第一話・幕開け
その日、数人の子供がここ<ハイス村>近辺の草原で遊んでいた。その中の黒髪の少年。名は「ムラクモ・ナイレット」と言う六歳の少年。
ムラクモは誰にでも分け隔て無く接し常に明るいことから、老若男女問わず人気がある。そんなムラクモを両親である「アドルフ」と「ルミナ」も誇りに思っている。
「じゃあ、また明日!」
「おお! 明日は勝つからな!」
「ぼくだって! 明日も勝つよ!」
ハイス村は取り立てて何かがあるという訳では無いが、毎日子どもたちが元気に遊んでいる。村の大人達はそれだけで十分だと思っている。
今日もムラクモは友達と追いかけっこや隠れん坊をして遊び、殆どを勝ちで治めた。今の会話はそれについてのことである。
家に戻ったムラクモは元気に「ただいま」と言い、母であるルミナに抱きついた。ルミナは「あらあら」と言いながらムラクモの頭を優しく撫で、「お帰り」と言い、父であるアドルフも「お帰り」と言いながらムラクモの頭を撫でる。
少し荒っぽいが……。
「さ、手を洗ってきなさい? もうすぐごはんよ?」
「うん!」
そう元気に返事をして、ムラクモは奥へと小走りで向かい、その背中を、二人は優しい眼差しで見つめていた。
その後、手を洗って戻ってきたムラクモは、今日あったことを楽しそうに話し、ルミナに「落ち着きなさい」と言われても尚話し続け、それは夕食の席でも同様だった。両親はその話をしっかりと聞きながら、明日からもムラクモが元気に過ごせる様にと、それだけを願っていた。
「お父さん、お母さん、お休みなさい」
「ああ、お休み。ゆっくり寝るんだぞ?」
「お休み、ムラクモ。明日も負けるんじゃないわよ?」
「うん」
寝室に入り、布団に入るとムラクモはすぐに夢の中へと旅立った。
「…………」
「…………」
先程とは打って変わって静かになった家の中で、アドルフとルミナは寄り添い合っていた。
「ムラクモも、もう六歳になるのね……」
静寂を破ったのはルミナであった。アドルフは静かにその言葉に頷く。
「こどもの成長って、早いわね……本当に」
「そうだな。もう少し成長すれば、力のことを話しても良いかも知れない」
「そうね。あの子なら、きっと正しく使うことが出来るわ」
「ああ。…………なあ、ルミナ?」
「なに?」
「ムラクモが、村を出ると言ったらどうする?」
その問いにルミナは黙り込んでしまった。
ルミナも、もちろんアドルフもムラクモがずっと村にに止まっているいるような子ではないと分かっている。が、やはり子とずっと暮らしたいと言う思いはある。
「あの子が、それを本当に望むなら、私はその意思を尊重したいわ。あなたもそうよね?」
「……ああ」
もちろん、それはまだまだ先のことだろう。だが、ルミナの言う様に子の成長と言うのは早い。
その時はすぐに来るだろう。
「明日からも、あの子が元気に過ごせますように」
「心配ないさ。何せオレ達の息子なんだからな?」
「……ふふ、そうね」
二人は笑い合い、軽い口づけを交わした。
その後、ムラクモを挟む様にして横になり、二人は眠った。
星が煌めく夜空に、一人の少女がいた。後ろには少女に付き従うように、赤黒い鱗に包まれた巨体を持つ<ブラッド・ドラゴン>が静かに羽ばたいている。地上には、ハイス村近辺に棲む魔物。<ラビ>や<ガルム>が群れを成している。
「…………」
少女は無言のまま下を見る。
そこにあるのはハイス村。
少女はおもむろに右手を上げ、一泊おいて振り下ろした。
――グォオオオオオオォォオオオオオ!!
直後、雷鳴すら生温い程の咆吼が夜空の空気を震わせ、それに続くようにラビ達も雄叫びを上げた。
その日、ハイス村はたった一人の少年を残し、滅びを迎えた。
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