーナがその後何を生きる糧としてきたのかは、想像に難くないだろう。

 

 十歳になった時、彼女は仇であるサンドライガを倒す為の旅を始め、その途中で傭兵をしているガトレアと出会い、以降共に旅を続けていく内に彼もサンドライガを倒すことを決意した。



 そして今日、二人はこの森に赴いた。




「………………」


 ムラクモとガトレアは互いに睨み合い、どちらも全く口を動かそうとしない。そんな中でニーナは寝ている二人を観察し、いざと言う時の為に魔術を発動させようとした。



「っ!」



 しかし、それは突如足下から突きだしてきた槍によって妨げられる。


(今のは……魔術? いや、違う)


 発動前のマナの動き所か、誰かが詠唱をした訳でもないと言うのに起こった現象にニーナは今の槍が魔術であるかどうか推測を立てるが、詠唱も何もせず魔術を発動させることは不可能。

 結果、その推測は間違いであると結論付けた。


「貴様、一体何をした?」


 ガトレアが口を開き、今の攻撃を行ったであろうムラクモに問いかけるが、口をきけない彼は何も言うことが出来ない。

 ノアを出せば問題はないだろうが、それでは無駄に二人の警戒心を煽るだろうと思い、ムラクモは腰を上げた。


「答え――」


 ガトレアがまた何かを言ったが、言い終わる前にムラクモが口に人差し指を当てたことにより口を噤んだ。小さな声で詠唱をしていたニーナも同様に詠唱を止める。


 ムラクモはその人差し指をそのまま寝ている二人に指した。

 暗に「寝ている奴がいる所で騒ぐな」と言っているのだろう。


「ねえ……今のって君の仕業?」


 二人に配慮して、ニーナは小声で問いかけ、ムラクモは頷きで返した。


 頷きながら、ムラクモはまた腰を下ろし焚き火の調整を始めた。


「どうやったの?」


 ムラクモの対面に座り、ニーナは興味津々と言った様子で、だが小声で問いかけた。隣にはガトレアもいる。


 ムラクモは一つ溜息を付き、説明できないのなら実演した方が早いだろうと思い、再度ノアを出現させた。

 それを見てガトレアは大剣に手を掛けるが、ムラクモは何もしないと言う様に両手を挙げてひらひらと振った。


(「俺の力だよ。別に何もしねえって」)


 文字列を二人に見える所で作り、それが文字を作っていると判断したニーナはノアに触れてみようと思った様で手を伸ばした。


「ニーナ、大丈夫なのか?」

「うん。本当に害はないみたい。それで、どうして自分の口で喋らないの?」

(「喋ることが出来ないんだよ」)


 相変わらず聞かれたことには答えるムラクモ。


「どうしてそうなったの?」

(「分からん。目の前で親父とお袋が殺された次の日から、声が出なくなったんだよ」)

「では、どの様にしてその二人とコミュニケーションを取っている?」

(「キャシーが読唇術を使えるからな……メルシアは今頑張って練習中」)


 キャシーは、いつのまにかメルシアにピッタリ寄り添ってすやすやと寝息を立てている。その寝顔は年相応であり、母に甘える娘の様でもあった。

 ムラクモもそんなキャシーを見て頬を緩ませる。


「……める……しあ…………あたた、かい……」


 その寝言が聞こえていたかの様に、メルシアはそっとキャシーを抱き寄せ頭を撫でた。


(ホントは起きてるんじゃねえか?)


 そう思いながら、ムラクモはガトレアとニーナに向き直った。


(「なんだよ?」)


 ニーナはニコニコと笑顔を浮かべてムラクモを見ており、ガトレアも先程まで警戒心を含んでいた表情はなりを潜め微笑を浮かべていた。

 

 そんな二人に、ムラクモは尋ねる。


「……大事なんだね? その娘たち」

(「当たり前だろ。だから、次何かしようとしたらぶっ飛ばすからな?」)

「うん。ごめん」


 ニーナは素直に謝り、ムラクモもそれなら良いと、この話は終わりにした。


「それで……さ、お腹空いてるんだけど、ごはんある?」

「はあ。だから出発前に食べておけと言ったんだ」

「だ(「言い争うのは止めてくれ。二人が起きる」)あ、そうだった」


 その後ムラクモは、ノアに収納していたガルムの肉を取り出した。ニーナはまた興味を示し、今度はガトレアも興味を持ち、そんな二人に説明しながらムラクモは肉を焼いていった。


 説明が終わると、今度は何の用でこの森に来たのかを聞かれたムラクモは依頼のことを言った。


「マッシャー、二十体ね……そんな雑魚より、もっと強い奴と戦えば良いのに」

(「強い奴なんて早々いないだろ? まあ、まだ一週間くらいしか経ってねえけど、メルシアくらいのもんだしな」)

「そのメルシア、って黒髪の娘?」

(「ああ。ちなみにランクはA」)

「お~。上級者だね」


 何か楽しいのか、ニーナは終始笑顔を浮かべている。


「それで? 君のランクは? 今の言い方からして、その娘には勝ったと思うんだけど?」

(「勝つには勝ったが、生憎俺はFランクだ」)

「またまた~、謙遜しちゃってぇ」

「隠す必要など無いと思うが?」


 まるで信じていない二人に、ムラクモはカードを出しニーナに投げ渡した。難無く受け取り、相手の物を見る以上自分の物も見せなければいけないと思ったニーナとガトレアも自分のカードをムラクモに投げ渡す。

 ニーナの隣からガトレアも顔をのぞき込ませ見ると、二人は同時に言葉を失った。

 

 そこには確かにFと表示されているからだ。


「………………うそ」


 ニーナもガトレアも、ムラクモがFランクだと言うことを直ぐには信じることが出来なかった。


(女はニーナ・クロイツェフ。ランクはB。あの金髪と同じランクでここまで実力の違いが出るのか? 男は、ガトレア・シルドミッド。へえ、Sランク。メルシアの勘は見事的中って訳だ)


 ムラクモから二人が感じている強さはFランクと言う素人同然の者が持つモノではなく、自分たちと同等、もしくはそれ以上の者が放つモノであり、カードを見たからと言って直ぐに信じられる訳が無い。


 当のムラクモは適当に名前とランクだけを見た後、カードを返す為二人を見たが、二人は未だにカードを凝視していた。どれだけ見てもランクは変わらないだろと、そう思いながらノアを目の前で二度三度振ると、ハッとなり二人もムラクモを見た。

 それを確認して、ムラクモは器用にニーナとガトレアそれぞれに同時に投げて返した。


「器用だね」と言いながら、ニーナもムラクモにカードを返す。受け取ったカードをそのまま右の袖に仕舞い、焼き上げた肉を差し出すとニーナは大喜びで肉を受け取り「いただきます」と言って一口食べた。


「っ! おいひい!」


 途端、余程美味かった様で大声を上げるニーナ。ムラクモは今ので二人が起きなかったか心配になり横に目を遣った。


「ん……うにゅ……すぅ……」

「しず……かに……なさい…………」


「やっぱりメルシア起きてんじゃねえ?」と思いながら、眠っている二人を見てホッと一息つきニーナを睨むムラクモ。その視線を受けた彼女はバツが悪そうな顔をしながら小声で謝った。その隣でガトレアも呆れたような溜息を付いている。


(「今日はキャシーが疲れてるから、ゆっくり寝かせたいんだよ」)


 ニーナは静かに頷き「あ、答えて貰ってばかりってのもなんだから、何か聞きたいことがあるなら遠慮無く聞いてね?」と言って夜食を再開した。


(「じゃ、早速質問だ。二人が此処に来た目的は?」)


 その問いに答えたのはガトレアだった。


「サンドライガを倒す。その為だ」


 聞いたことの無い名にムラクモは首を傾げ、ニーナは簡単にサンドライガのことを説明した。


(「SSランクか。俺たちはまだ出くわしたことがないからな。具体的にはどれくらいの強さなんだ?」)


 ブラッド・ドラゴンはSランク。

 ワイバーンはAランク。


 実を言えば、ムラクモは六歳の時にSSランクの魔物に遭遇し、旅に出た次の日にAランクの魔物に遭遇しているが、近くに居た魔物達のことくらいしか知らなかった彼がそんなことを知っている訳もない。


「卓越した腕を持つSランク冒険者が三人居て漸く互角、と言った所か」

「とにかく、滅茶苦茶強いってことだね」

(「やっぱり想像できねえ」)

「まあ、普通に旅をする分にはまず遭遇しないけどね。別に出来なくても困ることは無いよ」


 ムラクモも確かにそうかと思い、サンドライガについて考えることは止めた。


(「でもよ、そんな魔物がこの森にいるのか?」)

「当然の疑問ありがとう。情報屋のおじさんに聞いた時はあたしたちもそう思った。けど、初めて見たのが十年前で、場所がファイゼン大陸だったからさ……それだけ経ってるならこっちに来ていても可笑しくは無いな、と思って」

「勿論、可能性は低い。何せ一年以上前の情報だ」

「だからって簡単には諦められない。サンドライガは見つからなくても、何か手がかりくらいはあるかも知れないし」


 自信は無いのだろう。ニーナは顔を俯かせている。


(「とりあえずだ。それ食ったら、今日はもう休んだ方が良い。疲れてる時に考え事しても、後ろ向きな方にしか働かないしな」)

「…………そうだね」


 下に作られた文字列を見て、ニーナは顔を上げ、肉を一気に平らげた。


「っ! げほ、ごほ」


 が、結果咽せてしまい、ガトレアが呆れながら水を差し出すとそれを一気に飲み何とか落ち着いた様で一息ついた。その後、ムラクモのアドバイス通り、今日は寝ることにした様で、何故かキャシーの隣に転がり、


「おやすぅ~……」


就寝の挨拶の途中で眠りについた。


(「早いな」)

「ああ。こいつはどんな場所でも直ぐに眠れるからな」

(「えらく旅向きな特技だな」)

「全くだ」


 二人は小さく笑みを零した。


「ん……燃やすぞ、こんにゃろう……ふふ」

「但し寝言はかなり物騒だ」

(みたいだな)


 実際に魔術を発動させたこともある、とガトレアは遠い目をして言った。


 彼はニーナと出会った翌日の夜、見張りをしている最中魔術が発動する際のマナの動きを感じ見てみると、次の瞬間魔術が発動し、彼は危うく直撃しそうになり、何とか避けたが、週に二~三回程度の間隔でそれがあり、中々眠ることの出来ない夜が続いた。


「ニーナの魔術はかなり強力でな……お前も気を付けておいた方がいいぞ?」


 経験者の忠告は聞いておこう。


 ムラクモはそう思った。






 隣にニーナが来たことで少々窮屈になってしまい、寝苦しさによって一度少しの間だけ目を覚ましたキャシーだったが、メルシアを見て安心した彼女は、少しだけ強く抱きついてまた眠りについた。


(おやすみなさい)


 心でそっと呟いて……。



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