【前編】「お姉様はいつも私の邪魔をしていましたわ!」と言われて婚約破棄されたので、私の真の力をお見せしますわ!〜陰ながら聖女である妹を支え続けた結果、断罪の場で正体が発覚しました!?〜
「クロエ・ラファイエット! 貴様との婚約は、本日をもって破棄する!」
大聖堂の中央で、婚約者だったセドリック殿下がそう宣言した。隣に立つ妹のリディアは、聖女の衣装を纏いながら、涙ながらにこう続ける。
「お姉様は、いつもわたくしの聖女としての務めを妨害なさっていましたわ……!」
「あら、妨害だなんて、心外ですこと」
わたくしは静かに答えた。実際のところ、妨害した覚えなど一切ない。むしろ、妹の粗相の尻拭いばかりしてきた記憶しかないのだがーーー
「証拠はあるのか?」
セドリック殿下の問いに、リディアはすかさず頷いた。
「昨日の浄化の儀式でも、お姉様が余計な口出しをなさって、儀式が滞りましたの......」
「あら、あれは貴女が呪文の順序を間違えていらしたから、お教えして差し上げただけですわよ?」
淡々と訂正すると、リディアの顔が一瞬こわばった。だが、すぐに涙を武器に持ち直す。
「そ、それでも、お姉様の存在自体が、わたくしの重荷になっておりますの……!」
「重荷、ですって? わたくし、これまで貴女の代わりに祈祷書を暗記して差し上げたことが、一体何度あったかしら」
「そ、それは……昔の話です!」
「昔の話、とは便利な言葉ですこと。都合の悪い過去は、大抵『昔の話』で片付けられますものね」
軽く切り返してやると、リディアはぐっと言葉に詰まった。周囲の貴族たちが、二人のやり取りを興味深そうに見守っている。
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思えば、幼い頃からずっとこうだった。
妹のリディアが十歳の頃、偶然にも聖なる力の片鱗を見せた瞬間から、周囲の目は一変した。「聖女の妹」であるわたくしは、その日を境に「地味な姉」というだけの存在に成り下がった。
「お姉様は地味だけれど、堅実で助かりますわ」
「聖女は華やかなリディア様の方がお似合いですね」
幼心にも、そうした言葉の数々は、それなりに堪えるものだった。だが、拗ねたところで何も変わらないと悟った瞬間から、わたくしは静かに割り切ることにした。表舞台に立てないのなら、裏方として妹を支えればいい。そう決めてからは、随分と気が楽になったものである。
本当は、あの日の奇跡めいた出来事の裏で、こっそりと力を貸していたのがわたくしだと、誰も気づいていない。妹の不安定な力を陰で支え続けてきたのは、他ならぬわたくし自身だったのだから。
「大人しく修道院へ行くがいい!!!」
セドリック殿下の宣告に、わたくしは小さくため息をついた。
「あら殿下、修道院とは......随分と皮肉の効いた行き先ですこと。聖女の資質を疑われた娘が向かう場所としては、いささか矛盾しておりますけれど?」
「........っ!? な、何を言っている......」
「いいえ、独り言ですわ。それより、儀式の妨害の証拠とやら、もう少し詳しくお聞かせ願えまして?」
わたくしが静かに問い詰めた、その瞬間だった。
大聖堂の窓から差し込む光が、突然わたくしの周囲だけを淡く照らし出した。
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「な……なんだ、これは!?」
セドリック殿下が息を呑む。わたくしの足元に浮かび上がったのは、聖典に描かれた“聖女紋章”そのものだった。
「お、お姉様……?」
リディアの顔から、みるみる血の気が引いていく。
「あら、これは驚きましたこと。まさか、この場で発現するとは思いませんでしたわ」
内心の動揺を押し隠しながら、わたくしはできるだけ平静を装った。だが実のところ、これまで陰でずっと使ってきた力が、ようやく人前で姿を現しただけの話である。
ーー隠す必要がなくなった、というのが正しい。
「ば、馬鹿な……!?本物の 聖女はわたくしのはずです!!!」
「あら、“はず”、ですって? 随分と主観的な主張ですこと。紋章という何よりの証拠が、目の前に浮かんでおりますのに」
「そ、それは、何かの見間違いです!!」
「見間違いにしては、随分と立体的で発光しておりますわね。神官の方々の目にも、しっかり映っているようですけれど?」
わたくしが淡々と指摘すると、周囲の神官たちが慌てて聖典を広げ、紋章と照合を始めた。
「ま、間違いございません……!! これは、正真正銘、本物の聖女紋章です……!!」
神官の報告に、大聖堂全体が静まり返る。
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「そ、それでも、お姉様は今まで一度も聖女の力なんて見せたことが……!」
往生際悪く食い下がるリディアに、わたくしは静かに微笑んだ。
「あら、見せなかったのではなく、見せる必要がなかっただけですわ。貴女が発現させた不安定な力、陰で誰が支えてきたと思っておりますの?」
「なっ……!?」
「浄化の儀式で失敗しかけるたび、こっそり手を貸していたのはわたくしですわ。祈祷書の暗記も、呪文の詠唱も、全部わたくしが陰でお膳立てしておりましたのよ? 感謝されこそすれ、断罪される謂れはございませんわね」
「う、嘘です! そんなこと、一度も聞いたことが――」
「言う機会がなかっただけですわ。貴女がいつも先に話を進めてしまうものですから、ね」
淡々と事実を突きつけられ、リディアはとうとうその場に崩れ落ちた。聖女の座を得意げに演じていた姿は、もはや見る影もない。
「そ、そんな……わたくしの聖女生活が、全部お姉様の下支えだったなんて……」
「あら、今頃気づかれましたの。随分と長い間、気づかずにいらしたのですわね?」
追い打ちをかけるつもりはなかったが、事実を淡々と述べただけで十分すぎるほどの追い打ちになっていた。
「セドリック殿下、まだわたくしを修道院送りになさいますの?」
「い、いや、その……」
「証拠もなく婚約破棄を宣言なさった件については、後ほどきちんとご説明いただきたいですわね」
「そ、それは、その、状況が状況だったので……」
「あら、状況のせいになさるおつもりで? 状況が変わった途端に前言撤回なさるのも、随分と一貫性に欠けるお話ですけれど」
淡々と追い詰められたセドリック殿下は、もはや反論の言葉すら見つからない様子だった。
にっこりと微笑むわたくしに、セドリック殿下はすっかり顔面蒼白になっていた。
会場に集まった貴族たちの視線が、今度は殿下とリディアに一斉に注がれる。手のひらを返すのは、いつだって早いものである。
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「――というわけで、本物の聖女はどうやらわたくしだったようですわ」
騒動から数日後、静かになった大聖堂で、わたくしは一人ため息をついた。妹のリディアは謹慎処分となり、婚約は正式に白紙に戻された。
「クロエ様、この度は誠に……」
平謝りする神官長に、わたくしは軽く手を振った。
「よろしいのですわ。むしろ、長年隠していた力を明かす良い機会になりましたもの」
「これから聖女として、正式にお迎えしたいのですが......」
「あら、光栄ですこと。ただし、今度こそ相応の待遇をお約束いただけまして? 陰で支え続けていた期間の分も含めて、しっかり評価していただきたいですわね」
「も、もちろんでございます!」
慌てて頷く神官長に、わたくしは満足げに微笑んだ。
「それと、セドリック殿下には、後日改めて謝罪の場を設けていただきますわ。証拠もなく婚約破棄を宣言なさった件について、きちんと筋を通していただかなくては」
「か、畏まりました……!」
震え上がる神官長の様子に、わたくしは小さく笑いを漏らした。断罪劇の主役だったはずの悪役は、こうして、真の聖女として新たな一歩を踏み出すことになったのである。
窓の外に広がる青空を見上げながら、わたくしはふと呟いた。
「――さて、次は妹の謹慎期間中の代役でも、探して差し上げましょうかしら」
不敵な笑みを浮かべるわたくしの胸中には、まだまだ楽しめそうな予感が広がっていた。
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それでは、また次のお話でお会いしましょう!




